複雑・ファジー小説
- Re: 名前のない怪物【血の楔篇】 ( No.127 )
- 日時: 2017/04/03 19:11
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: VEQd3CZh)
「……記憶が……?」
「うん、そうなんだ姉さん。確かに、ニュースや記事を見てここに来ようとは思ったけど、こんなことするなんて毛頭なくて……。何か、変な人に会ってから頭がおかしくなったっていうか……」
政察本部の病棟のベッドで横たわる藻琴はぽつぽつと語る。ベッドの横にある椅子で呉羽は林檎の皮を剝きながら首を傾げる。
藻琴は静かに頷くと、じっと窓に寄りかかっている笄の顔を見つめた。
笄は考え込むように蟀谷に手を添える。
「変な人、とは? 覚えていないのかい?」
「朧気にしか……。一応夜明さんには話したんですけど」
「で、でももういいじゃない。もう終わったことなんだし……。藻琴は暫く休んでて」
何だか空気が強張るような気がして、呉羽は剥き終わった林檎を藻琴に食べさせる。其のことを察したのか、笄は別の場所にあった椅子を呉羽の隣に置く。
そして静かに座ると微笑を浮かべて2人を見た。
「……そういえばもう要人結社に行ってから2年経つんだね……。藻琴は兎も角、呉羽まで行ってっしまうなんてびっくりだったよ」
「……僕はあの時此処にいたくないだけだった。僕の事情を知ったうえで夜明さんは僕に居場所をくれました。人員も憎たらしいけど楽しい人たちばかりで……。毎日あっという間でした。夜明さんは神様です。僕を絶望からあっという間に幸せにしてくれました。……そして、もう二度と家族に戻れないって思ってたのに、力づくで戻してくれた」
藻琴は少し苦笑して「まあ、夜明さんにはそういう気はなかったんでしょうけど」と付け加える。呉羽はギュッと藻琴の手を握って首を振った。
「……シャチョウ、きっとあなたのこと少なからず心配してたと思う……。じゃなきゃ此処までしないと思うから……」
「そうだね、あの子供は昔からずっと、ずうっとああだからね……」
笄は目尻に涙を浮かべて微笑んだ。藻琴と呉羽のこともそして自分のことも。まさかこうやって再び話し合える日が来るとは思ってもいなかったから。一度起きた亀裂が今この瞬間直ったとも到底思わない。
だから、こうして話し、居ることで少しでもやり直せたらと思うのだ。
藻琴は呉羽の手を優しくほどき、笄の顔を見据えた。
「……お話があります。夜明さんにはもうこのことは話しました」
「何だい、藻琴」
13
「いーのかよ、あっさり見送っちゃってさ」
「見てたの」
「最初からネ」
政察の最上階——つまり屋上に夜明はいた。夕焼けが映える空のもとに虎功刀と月雲はニヤニヤと笑いながら夜明の元へ歩いていく。
夜明は眉を顰めながら肩の力を落とした。
「居る気がないやつを無理矢理居させても意味ないし」
「御最もですが」
「まあ、それはどうでもいいんだけどさー……」
夕焼け空を見上げる夜明。月雲は薄く目を開くと声音を顰めて呟いた。
「……今回の件、上手い具合に藻琴と妖刀を唆せる奴ってさ」
「考えたくもないけどよ……。また此処に来てるんじゃないか、社長。……【アイツ】が」
2人の言葉に夜明は何も答えなかった。無視したのではない、答えなかったのではない。ただ、言えなかったのだ。
ずっと、夕焼け空ではなく平行線を見ていた。