複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物   ( No.52 )
日時: 2016/07/09 20:17
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: kkPVc8iM)

「闘技場の護衛?」

 夜明は、虎功刀に呼ばれ自らの部屋である社長室へと戻る。そして、仕事の電話だという受話器を手に取り、相手と話す。
 電話の相手は酷く困ったような口調で話し続けた。

『はい。本来なら、私の管理している闘技場は巷でいう馬券の様なものだったのですが——……最近、変な輩が屯しているらしくてですね。大金を賭けて戦う何て序の口。己の生死、臓器。挙句の果てには——負けた相手を裏で人身売買してるとか……』
「人身販売ね……」

 夜明は横目で社長室のソファーに座る結廻を見る。彼女自身は夜明に気が付くことなく、足をぶらぶら揺らしていた。夜明は目線を書類に戻すと、話を淡々と続けた。

「それこそ政察の仕事なんじゃないの? その闘技場は非合法ではないしね」
『……以前依頼しました。ですが、彼らも全てを把握できずにこの依頼は終わってしまいました』
「まじか……。税金泥棒だな……」

 闘技場のオーナー、柏木善吉(かしわぎぜんきち)の言葉に思わず鬱屈とした表情を浮かべる夜明。
 暫く、と言っても5分ほど柏木と話をつづけた後、夜明は電話を切った。そしてソファーに座っている結廻、藻琴、虎功刀に目を向ける。

「夜明さん、依頼ですか?」
「うん。今日は闘技場の護衛だとさ」

 藻琴の言葉に夜明は頷く。彼女の言葉を聞いた虎功刀は楽しそうに目を輝かせた。

「闘技場って……あれか!? 港にあるでっかい建物! いやー、一回行ってみたかったんだよ。パチンコとかしてぇもんだ」
「……下種人間ですね」

 楽しそうに口数の多くなる虎功刀。だが言っている内容は最悪になった場合の休日のお父さんの言葉である。
 藻琴は下種を見る目で虎功刀を見た。結廻は身を乗り出し、夜明の顔を覗き込んだ。

「社長は? 行かないんですかぁ?」
「別件があってね。闘技場(そっち)の方は3人に任せる。護衛だから戦闘力がある奴が行った方がいい」
「夜明さん、月雲さんは連れて行かないんですか?」
「あいつはダメ。絶対なんかやらかすから」
「……それは同意するぜ」

 夜明の言葉に虎功刀は苦笑した。その場にいた3人は夜明の言葉に何かをやらかす月雲の表情と行動が息をするように想像できた。
 其れを思うと今回の派手ではない依頼に不向きだと一瞬で悟ることができた。

「じゃ、行くか」

 虎功刀がそう言って社長室から出ていこうとすると、夜明から1枚の紙が渡される。

「これ、持って行って」
「何ですかぁ? これ」
「一応任務の内容と発見及び捕縛対象になる条件を書いたやつ。あと、闘技場の人間に『要人結社の使い』って言えばすぐにオーナーのところに案内させるようにしておいたから」
「ありがとうございます、夜明さん」

 結廻の問いにスラスラと答える夜明。手際が良すぎて虎功刀は髪を握りしめながら「流石社長……! 死にかけながらもハイスペック」と口走っていた。
 そんな失礼極まりない言葉を吐いた虎功刀が気に食わなかったのか、藻琴は彼の足を思い切り踏みつけて満面の笑みを浮かべながら夜明に礼を言う。
 今度こそ3人は部屋から出ようとすると、

「あ、最後に1つ」

 夜明が声を掛ける。思わず3人は振り向いた。彼女の顔は太陽の光で反射して窺い知ることはできない。
 思わず息をのむ3人のことなど露知らず、夜明は言葉を紡ぐ。

「——……今回の任務、仲間以外信じないほうがいいよ」