複雑・ファジー小説
- Re: 名前のない怪物 ( No.147 )
- 日時: 2017/06/25 19:47
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: mZr6nb5H)
時刻は夕方という時間を超えていた。その証拠に空は深い藍色。点々とした星が夜空にばら撒かれていた。銀狼は静かに軒下に出ると星空をそっと見上げた。
「……今日は、なんだか……」
あっという間だ。銀狼はそう言おうとしたときに、背後から気配がする。バッと勢いよく振り向くと其処にはいつもの淡々とした表情の夜明がアイスを食べながら立っている。
小さく首を傾げる夜明。
「さっすが戦闘民族。わたしの気配に気づくのはやいわー」
「……い、いや、今のは奴隷だった時の癖だ……」
「へー」
興味なさそうに夜明はアイスを食らう。オーバーリアクションともいえる銀狼の反応の仕方を不快に思ってしまったのだろうか、と思った彼だったがそうではなかったらしい。
そんな銀狼の想いなど露知らず、夜明はこちらを見て口を開く。
「……で? これからどーすんの? さっきのゴミ拾いで借りは無しってことにしてもいいけど」
「やはり……俺はここを出ようと思っている。看病やら飯やらで世話になったがこれ以上食い扶持をつぶすわけにはいかないからな」
(……どっかの大食らいに全身の垢を飲ませてやりてぇな)
銀狼は上げていた顔を下に下げる。その顔は申し訳なさそうな思いが滲んでいる。
「地球(ここ)を出て……故郷に帰ろうと思う。……その故郷や同胞がいるかどうかはわからないが……」
「いなかったらどうするの」
「……その時にまた考える」
「意外に無計画だなアンタ」
遠慮という言葉が欠片も無い夜明。言葉のマシンガンに思わず息をのむ銀狼は、降参と言わんばかりに肩を下した。
「……実を言うと、奴隷主(やといぬし)がいなくなって俺は何をすればいいのかわからなくなってしまった。今まで考えて行動することもなかった。ただ、理不尽な暴力と罵声の言うことを聞いていたからな」
「前の方がよかった?」
「……前は死んだ方がいいと思っていた。……だが、あの日、お前たちに開放されてから自分が何をすればいいのかわからなくなってしまったんだ」
「面倒くせぇな」
アイスの棒を噛み切ると、夜明は拳を銀狼に振り下ろした。まさかそんな行動に出るとは思わなかった銀狼は守りが遅くなる。
やばい、と思った。殺されると思った。しかし……。
「じゃんけん……ぽんっ!」
「!?」
意味が解らない状況。意味の解らない言葉。銀狼は恐る恐る夜明を見ると、彼女は拳を宙に浮かせたまま、若干眉に皴を寄せていた。
自分の方も見てみるとたまたま、手を開いた状況だった。つまり、グーとパー。じゃんけんのような構図だった。
「あーあ。負けちった。アンタの勝ちだ」
「どういう……」
「どうもこうも糞もねーよ。アンタが勝った。だから要人結社(ここ)に就職です」
「ますます意味が解らない」
「お前面倒くさいからさ。わたしが今後を決めてやった。だからここで働けよ。けど、そっからは自分で考えて。お前の部屋は2階の奥の部屋な」
アイスの棒をゴミ箱に投げ込むとぶっきらぼうに彼女は言った。銀狼はあっけにとられてその場から一歩も動けない。
夜明はその場から去ろうとすると銀狼は漸く我を取り戻したのか「待て」と声をかける。
「何で俺を此処まで気に掛ける。そこまでの勝ちは俺にはない……!」
「それは私が決めることですー」
「俺が此処に、居てもいいっていうのか……?」
「くどい。いいって言ってんじゃん」
(俺が、此処に。楽しいと思った、此処に……)
夜明は「あー、そうだ」と思い出したように声を上げる。
「あんた名前は? 銀狼って民族の総称名でしょ」
「名前はない。ずっと銀狼か番号で呼ばれていた」
「えー。じゃあ今つけるわ。今日は晴。違う。6月……、空……銀髪……星……」
うーんと、夜明は腕を抱えて考え込む。そして思いついたかのように銀狼に顔を向ける。
「よし。銀髪に星みたいな目ぇしてるから銀星(ぎんせい)! あんた今日から銀星だからな」
「……本当に適当だな」
銀狼——いや、銀星は少し口角を上げる。「銀星」と言う名を胸に刻みながら。このよくわからない温かい気持ちを胸にしまいながら。夜明の「早く寝て」という言葉をBGMにしながら銀星は要人結社の中へ入っていく。
「俺たちの出る幕無かったネ」
「いいとこだけは取ってくんだよなぁ〜社長は」
屋上にて、こちらを見下ろすように立っていた月雲と虎功刀。その顔はどこか嬉しそうであった。
***
>>5追加しました。
次から新章はいります。この物語の核心に触れていこうと考えてます(多分)