複雑・ファジー小説
- Re: 名前のない怪物【闘獄篇】 ( No.70 )
- 日時: 2016/08/09 18:28
- 名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: AbL0kmNG)
あの日。あの時。あの瞬間。
その時間さえ来なければ私はこんなに苦しむことがなかった。人生を狂わせられることはなかった。
そう、あの怪物(こども)さえいなければ——……!
「思い出した。そう、神崎。いつだったかズタボロにした人間だ。そうだそうだ。思い出した……」
大きく口を開けて欠伸をする夜明に神崎はギリッと強く歯を食いしばった。
虎功刀は神崎の顔など見もせず、中央のステージに捕らえられてる結廻の安否を遠目ながらも確認していた。
「神崎は任せていいか? 俺は結廻を出してくる」
「Ok。神崎は月雲が殺るから」
「えー。俺あんな弱いやつやだよー。強いやつがいいんだけどー」
「そっちはわたしが担当するからほら早く行った」
夜明の言葉に口を尖らせながら月雲はゆっくりと歩き始める。そしてスイッチが入ったかのように神崎に飛び掛かっていった。それと同時に虎功刀も結廻を救出しようと走り出す。
月雲の方向から神崎の一方的な悲鳴が聞こえてくるがそんなものどうでもいい。夜明は彼らとは違う方向へ足を運ぶ。その距離はそう遠くない。場所は、カーテンの奥にいる男——銀狼だった。
「これは珍しいね。わたしも初めて見るよ銀狼——」
8
「……え。結廻!」
「虎功刀ちゃん! よくここがわかったわねぇ」
「社長の勘と力ずくによる結果だ」
「流石社長ね全ての理を力で捻じ曲げるわぁ」
虎功刀は結廻の入っている檻を持ち前の力でプリッツのように折っていく。結廻は隙間を見計らうとゆっくりと出てくる。
だが、いつものように力は入らない。
(……ダメージが抜けきっていないのねぇ……)
「お前はもう動くな。此処は俺たちに任せろ。武器はさっきそこでくすねて……」
(……武器!!)
虎功刀は背中に背負っていた結廻の武器——ハルバードを彼女に渡す。その瞬間、結廻は何も考えずにハルバードを素早く取った。そして、残り少ない力で一方的に月雲に殴られている神崎に向かっていった。
突撃してくる結廻をひょいっと避ける月雲。そして神崎の胸倉を掴み、首元に鎌の刃を突き当てる。
「あなたは此処で殺す!!」
「止めてくれぇ! もう……もう二度とこんなことしない! だから、だから助けてくれぇぇ!!」
「五月蠅いっ! 今更もう遅いのよ!」
怒りに満ちた目を浮かべる結廻に神崎は子供の様に泣きじゃくった。だが、今の彼女には何の言葉も無意味だった。過去の事、所業。全て鮮明に思い出せるだけに、神崎への怒りは膨らむのだから。
突き付けていた刃によって一滴の血が神崎の首から流れ出る。
「頼むよぉ……。嫌だよぉ……」
「……死……」
——……そのまま、首を掻っ切る心算だった。迷うことなく。躊躇うことなく。この忌わしい男を、今日此処で。たった今、殺すつもりだった。
だが、その腕は、虎功刀によって止められていた。飄々とした笑みを浮かべた月雲が彼女の持っていたハルバードを取る。
「待ちな」
「邪魔するなよ結廻。そいつは【夜明の命令】で捕獲しなきゃいけないんだからさ」
「……此奴は……私が殺さなきゃいけないのよぉ。此奴を放っておいたら他にも私みたいな思いをする人が増える。だから……」
「違うね」
虎功刀は即答した。
彼女は思わず顔を上げた。まさか、自分の言葉が否定されるとは思っていなかったから。それと同時に怒りが湧く。顔を上げるのと同時に虎功刀を睨み付けていた。
だが、虎功刀の表情を見て思わず顔を青ざめた。悲しんでいるわけでもなく、怒ってもいない。その表情は敵を見るような顔つきであった。
「お前は只自分の私怨で此奴を殺したいだけだ。他の奴の為? 笑わせるんじゃねぇよ。只お前は本能のままに殺したいだけだ」
「何がおかしいのよぉ……!」
「正直俺は」
ガッと荒々しい手つきで虎功刀は結廻の胸倉を掴んだ。突然のことで結廻も対処できない。
「お前の過去だとか、神崎がどうなろうと知ったこっちゃねぇ。だけどな。社長の意向に反する奴だけは絶対許さねぇ」