複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【闘獄篇】 ( No.58 )
日時: 2016/07/13 20:11
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: kkPVc8iM)

「……華南。聞こえてるよね」
『はい。ノイズ0.3%。異常ありませんよー』

 夜明と月雲はすぐさま政察に連絡した。そして、廃工場を出ると、夜明はヘッドフォン型の無線機に問いかける。
 すぐに反応したのは華南。華南は元ハッカーという経歴を持っているため、その才能を生かし戦闘員たちをフォローするオペレーターとして活躍していた。

「さっきの話は聞いていたはず。このことをすぐ虎功刀達に連絡」
『了解』

 そう言って華南の声がすぐに聞こえなくなる。きっと、虎功刀達への無線機につなげたのだろう。
 月雲は夜明のマントの裾を軽く引っ張った。

「あっち、どうなってるだろうね」
「少なくとも碌なことにはならないだろうね」









「圧倒的……ですね……」

 銀狼と人間の試合が始まって10分ぐらいが経った。銀狼は本気を出している雰囲気が微塵たりとも感じられなかった。観察するように対戦相手の攻撃を避け、攻撃手段がなくなった相手を空かさず蹴る。
 対戦相手は観覧席の壁にまで埋まり、意識はありそうになかった。詰り——……圧倒的なのだ。
 かなり戦闘を熟している虎功刀たちも呆然するしかなかった。藻琴は一言、呟く。

(……これが銀狼か。今、隊長いなくてよかったぜ。下手したら飛び入り参加しちまうからな)

 心の中で自らの上司を少し馬鹿にしながらも虎功刀自身もかなり興奮していた。銀狼と言う名の、自分と同じ絶滅戦闘民族がすぐ近くにいるからなのだろうか。
 血が騒ぐのか。

「羨ましいわぁ。私も戦いたいわぁ! ねぇ、虎功刀ちゃん」
「アホンダラァ。御前さんと一緒にするなよ」

 彼の心を代弁するように結廻は大きな声で言う。胸の高鳴りが止められないのか、虎功刀の肩を大きく揺さぶる。
 口ではそう言いながらも虎功刀の口元は弧を描いていた。
 嬉しそうに隣に座っている柏木は口を開いた。

「いやー、お気に召していただけたようで幸いです。実はあの銀狼なんですが……」
『虎功刀さん、モコ君、結廻ちゃん! 聞こえてるよね。今は言った情報。早くそこから離れて頂戴。そこは——……』
「華南? 何だ急に」

 いきなり入ってきた華南の慌てている声に3人は怪訝な表情を浮かべる。

「……実はあの銀狼、【買う】のに苦労したんですよ」
「……え」

 結廻は突然の柏木の言葉に耳を疑った。反射的に柏木の表情を伺おうとすると、全方面から、ガシャッと鈍い金属音が聞こえてくる。
 背後や目の前に突き付けられているのは銃、銃、銃。
 虎功刀や藻琴も同様だったらしく、状況を探ろうと周囲を見渡していた。

「……オーナー柏木。これは一体どういうことだ?」
「まさか1日も経たないうちに尻尾を掴まれるとは。さすが要人結社——……、いや、社長と言ったところか。あの子供の前では息もできないよ。今も……昔も」

 凄むような虎功刀の睨みに、柏木は苦笑する。そして、顔だったはずの皮膚を模していたマスクを乱暴に破いた。その顔は、右側が痛々しいほどの一本線の切り傷があり、目は狂気に満ち溢れている。
 そして、柏木だった表情が露わになった。その顔を見て、結廻の顔は真っ青になった。

「……結廻さん? どうしたんですか?」
「な、なんであなたがここにいるのよぉ……っ」
「何でって……商人だからさ」

——……彼女は思い出す。昔を。虐げられていた過去を。自分を。虐げていた男を。
 その顔は嫌というほど記憶にこびり付いて離れない。







『いいか麗弧。お前は僕のために死ぬのさ。僕に大金を拵えてね』