複雑・ファジー小説
- Re: 名前のない怪物【闘獄篇】 ( No.62 )
- 日時: 2016/07/17 16:52
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: kkPVc8iM)
「結廻! 結廻——っ!!」
「お兄様……助けて……っ」
——……今から10年前、この地球に異星人がやってきた。私が来たのは5年前。肉親の兄とともに旅行のつもり、だった。人気のないところで、兄と私は黒ずくめのスーツを纏った大人数の男に抑えられた。
そう時間が経たないうちに私と兄は離れ離れになった。
あとで聞いた私を攫った理由。それは、
「絶滅戦闘民族の麗弧の女は見栄えがいいから。風俗や奴隷として売れば大金が手に入る」
と、いう身勝手な理由な理由だ。今思い出しても腹が立つ。
4
「何してんだ麗弧!」
「っ!」
ピシャリ、と右の手の甲に鞭を打ち付けられた。当時、17歳の結廻は攫われた組織の先で売られるのを待つ時間とともに人間とは思わせてくれない扱いを受けていた。
此処に入れられてから3か月。法律など無視したような雑用。最悪なのが人身売買の組織の人間の気分次第によって飯が無かったり、面白半分で毒を入れられることだ。
寝るところは他の売られるのを待つ人間が6人ほど入っている独房で布団も柔らかい毛布もない硬い床なのだ。
彼女にとって此処は地獄で死に場所だった。兄はきっと自分を見つけてくれる、という思いすら消えてしまうほどの地獄だった。
(……早く、死にたい……)
今日の雑用が終わり、フラフラとした足取りで独房へ戻された。今日は沢山叱られてしまったため、罰と言う名のストレス発散により飯を食べることもできなかった。
これで、3日目だというのに。
虚ろな目で結廻はふと、床に目をやった。蟻が歩いている。もしかしたら、自分もこんな風に見えているのだろうか。
そして、先が尖ったコンクリートの欠片が目に入った。このときの結廻は何も考えていなかった。ただ、迷いなく、それに手を伸ばした。
(喉笛を掻っ切ったら死ねるかしら)
同じ独房に入っている者たちはそんな結廻を見ながらも止めようとしなかった。なぜなら、自分だって死にたいから。
その先端は、真っ直ぐに結廻の喉笛に届く——はずだった。
「悲しいなぁ、結廻。そんなことしちゃあいけないよ。僕は悲しい。君がいないとお金が手に入らなくなってしまう」
「か、ざき……様……」
神崎、と言ったはずだったのだが、腹に何も入っていないため、かすれた声になっていた。ニコニコと神崎は微笑むと、懐から拳銃を取り出し、右手に撃った。
「ああああああっ!!」
「まだ元気じゃないか。その調子で明日も頑張って生きよう。君にはお金を生み出す価値があるんだから」
銃に撃たれたのが初めてだった結廻は痛みで悶絶していた。そんな彼女のことなど露知らず、神崎は拳銃を仕舞、嗤いながらその場を立ち去ろうと背を向ける。
「それとね、結廻。君の引き取り場所が決まったよ。急で悪いが明日だ。金をふんだんに払ってくれる相手だ。悪いことはない……と言ってもこれは私の話だが」
「そ、そんな……」
「さよなら、結廻。君は私が見た中で最も運が悪く、運が悪い人間だ」
——……その時の神崎の恐ろしい悪魔の様な顔は忘れられない。
その時の私の気持ちも忘れられない。あの時は、絶望しかなかった。売られて、買われて、その先どうなってしまうのだろうか。
真面な死に場所も、死に方も選べない。
……涙すら、出なかった。
5
「……此処は……」
結廻はゆっくりと目を開ける。要人結社の自分の部屋ではない。目の前には境界線の様に立ち塞がる鉄格子と冷たいコンクリート。
これは、まるで、昔の自分の世界だったような——……。
じわじわと其れに気が付いた結廻はブルブルと体を震わせた。
「い、いや……! 嫌ぁっ!!」
ガンガンと、結廻は鉄格子を叩く。だが、ビクともしなかった。
気が狂ったかのように叫ぶ。
「開けてよぉ……っ! 開けて!!」
ハァハァと荒い息遣いになり、動きをようやく止めた。そして、目の前には自分を一撃で倒した銀狼が簡易椅子に座ってこちらを無表情でじっと見つめていた。
恐らく、神崎あたりに監視するように言われたのだろう。彼の顔には感情も表情も何処にもなかった。
「……初めましてかしらぁ……? 嗤えるでしょう? 同族がこんな有様で……」
「…………」
自分を皮肉るような結廻に対しても銀狼は先程の無表情のままだ。何も語ろうとしない。
結廻は何か言おうと口を開いた時だった。
軽快な靴の音を立てて、1人の男が入ってきた。
「神崎……っ!」
「まだ減らず口が言えるようだね結廻。その口の利き方がいつまで持つか」
神崎はまた嘲笑う。あの時と——……5年前と変わらぬ様子で。
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>>0に夜明のイラスト兼表紙を載せました。
下手ですが温かい目で見て下さると幸いです。
以前夏目美帆さんに提供したイラストだったのですが、同じ夜明繋がりで載せてみました。