複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【闘獄篇】 ( No.73 )
日時: 2016/08/26 18:00
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: AbL0kmNG)

(……バレットバレッドが全壊……! 畜生、修理代求められるな)

 夜明は服に着いた埃を払いながら金を要求する蛇腹が脳裏に浮かぶ。この状況、如何しようかと思い悩んでいる。しかし、銀狼は殺人機械のように突撃と攻撃を繰り返そうとしていた。
 常人では全く見えない速度で夜明の腹部に重い拳を入れようとするが、夜明は上空へジャンプすることによって免れた。

「問答無用かい。少し話合お」
「…………」

 銀狼は夜明の言葉など聞いてはいなかった。只目の前の障害を排除する。神崎——いや、長年染み着いてきた「命令を只熟す」。これ以上のことはなかった。












11

「おい結廻。御前怪我も酷いんだから月雲と一緒に……」
「駄目よぉ。社長1人だけ置いていけないわぁ」
「何言ってんだ。あの人だぞ? 死ぬわけ……」
「そういうわけじゃないわぁ、私が気にしているのは銀狼の方」

 結廻を抱えながら虎功刀は思わず黙る。確かに、暴走したトマトケチャップの様に所構わず吐血している夜明だが、今まで彼女が負けたところは一回も見たことがないのだ。
 其れを結廻はちゃんとわかっている。結廻は目を伏せた。

「……きっと社長は銀狼何て簡単に倒せるわ。でも、あの人はきっと平和的に話し合おうとする筈。でも、銀狼は話なんてきっと聞かないわぁ。こんな調子で戦いが続いたら幾ら社長でも……」
「……それにサーベルも持ってねーしな」
「……虎功刀ちゃん?」
「いや、何でもねぇ。行くぞ」




















『小僧。これを持っていけ』
『……爺さん、こりゃあ【禁具(きんぐ)】だぜ』
『そんなことわかってるわぃ。百も承知じゃ。じゃが、バレットバレッドが壊れたらこれを送り届けろ。社長の命には代えられん』
『……どうなっても知らねーぞ』

















12

「……っ!」

 夜明は上空からそのまま滑空するように銀狼の右手に蹴りを入れる。鈍い骨の折れる音がする。これでもう銀狼の右腕は使い物にはならないだろう。
 そう思っていた夜明だったが、銀狼はお構いなしに【折れた右腕】で夜明の顔面に拳を入れようとする。

「おいおい……冗談きついぜハニー」

 涯亞と同等、若しくはそれ以上の怪力を持つ銀狼の拳が1つでも入れば重体は必至。武器は何もない。
 
『アリアを守れなかった武器何て只のゴミだ』
『そんなもの捨ててしまえ』
『二度と見たくない』
『兄弟も仲間も守れない役立たずは死ね』

 ……言葉が頭を過る。
 何で思い出した。何で【あれ】に頼ろうとした——……!
 夜明の顔つきが一気に険しくなる。そして両腕を交差させ、守りの態勢に入った。もう形振り構っていられない。両腕がなくなるかもしれないがそんなこと構っていられない。

「来いよ」

 銀狼は拳を夜明に向ける。彼女には全ての動きがスローモーションに見えた。
 ゆっくり、だが確実に拳は迫ってくる。
 だが、次の瞬間、

「社長——っ!!」

 虎功刀の大声が聞こえた。素早く横を向くと満身創痍の結廻と虎功刀がいた。
 虎功刀はマントに隠してあったサーベルを素早く夜明に投げる。

「社長! 受け取れ!!」
「……何で」

 頭が真っ白になる。先程の言葉は虫の知らせだったとでもいうのか。
 嫌だ、嫌だ。という思いが頭を木霊している。しかし、体は慣れ親しんだサーベルに向かってこう言っているようだった。待ちわびているようだった。

——おかえり、と。

「……悪いね」

 夜明は受け取るとともに一瞬にも満たない時間とともにサーベルの鞘から刀身を抜く。
 そのまま銀狼に向かって横一線に斬り伏せる。見事な居合だった。
 銀狼は悲鳴を上げることなく静かに倒れる。

「……かった……。……こ、れで……」

 結廻は思わず目を見開いた。銀狼が初めて言葉を発したから。斬られたというのに銀狼の顔は微笑を浮かべていた。幸せそうに。
 まるで、死に待ちわびたように。