複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【闘獄篇】 ( No.71 )
日時: 2016/08/12 18:35
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: AbL0kmNG)

(……確かに、私だって社長のことは大好きだし、恩だって感じている。けど……けれど……!)

 苦しくて、悲しかったあの日々。そして、夜明に救われて楽しくてうれしかった日々。
 忘れない。忘れられない。
 だけど。うれしい思い出よりも悲しい思い出の方が色濃く残る。結廻はハルバードを強く握りしめる。
 そして、虎功刀によって抑えられていた腕を振りほどく。

「でも! 痛みは消えない!!」

 そう叫んで再び神崎に武器を振り下ろす。その瞬間、全ての時が止まっているかのように感じた。












「あいたたた……。見かけによらずハッスルするな……」
「……」

 ガラ……。と崩れる壁の欠片とともに夜明は銀狼によって壁に激突していた。
 有無を言わせぬ戦闘から数十秒しかたっていないが、夜明の持っていた両手機関銃、バレッドバレッドの片方は全壊していた。
 いや、正確には銀狼の手で破壊されたのだ。撃っても撃っても蹴りや拳で破壊される。
 夜明は口に溜まった少しの血を吐き出すとため息をついた。

「あと少しで3時か。こりゃあ急がないと危険だ」
「……!」

 勢い良く夜明は立ち上がると天井に向かってバレットバレッドを連射する。連射によって耐え切れなくなった天井が2人めがけて崩れ落ちていく。銀狼はまさかそのような行動に出るとは思っていなかったらしく、思わず目を見開いた。

「私が」

 夜明はその銀狼の隙をついて、彼の腹部を思い切り蹴っ飛ばす。対処しきれない銀狼の体は帰ってこないブーメランのように飛んで行った。

「漸く一発。骨が折れますなー」










「ひ、ひぃ……」

 神崎は情けない声を上げた。そしてそのまま気絶してしまった。結廻は殺すはずだったのに。勿論、神崎を気絶させたのは虎功刀でも月雲でもない。
 結廻——彼女自身だったのだ。
 顔を上げない彼女に虎功刀は呆れながら声を掛けた。

「おいおいお前さん。どういう風の吹き回しだ? 完全に此奴殺す気でいたくせによぉ」
「……昔の私だったら殺してたわよぉ、虎功刀ちゃん」

 結廻は微笑を浮かべて立ち上がった。そして、懐からいつ楠ねてきたのかわからないロープで手際よく神崎を拘束していく。
 月雲はカラカラと笑いながら2人に近寄った。

「ついさっき、の間違いだろう? 差し詰め、昔の夜明の言葉でも思い出したんじゃない? 夜明、結構インパクト大きいからサ」
「道理で。この単細胞がそんな器用なことできたと思ったぜ」
「もう酷いじゃない。月雲ちゃんも虎功刀ちゃんも。私だってちゃんと考えてるときは考えてるわよぉ!」

 結廻は頬を膨らませながら必死で抗議する。だが月雲と虎功刀は鼻で笑っていた。
 月雲は夜明の命令で神崎を政察に突き出す任を負っていたため「じゃあすぐ戻ってくるよ」と言い残し、神崎を引きずってその場から去っていく。
 暫く夜空を見上げていた結廻を虎功刀は不思議そうに見る。

「どうした、空なんか見上げて」
「今日は、いい天気だったのねぇ」
「そりゃあ、真夏日だからな。雲1つ無かったぜ」
「……そう……」

















『此処、今から爆破するから其処にあるパラシュートで逃げたら?』
『……もう、いいの……。私は価値もなく意味もなく死んでいくんだから……』
『よし。機械あんまり得意じゃないけど爆弾無事セットできた』
『……あなた人の話聞かないのねぇ』
『アンタに価値も意味もあるわけないじゃん。考えるだけ無駄』
『……!』
『人間にあるのは命と意思だけだ。それ以外無いし、必要ない。価値なんて誰にわかる。もしかしたらそこら辺の石が何億円かもしれない。人間という摩訶不思議な生き物が1円ぐらいしかないかもしれない。価値と意味なんて考える必要ないのさ』
『命と……意思……』


















「私は自分の【意思】で神崎を殺さなかったのよぉ」

 背後で虎功刀に「は?」と素っ頓狂な声を出していたが今の結廻にはどうでもいいことであった。
 ただ、夜明の言葉がずっと胸に響いていた。