複雑・ファジー小説
- Re: 名前のない怪物【闘獄篇】 ( No.68 )
- 日時: 2016/07/31 20:25
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: kkPVc8iM)
「あなたは何のために生きているの?」
彼女は問う。
沈黙する同族に。だが、同族——銀狼は答えようとしない。
只々真っ直ぐに、彼女——結廻を見るだけだ。
「過去も未来も、汚い商い共に奪われているのに。どうしてあなたは何も語らないの。如何して運命に逆らおうとしないの。如何して命令だけで人を傷つけるの」
「…………」
其れまで、感情を浮かべなかった銀狼は目を伏せた。結廻は冷たいコンクリートの床を見つめた。
まるで、目の前にある鉄格子から背ける様に。
銀狼の息を吸う小さな音が聞こえる。
「結廻。時間だ」
空気を読まずに入ってきたのは神崎。何時もの気味の悪い笑みを浮かべている。
彼は銀狼に連れてくるように指示した。銀狼は頷くと、牢の鍵を開けて鎖でつながれている結廻を連れ出し、歩くように促した。
「……つまらない人ねぇ……」
目に光をともさないまま、結廻は一言、そう言うと、自分から歩き出した。処刑場に向かう罪人の様に。
何時もの様に神崎が何か喋っていたが、そんなことは結廻にも、銀狼の耳にも入ることはない。
「……俺は……」
一言、最後尾で歩いている銀狼は呟いた。
だが、その呟きは誰にも届くことはない。
6
「見なさい、銀狼。君が守ってきたこの商売は今日も潤う。最高の気分だ」
「…………」
「要人結社共に闘技場を破壊されてしまったから前ほど規模の大きいオークションにはならないだろうが……麗弧さえいればすぐに立て直せる」
結廻はギッと神崎を睨み付ける。しかし、そんな彼女の視線など気が付かないように神崎は鎖を強く引っ張って歩き進めていく。
暫く森を歩いていると、神崎は足を止めた。そして、目の前の建物を見上げる。そこは、廃墟ともいえるぐらいのホール。しかし、真夜中だというのに、ホールの中は眩しいほど明るい。
「君の晴れ舞台だ結廻。今度こそ私は人生をやり直す。あの忌々しい【怪物】から全身の骨を折られ、名誉も金も一時期は全てを失った。だが、今度は私の番だ。あの怪物に仕返しをしてやる」
「……怪物……? いったい何のことかしらぁ……?」
「その口ぶりだと知らないようだね。怪物は君の敬愛する社長さ」
「社長を化け物扱いしないで!」
腹が立った結廻は大声で叫ぶ。そのこと自体が気に入らなかった神崎は彼女の頬を思い切り叩く。
口の中が血の味がする。だが、結廻は弱った表情を見せなかった。
「……いいや。君なんかに教えてあげない。でも後で後悔するだろうよ。死んだ方がよかったって。殺した方がよかったって。僕が君だったら自殺してるね。だっておかしいだろアイツ。なんで、何で……」
爪を齧りながらブツブツと話し出す。
異様な彼に、結廻は思わず怪訝な表情を浮かべる。
「銀狼。この女をオークション用の檻に入れておけ」
神崎の命に頷いた銀狼は彼女を縛っている鎖を引っ張り、ホールの中にズカズカ入っていく。
結廻には恐怖よりも、夜明が何なのか、其れしか頭になかったのだ。
『貴方は……。だぁれ?』
『怪物。女神を守るだけの、怪物』
彼女は思い出した。
あの子は、自分のことをこう呼んでいたのを。そして思い出した。
彼女に投げかけたあの言葉を——……。
『人間に価値はない。あるのは——だけだ』