複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【闘獄篇】 ( No.61 )
日時: 2016/07/16 19:41
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: kkPVc8iM)

『……一歩遅かったみたいね。察しの通り、人身売買っていうのは闘技場の人間、それに加えて其処の御贔屓観客たちもグルってわけ。主犯の1人は其処にいる——柏木ね。……と言っても【本当に柏木】なのかは謎だけど』
「いや、恐らく柏木じゃないな。俺も以前此処に来たことがあるが殺気も不穏な因子も見当たらなかった」

 無線機から聞こえてくる華南の声はとても疲れ切っていた。一歩、報告が遅かったことへの懺悔の気持ちだろう。
 虎功刀は耳に詰めている無線機に軽く触れながら苦笑する。
……笑うしかない。
 敵に囲まれている。
 敵に囲まれてしまっている。
 これはもう。

「戦うしかないですね」

 藻琴はそう言うと、手慣れた様子で懐から手りゅう弾を1個、ピンを抜いて地面に叩き付けた。不意打ちにも近い彼の行動に、要人結社メンバー以外は反応できず。

「しま……っ」

 柏木だったものや、他の戦闘員たちも避けようとするがそれよりも早く手榴弾が爆発した。
 虎功刀と結廻も避け、空中へ飛んでいたため、観客席に音なく着地した。

「藻琴このアホンダラ!! 爆破するときはちゃんと言いやがれ!」
「叫ばないでください、うるさいですね。僕がこうすることわかってたくせに。……反論したいですけど、そんな暇なさそうですよ」

 藻琴は横目で周りを見渡す。彼につられて虎功刀も周囲を見渡すと、手榴弾を逃れた柏木だったものや他の戦闘員が攻撃態勢を整えていた。虎功刀は無線機に軽く触れた。

「今から戦闘態勢に入る。一旦切るぞ!」
「また落ち着き次第連絡しますね」

 そう言って虎功刀と藻琴は無線機を切った。ふと、2人は結廻を見た。いつもなら緊張感のない声で何か言ってきそうなものなのに。
 そんな声は一切しない。彼女の顔を見ると、顔は真っ青だった。

「……おい結廻……」
「えっ。ど、どうしたのよぉ、虎功刀ちゃん。藻琴ちゃん。この人たち、ぜ、全員倒せばいいんでしょう? 簡単よぉ」

 虎功刀の声で漸く我に返った結廻は慌てながら自らの武器である両刃の黒いハルバードを構えた。
 様子がおかしい。それは虎功刀も藻琴も解り切っていたことだった。取り敢えずこの場所にいる人間の戦力を削らねば。
 そう思った藻琴は腰に差していた禍々しい雰囲気を出す日本刀を鞘から抜いた。

「——……熾(お)きろ、落ち椿」

 そう言うと、只でさえ禍々しい日本刀から黒い邪気が煙の様に立ち込める。
——藻琴の日本刀は妖刀だ。曰くつきの妖刀だ。この妖刀については、また別の機会に。
 藻琴は、落ち椿を横一線に斬ると、銃を持った数名が軽く吹っ飛ばされた。

「……ちっ。全滅には至らなかったか……」
「虎功刀ちゃん、藻琴ちゃん。管理室に行って! そうすれば人身売買のファイルがあるはず。それを取って政察に突き出せばこっちの勝ちよぉ」

 虎功刀も攻撃を仕掛けようとする。だが、張り詰めたような結廻の声でその行動を止めた。
 藻琴も、彼女を見る。彼女の顔は真っ青で、心なしか震えていた。

「……馬鹿言ってんじゃねえよ。そんな状態の御前残して管理人室行けるか。社長に殺されちまう」
「そうですよ。皆で此奴等倒せば……」
「その間にあの男は逃げてしまうわぁ。だから、早く行ってちょうだい。それに大丈夫よぉ、私は……絶滅戦闘民族だから」

 そう言って、結廻は2人の制止を振り切ってハルバードで敵を倒していく。そんな彼女に心配を覚え、止めに行こうとするが、虎功刀に止められる。

「……気になるところはたくさんあるが、アイツの言う通り管理室に行くぞ。そんで、すぐに終わらせて戻るんだ」
「わかってますよ。……それと夜明さん以外が僕に命令しないでもらえます?」











「……へぇ、余程信頼されているようじゃないか【結廻】」
「何が……言いたいのよ、【神崎(かんざき)】」
「そんな目で見ないでくれたまえ」

 柏木だった男——神崎は不気味な笑みを浮かべながらハルバードで敵を薙ぎ倒していく結廻を見る。
 だが、次の瞬間神崎の顔が不機嫌一色になった。

「……だが口の利き方に気を付けろよ奴隷。御前はこれからもこの先も私の奴隷だ。神崎様、だろうが」
「社長に倒された癖に偉そうなこと言わないでちょうだい!」

 次々と結廻のハルバードによって倒れていく闘技場の警備ン及び雇われた戦闘員たち。
 残り、10名ほどだ。この数なら、いける。疲弊した体でそう考えていた時だった。

「お見事じゃないか。流石麗弧だよ。鮮やかな手捌きだ。……でもね」
「——……!!」

 次の瞬間、結廻の眼前に先程まで闘技場のリングにいた筈の星色の瞳を持った銀狼が目の前に迫っていた。
 その速度が目に追えない結廻。流れるままに、銀狼の重い拳が腹部に入った。

(……社長……っ)

 そのまま結廻の体に力が入らなくなる。意識が途切れた結廻と同様にハルバードも音を立ててそこら辺の床に転がった。
 地に這いつくばる彼女を見て神崎は満足そうに嗤った。

「此処にいる銀狼は君なんかより戦闘力は上だ。いやー、買った甲斐があったよ。そのお陰で5億損失してしまったがね」