複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物 ( No.132 )
日時: 2017/04/15 20:56
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: VEQd3CZh)

「よお」
「…………」

 ベッドは隣同士。目覚めたばかりで銀狼は少し虚ろな目を周囲に向けて状況を確認する。そして、自分が寝ていること、どうしてここにいるのかわからないという情報を得たようで目線を夜明に向ける。
 夜明はそのまま話し続ける。

「お前ずっと寝てたんじゃぜ。物語では2週間ぐらい、現世では半年」
「現世って言わないでください社長」

 時雨は冷や汗をかきながら夜明の脇腹に軽く肘鉄を打つ。銀狼は理解したのかしていないのかは定かではないが少し俯くと、シーツを剥ぎ、医務室を出ようとベッドから立ち上がった。
 ギョッとした時雨は慌てて業務用の椅子から立ち上がり銀狼を止める。

「ちょ、あなた! 駄目ですよ、怪我はもう治ったとはいえまともに食事も運動もしていないのに……っ」

 銀狼の肩を握る時雨。暫くその様子を無言で眺めていた銀狼だったが、再び歩き出そうとする。

「待って……!」
「礼も無しか」

 夜明の突き刺すような言葉に即座に出ていこうとした銀狼の足はぴたっと止まる。感じる部分はあるのか、思ったより従順で時雨はあっけにとられていた。夜明は、構わずに口を開く。

「出ていくのは自由。勝手にこっちがお前を此処に置いていただけだ。でも、此奴には、時雨には礼の1つぐらい言ったらどうなの」
「……感謝、している。……不快な思いは……させる気はなかった」

 初めて聞いた銀狼の声。彼自身も気まずいと思っているのか目線は誰にも会わせなかった。
 夜明は時雨に「だってさ、よかったな」と口ずさんだ。時雨は初めて聞いた銀狼の声にとても驚いていた。

(……思ったより、低い声)
「でもさ、何でお前あまり話さないの。コミュ障なのは見た目でわかるから」
「しゃ、社長! 何言ってるんですか! す、すみません。社長悪気はないんですただ遠慮がないだけなんです」

 容赦のない夜明の淡々とした問いに肝を冷やした時雨は慌てて口を手でふさぐ。そんなやり取りに思わず銀狼は豆鉄砲でも食らったかのような表情に変わる。
 そして、1歩夜明のベッドへ足を向けて口を開いた。

「……お前は、奴隷、じゃないのか……?」
「へ?」

 時雨は呆気にとられた表情をする。まさか「奴隷」だなんていうワードが出てくるだなんて思わなかったからだ。そして、次の瞬間は誰もが予想できない行動が夜明が取る。
 それは……。

「くっ! は、は、はははははっ!! おもしれーわ銀狼!」
「え、え!?」
「奴隷ってか、社畜っていうかね。ひー! あったま痛ぇ! たーのしー」

 あの普段無表情というかあまり関心を示さないというかともいう何とも言えない夜明が笑っている。然も微笑などのような笑いではない。大笑い、爆笑だ。
 時雨はこの状況に何も言えなかった。

(社長が笑ったとこ初めて見たような……!)
「懐かしい声がすると思ったら夜明だったんだネ、虎功刀が聞いたら気絶しちゃうよ」
「月雲君!」

 いつの間にか夜明のベッドに座り込んでいた月雲。彼はいつも通りに飄々としている。右手に刃ハンバーガーを持ち、むしゃむしゃと食べていた。
 時雨が「いつの間に」と言うのかと思ったのか月雲は「上の通気路から来た」と付け加えた。

「でさ、途中まで聞いてたんだけど何で俺達を奴隷だと思ったの?」

 其の言葉に一気に医務室の空気がピリッとしたものになる。銀狼は一瞬、言うのをためらったが、傷を治してくれた恩でも思い出したのか決心を決めたように口を開いた。

「……俺がいた場所はずっと人身売買でできてた。周囲は奴隷か主人。20年間ずっとそうだった。だから……思っただけだ」