複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物   ( No.47 )
日時: 2016/07/06 19:57
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: kkPVc8iM)

『誰か……。お兄様、助けて……』

 少女は幼子の様に泣きじゃくる。周りにいる人間は全て自分に害を為す者しかいなかった。反抗はできない。何故なら、反抗すれば自分も殺されてしまうから……。
 少女は救かることを。
 少女は救けを求めることを諦めた。

 そして己の肉体と精神を閉ざす檻の中で沈黙を貫く。自分を探してくれるはずの兄の顔さえも忘れそうだ。其れほど、少女の世界は混濁していた。
——……世界に救いはない。
 思っていた時だった。

「——……」

 颯爽と現れたのは、自分よりも年下の少女。だが、年下とは思えないほど威風堂々とした雰囲気を持つ子供だった。
 一つ訂正しておくが、少女の前に現れた子供は英雄(ヒーロー)ではない。

「——此処、今直ぐに爆破するから其処にあるパラシュート使って逃げたら?」

 心を見透かせない、怪物だった。









「私の勝ちよぉ。時雨ちゃん」
「あとちょっとだったのに……!」

 要人結社の医務室にて。
 夜明が点滴している間、暇だという理由で結廻は丁度時間がありそうだという理由で時雨にトランプの大貧民で勝負を仕掛けた。
 以外にも乗り気だった時雨に少し驚いた結廻だったが、やる気を上げ、勝者に1000円という敗者にとっても罰ゲームを仕掛けた。そして、時雨の敗北という現在に至るのだ。

「はぁ〜。トランプは結構得意なんですけどね……」
「もう少し頭を使わないとダメよぉ」
「其れをお前が言うかね」
「社長!」

 シャッとベッドを区切っているカーテンを開ける夜明。結構顔色がいいことからして、点滴はもう終わったのだろう。時雨は何も言わずに点滴を片付ける。
 夜明は先程まで時雨が座っていた椅子にゆっくりと腰かけた。

「お金賭けるってお主此処はラスベガスじゃないんだぞ」
「いいじゃないですかぁ! 一寸したゲームですよぉ」
「せめてお菓子とかだろ……」
「それじゃあ緊張感がないですわぁ!」

 時雨からの戦利品、1000円を手にして顔を幸せそうに綻ばせる結廻。夜明は「此奴まじかよ」という表情を隠すことなく浮かべていた。
 そんな夜明に気にすることなく、彼女の気分は高揚している。結廻はまだ物足りないのか、頬を赤く染めながら夜明に向かって言った。

「社長! 大貧民で勝負しましょう! 負けた人は勝った人に5000円」
「何か金額上がったんだが」
「お金は大事ですわ! さっ、やりましょう」
「わたしに拒否権はないようだな」
「やりすぎないでくださいよー」

 やんわりと結廻に告げる時雨の言葉など届かない。其れよりも夜明から金を巻き上げることしか頭にない結廻。
 最初は乗り気ではなかった夜明だが、配られたカードを手に取るとようやくその気になってくれたようだ。

「金額を10000円にするのはあり?」
「ええ! 勿論ですとも」
「……その言葉忘れないように」

 じりっと、2人は真剣な眼差しでお互いを見据える。
 そして……。

「デュエル!!」











「社長……強すぎますわ……」
「頭を使え頭を」
(社長凄いなぁ、余裕で結廻さんをあしらっちゃった)

 時雨は結廻のテンションの下がり様に思わず冷や汗を流す。何故なら、本来なら1回勝負だったはずだったのだが。結廻が中々負けを認めずに5回勝負を挑み、たったの9ターンでとどめを刺されてしまったからだ。

「約束のお金ですわ……」
「社員の金が元の場所へと変換される瞬間だ……」
「おーい、社長! 仕事の電話だ」

 ガラッと医務室の扉が開く。其処には虎功刀がひょっこり顔を覗かせていた。