複雑・ファジー小説
- Re: 名前のない怪物 〈オリキャラ二次募集予定〉 ( No.30 )
- 日時: 2016/04/17 20:41
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: kkPVc8iM)
「——……ねぇ、依頼人【八条美香(はちじょうみか)】」
べりっと荒々しく夜明は黒マントを剥ぎ取った。そこで、露わになる顔。その顔は、どこにでもいそうな——年齢20代前半ぐらいの女性だった。女—美香は虎功刀の下敷きになりながらも悔しそうに顔を歪める。
そして敵でも見るような目で夜明を見上げた。
「……依頼人……って。なんで下着泥棒捕まえてくれって言った本人が犯人なんだよ」
「今どきの若い子にありがちなやつ。一言でいえば復讐」
虎功刀の驚きを隠せない言葉に淡々と夜明は答える。
美香は、真実を暴かれてしまったことにより強く唇を噛んだ。
「……そうよ。私が犯人。でもどうして? どうしてわかったの?」
「わたしがそこに無様に気絶している元ランジェリー泥棒の事情を聴くためにわざとムショに入ったときにな。書類を見たんだよ。……つい最近解放された下着泥棒がいるってね」
「……!」
美香は目を見開いた。夜明は想定内の彼女の言葉に目を伏せた。この様子だと話すこともだんだん飽きてきたのだろう。
虎功刀は今一つ、状況を呑み込めていなかった。そこで再び夜明に問う。
「その犯人がこの嬢ちゃんだっていうのか? 推理が単純すぎるぜ社長」
「根拠は2つ。まず、書類で見た下着泥棒は美香“こいつ”——……。いや、こいつの家の下っ端の男。下っ端には何の罪もない。けど、何らかの理由で、嫌がらせとして下着泥棒をした八条美香を見つけてしまった被害者の子を思わず傷つけてしまった。その罪の身代わりとして子の下っ端は刑務所送りになった。……ちなみに『そんな証拠ない』なんて言わせない。ここに来る前にアンタの家に乗り込んで家の人間に洗いざらい吐かせたから」
(……歪みない社長。さすがだぜ……!)
反論しようとした美香の口を閉ざすように早口で彼女を責め立てる夜明。その容赦なく迅速な行動に思わず虎功刀は感心した。
彼女は間違いなく俺らの社長だと。
そして夜明の言葉はまだまだ続く。
「……そして、ムショ内にいる服役中の下着泥棒にも話を聞いてね。聞くところによると『下着をズタズタにしつつ被害者にも負わせるのはたいてい恨みがらみが多い』らしくてね。これで全部つながった。今までの被害者との人間関係を(うちのエンジニアが)調べた結果——犯人はアンタしかいなかった」
「……1日も経たずに捕まるなんて。さすが要人結社ね。しかも、たった2人にここまでやられるなんて……」
自虐するように美香は笑う。
夜明の目配せで虎功刀は彼女の背から降りると夜明の隣に立つ。美香は立ち上がることなく悲しげに目を抑えた。
「……私だって好きでこんなことしたんじゃないわ。友人だと思っていた女どもに裏切られたのよ……」
「あ、言わなくていいです。調べたんで。余計な回想はノーサンキューで」
「ストーリーのこと考えてくれよ社長……」
夜明のダメだしする漫画家担当者のような物言いに回想に入りそうだった美香は思わず黙り込んだ。虎功刀は呆れたように頭を押さえてため息をつく。
彼女の真相。それは、大学生時代彼女は友人が多いほうだった。そして同時に男性に大いに人気があったため半分の友人から恨みを買った。そしていじめという形で美香に嫌がらせを開始した。最初は我慢していた美香だったが、しばらくして付き合っていた彼氏をいじめていた女に奪われてしまった。
