複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【血の楔篇】  ( No.126 )
日時: 2017/04/01 14:12
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: VEQd3CZh)

「……な」

 二の腕を突き刺された夜明は俯いたまま動かない。刺した当の本人——落ち椿はこの状況を悦ぶのかと思いきや、顔を傍から見ても解るように真っ青になりながらガタガタと震えだす。

「何よ……これ……!! 何百年と人間に憑りついてきたけれど、こんな……こんなの!! たかが1人でたった1人の人間が受け入れられる憎悪(かんじょう)じゃない!!」

 汚いものでも見るかのように。化け物を見るかのように。自分のことなど落ち椿は思い切り棚に上げて吐き捨てるように叫んだ。
 乱暴に刺さった日本刀を引き抜くと今度は止めを刺そうと刀を構える。

「シャ、チョウ……?」
「勝手に覗き込んでおいてそりゃないよ」

 先程夜明に肩を押されて倒れこんだ呉羽が心配そうな声を上げる。夜明は彼女の声に気が付いていない、というよりは聞いていないと言った方が早いだろうか。
 ただただ、目の前の除外すべき敵だけを見据えていた。

「こな、こな、来ないで」
「お前は出ていけ」
「来ないで」
「消えろ」
「来るな!!」

 耐え切れなくなった落ち椿は思い切り日本刀を夜明に振り下ろす。その瞬間、世界の瞬間が止まって見えた。
 呉羽は目を見開いて大きく叫ぶ。

「止めて!! 藻琴ォ!!」

 刀が迫っているというのに、夜明は避けようとしない。虎功刀と月雲は黙ってその様子を見ていた。まるで、どうなるかがわかっていたかのように。
 もうだめだ、と呉羽と笄は思った。だが、いつまでも血しぶきが弾ける音はしない。

「……夜明さんが消えろって言ってんだろ。……さっさと消えろよ錆び刀」
「…………っ!」

 夜明の頭スレスレで日本刀は動きを止めていた。ヒューヒューと息をしながら、今にも倒れそうにもなりながらもその声は藻琴のものだった。
 体の持ち主である藻琴だった。
 呉羽の目尻から一筋の涙がこぼれる。夜明はドッと倒れこむ藻琴をキャッチしながら微笑する。それと同時に手に掴んでいた日本刀が音を立てて地に転がっていく。

「よお、随分はしゃいだんじゃない? 藻琴よ」
「ハハ……。そうですね、調子に乗って……乗せさせてしまいました」
「感動シーンっぽいところ悪いけど、あの妖刀まだ動いてるヨ」

 月雲がいつもの笑みを浮かべて落ち椿を指さす。落ち椿、いや、今となっては只の日本刀は地を這うように確かに動いていた。
 その様子を見て虎功刀はゲェッと声を上げた。

「気持ちワルッ!! 此処まで妖刀感出さなくてもいいっつの!!」

 その瞬間、誰よりも先に動いた者がいた。その者は手慣れた手つきで右手に刃の部分、左手には鞘を持つと、そのまま圧し折った。すると、今まで何百年分の闇が放出されたかのように真っ黒い霧が天に向かって放出される。

『イ、イヤダァァァァァァァ!! シニタクナイ!! ワタシハ、マダア……!!』

 最後の落ち椿の叫び。今まで女性的だった落ち椿の叫びはまるで人間のすべての欲望を吐き出したかのような品のないものだった。

「いや、終わりだ。終わりだ妖刀。藻琴も私もきっとお前からすればきっと醜いものだろう。だからお前は付け込んだんだ。……だが本当は最初からいらなかったんだ、ちゃんと最初から私たちは向き合っていればこんなことにはならなかった。だから消えてくれ。お前などいなくとも私たちはやっていける、生きていける」

 笄は凛とした物言いで霧となった落ち椿を捨て、両手で呉羽と藻琴の肩を掴む。藻琴も上を見上げる。

「……ありがとう落ち椿、でももういいんだ。僕は……大丈夫」
(……何よ、もう何もないような綺麗な目をしちゃってさ。もう、行き場所がないじゃない)

 破裂するように黒い霧は姿を消した。辺りを見渡しても先程までこの場にいる全員を苦しめたあの妖刀は、日本刀はどこにもなかった。

「あ〜、つっかれた」

 ドッとその場で腰掛ける虎功刀にみんなの視線が注がれる。月雲も同様だったのか、虎功刀と同様その場に座り込み大きな腹の音を奏でる。

「お腹すいたなー。……呉羽、何か作ってよ。呉羽のチャーハンが食べたいね」
「……! はい、喜んで!!」

 月雲の何気ない言葉に呉羽はとても嬉しそうに頬を綻ばせた。その様子に察している者、知っている者は微笑ましいやら複雑な様子で眺めていた。

「…………」

 だが、只1人、夜明は癪に触られたような怒っているような無表情を浮かべていた。その様子は誰も窺えない。