複雑・ファジー小説
- Re: 名前のない怪物 ( No.45 )
- 日時: 2016/07/03 16:16
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: kkPVc8iM)
「で、できた——っ!」
華南(♂)は透明な液体が入っている小瓶を天に掲げた。時間は1日も経っていないが——予測不能な事態が起きたため、性転換を治す薬を治す時間が何時間にも感じられた。
そんな彼女が癪になったのか、蛇腹(♀)は華南の膝を蹴る。
「なーにが『できた』じゃ! 殆ど作ったのはワシじゃろうてからに」
「いいじゃないそういう細かいことは。さっ、早くシャチョーさんたちに届けないと……」
一歩踏み出した時だった。疲労が溜まっていたのか、華南はパソコンの戦に足を引っかけてしまった。
その弾みで手に持っていた小瓶が落ち、コロコロと廊下へ転がっていく。今まで椅子に座っていた蛇腹が焦ったように立ち上がった。
「しまった!」
「馬鹿者! アレが割れたら少なくとも5時間は薬が作れなくなるぞ!!」
「追わなきゃ。バラさん!」
慌てながら2人は転がっていく小瓶を追う。
3
「よし、皆の衆揃ったな」
食堂に夜明を筆頭に座らせられている月雲(♀)、結廻(♂)、虎功刀(♀)、呉羽(♂)。
こうやって性別が違うものを並べると壮観だ。特に呉羽が。
夜明はバラバラに4人を散らすとさらに面倒なことになると考えた。よって、1つの部屋に皆を固めたのだ。
「トイレに入るときはどうしようかと思ったけれど……。案外簡単だったわぁ」
「だから言っただろ? 其処まで悩む必要はないって」
「貴様ら何仕出かしてくれとんのじゃい」
あれ程如何わしいような行動は止めろと言ったはずなのに戦闘民族2人は夜明の言うことを聞かなかったようだ。表情が大っぴらに表にはこそ出なかったが、夜明のこめかみには青筋が走っていた。
「社長! 此のまま俺の姿が戻らなかったら宝塚にスカウトされてそのままデビューしちまうよ!」
「それはそれでムカつくんだけど」
机に突っ伏したまま泣き寝入りする虎功刀を一発殴りたくなった夜明。彼自身は無自覚だろうが、女になった彼は頗る美人だ。自分で自分を美人など可愛いなどと言っている人間ほど腹が立つことはない。
そんな彼を呉羽は鼻で笑った。
「フン。そんなテレビなどとチャラついた事を考えるから身を滅ぼすことになるのだ! そんな暇があったら己の心身を徹底的に鍛え上げよ。さすればどんな状況、敵が現れても対処できるというものだ」
「……此奴だけ設定と画風が違うな……」
正々堂々、威風堂々という言葉が似合いそうな屈強な呉羽。腕を組みどっしりと椅子に座っている呉羽は頼もしいの一言に尽きるのだが——画風が明らかに違っていた。
(エンジニアたちまだかな。そろそろ此奴等何仕出かすかわからないぞ……)
チラリと横目で食堂の扉を見る。2人は現れそうにない、とあきらめかけていた瞬間。
思い切り扉が壊れそうなほどの大きな音を立てて2人が入ってきた。その形相は必死のものだ。
「社長!!」
「転がってる小瓶を捕まえて!」
「小瓶?」
床を見ると、確かに走っても追いつかないほどのスピードで転がってきた小瓶が目の前に迫っていた。
「よかったね皆。これで元に戻れるよ」
「よっしゃ——っ!」
「おい話最後まで聞けよ」
夜明の言葉を最後まで聞かず、4人は獣の様に小瓶に飛び掛かっていった。蛇腹は心底否そうな顔をして叫んだ。
「止めんか餓鬼ども!! 貴様らが一斉に飛び掛かったら小瓶が割れちまう!」
「これで元に戻れますわっ」
パシッと結廻が小瓶をキャッチする。……したはずだったのだが、スルリと小瓶は手からすり抜け空中へ舞った。
次は月雲が足で小瓶を押さえていた。
「やっぱり元の体の方が落ち着くからね」
「隊長其れ寄越せぇ!」
「あ」
虎功刀の蹴りによって小瓶はまた空を飛ぶ。華南は愚かしいことをした虎功刀を思い切り殴りつけた。
「何してんのよ! 折角月雲がキャッチしたのに」
「わ、悪ぃ……」
「最後の将は我か。仕方あるまい。部下の失敗全てを包み込んで見せよう!」
「ああ——っ!!」
そう高らかに宣言した呉羽。其の儘真正面からくる小瓶をキャッチした瞬間、呉羽の握力に耐え切れず、小瓶は砕け散った。
「まじかよ」
夜明は呆然と見上げながらその光景を見ていた。だが、他のメンバーは砕け散った小瓶と流れ出す液体を見て喪失感に苛まれていた。
虎功刀が床にしゃがみ込む。
「くそ……っ! 打つ手なしかよ……!」