そのことにより箍が外れてしまった美香は精神的にも苦しい下着泥棒という手段を用いてかつての友人たちに復讐しようとする——が、真っ先に友人の1人にばれてしまう。口封じに丁度持っていたハサミで友人の胸部を殺すつもりはないとはいえ、刺してしまった。逃げ帰り、金持ちである父にそのことを報告すると父は真っ先に真相をうやむやにするため、丁度いた下っ端の男をクビにすると同時に犯人に仕立て上げ、刑務所へ送った。
だが、美香の復讐心は晴れない。だから、しばらく人々の記憶からこのことが消えるのを待ち、要人結社を使った念入りの計画を立て、今に至る。と、いうことだった。
「……2度もこんなことするなって神様が言ってるのね。私、自首します。こんなこと、言えた義理じゃないですけど本当にすみませんでした」
美香はそう言って深く2人にお辞儀をする。その肩は震えていた。きっと彼女は夜明や虎功刀が止めていなかったら復讐に身を捧げていただろう。
今の彼女は、後悔と悲しみで満ち溢れていた。
「アンタが謝んのはそこで寝たふりしてる元下着泥棒じゃないの?」
「……え……」
美香は夜明の言葉に驚いたように口を開ける。夜明は虎功刀に「蹴っ飛ばせ」と命じる。虎功刀は命令通りに軽く気絶しているはずの源五郎を蹴る。
源五郎は痛そうに頭を押さえながら立ち上がる。
「ったく。こいつ最初から寝たふりしてるとは……。妙に図々しいな」
「じゃあ、わたしたちは帰ります。ちゃんと美香さんは警察署へ行くこと。行かなかったら——……」
「わかってます。ちゃんと誤ってから、行きます」
美香は優しい笑みで夜明にそう言った。夜明は何も言わず、小さく微笑みながら虎功刀を連れ、すっかり暗くなった闇へと姿を消す。
「……元下着泥棒さん」
源三郎に美香は近寄った。
5
「ふーん、凶悪犯罪者とかじゃなかったんだー」
「まぁ、そこら辺にいる感じの嬢ちゃんって感じだったな」
「でも大変だったんだよこっちも。藻琴はムショに突撃しようとか言いだすし、結廻も武器を取り出す始末だったし。止めるの大変だったんだよー、呉羽が」
「呉羽に迷惑かけてんじゃねーよ隊長。……で、社長は?」
その数日後。無事に帰ってきた2人−—いや、夜明は報酬がないと真っ先に嘆き、血を吐いた。
そのあと、医務室へ運ばれ緊急治療になったのは別の話だ。月雲は琴の顛末を虎功刀から聞くと「行かなくてよかった」と呟いた。そんな彼に再び虎功刀はすぐ血を吐く上司と、手のかかる上司を思い、ため息をついた。
「また指定の時間に薬飲まなかったでしょう? 困りますよ社長。私と虎功刀さんの身にもなってください。いくら仕事だからって体のことも考えないと……」
「待って今ジャ○プ読んでるから。また1か月後に言って」
「それって聞く気はないってことですよね」
医務室のベッドで休日のお父さんのように漫画を読む夜明。彼女は見た目こそは点滴を数本打たれており、病人のようなのだが、漫画を見ている顔は夢見る少年だ。
この医務室のボスであり、医者である無駄にスタイル抜群の白い肌が特徴的な女——時雨(しぐれ)は白衣に手を突っ込んだままため息をついた。
時雨は少し諦めた様子で椅子に座った。
「テレビで見ましたよ。下着泥棒の八条美香さん、捕まったらしいですね……。でも、それと同時に彼女の家も没落。なんだかなぁって話ですよね……」
「ツケが回ってきただけでしょ。闇を隠蔽するってことは必ず後から闇がやってくる。……けど、その闇に如何に立ち向かうかだぜ時雨」
「……社長は無駄に戦いすぎですけどね」
時雨はそう言うと、苦笑した。
夜明は視線を漫画から離すことはなく、ずっと魅入っていた。
(……大丈夫。きっと、彼女は立ち直れるから)
『……あなたが、根からの悪人じゃなくてよかった』
『私はあなたを嵌めようとしたのに』
『いえ、私は下着泥棒には変わりありません。ですが、今回のことは恨みを下着に向け、あなたは真正面から人間に立ち向かおうとしなかった。それを私はあなたに伝えたかった……』
『ありがとう。した、いえ、源三郎さん。私、逃げません。逃げませんから……』