複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【闘獄篇】 ( No.74 )
日時: 2016/08/27 11:41
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: AbL0kmNG)

「……凄いわぁ、社長。あの銀狼を一瞬で……」
(……此奴)

 足取りが覚束無い結廻は感嘆の声を上げる。だが、夜明には彼女の声は耳に入らなかった。
 倒れる前の銀狼の幸せそうな顔が頭から離れなかった。サーベルを鞘に納めると、夜明たちが戦った衝撃で今いる建物は崩壊しかけていた。
 コンクリートの壁や天井が崩れ始める。

「社長! 急げ!」
「虎功刀、お前此奴持ってって」
「はぁ!? そいつ敵だぜ!?」
「いいから」

 夜明は片手で銀狼を虎功刀に投げつける。反射的にキャッチした虎功刀だったが、信じられないという面持ちで夜明を見つめる。
 反抗の意見を述べたが夜明の有無を言わせない言葉に従うほかなかった。結廻の「早く!」という声が引き金となり虎功刀は銀狼を抱え、夜明とともに走り出した。

(……さよなら、昔)

 結廻はこの古びたホールを見てしみじみと思った。
 ここで絶望を味わった。
 ここで死ぬかと思った。
 ここであの怪物と出会った。

 絶望が、音を立てて崩れるのを感じた。



















13

——……あれから1週間がたった。主犯である神崎及び人身売買に携わっていた全ての人間と異星人は政察に捕らえられ厳しい罰を受けることになったとニュースで流れていた。
 そして、神崎の策略によって衰弱にまで追い込まれていた柏木は栄養失調に成りかけていたが命の危険までにはならず、回復へと向かっている。崩壊した闘技場はこういった事件が二度とないようにもう直されることはないという。
 全てがいい方向に行ったわけではないが、これが今回の事件の終焉。

 補足だが、夜明の計らいによって銀狼は要人結社内で治療することになった。時雨が全身誠意をもって治療しているが銀狼は目を覚ます気配を見せなかった。

 こうした中、日常が戻りつつあった。
 戻り、つつ。

「夜明さ——ん!!」
「しっかりしてくださいな社長!」
「ジヌ……」

 酸素ボンベを付けられ、夜明の服の胸部にはべっとりと血の跡があった。救護室で夜明の除くすべての人間が集まっている。
 夜明は酷く目を見開いたまま横たわっていた。目は充血している。
 夜明が横たわっているベッドで藻琴が泣き叫び、呉羽と華南と虎功刀は動揺し、月雲は隣のベッドで昼寝をしていた。
 結廻もボロボロに泣いていた。

「馬鹿モン! これで社長が死んだら貴様らをぶっ殺すからな華南と月雲!」
「もう! 静かにしてください! 治療中ですよ!? ……それに、此れじゃあ死にませんし」

 華南と月雲の頭を叩く蛇腹を叱る時雨。医療室では彼女が女王ため、蛇腹は思わず黙り込む。

「もう……。皆さん元気なのはいいですけど、こういうのは二度とないようにしてください! 特に華南さんと月雲君! 鬼ごっこしてその弾みで餅を食べてる社長にぶつからないでくださいね。其の所為で今社長がのどに餅を詰まらせて血を吐いて今こうなってるんですから」
「……は〜い、わかったわよ。……って月雲君寝てやがるわね……」

 のんびりと昼寝をする月雲に華南は思わず殺意が湧いた。虎功刀は冷や汗をかきながらそっと呉羽に耳打ちをする。

「……一応、餅は取れたんだよな?」
「は、はい。血を吐いた弾みで一緒に流れ出たそうです」
「まだ食べるよ……俺は……」

 ムニャムニャと寝言を呟く月雲に思わずみんなため息をついた。
 結廻はベッドに潜り込むと、窓から空を見上げた。

(……今日も綺麗な星空が見えそうねぇ)

 今日も、【あの日】の様に雲1つ無い晴天だった。
 彼女の口は弧を描く。



















『ようこそ、人間と異星人の国家、要人結社へ』

















名前のない怪物 【闘獄篇】 終