複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物 ( No.82 )
日時: 2016/09/04 22:07
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: t.wI8xY5)

(……あれから1ヶ月ぐらい経つけど、銀狼さん目を開けませんね……)

 死んだかのように眠り続ける銀狼を見て時雨は少し悲しそうに眉を歪めた。
 手際よく点滴を入れ替えると、異常がないかどうか確認して己の領域である医務室から出ていく。時刻は午後の1時半。遅めの昼食を取ろうと呉羽がいる食堂へ向かう。

「呉羽ちゃん、遅くに御免ね。今から昼食頼んでいいかな?」

 ガラッと静かに扉を開ける。その瞬間、時雨の心臓が凍り付いたかと思った。なぜなら、真の前の光景は異様で異常だったからだ。

「あ、時雨だ。丁度いいネ。今日呉羽が風邪を引いて休んでるんだよ。だから今日代わりに俺が作ってるんだけど……みんな寝ちゃってさ」
「寝て……る……?」

 地面に伏すのは藻琴と結廻と虎功刀。真っ青な顔をしてお亡くなりになっていた。一番解せないのは夜明。夜明に至っては大量の血を吐いてオムライスを赤色一色に染め上げていた。
 月雲はエプロンの紐を締め直しながらフライパンを持って満面の笑みを浮かべた。

「何が食べたい?」
「……コンビニじゃあ……駄目ですかね……」












「はい、ナポリタン。熱いうちに食べなよ」
(ナポ……!? イ、イカスミ!?)

 ナポリタンとは形容しがたい真っ黒い物体が其処に合った。コトン、と目の前に皿が置かれる。仄かに臭いも漂ってくる。どう考えても焦げた匂いと同等だ。
 月雲はいつもの笑みを絶やさない。彼がどこまで本気で冗談なのかわからない。

「あ、あの〜……。因みに華南さんと蛇腹さんは……?」
「ん? あの2人、今日呉羽が寝てるって聞いたら血相変えて出て行ってさ。何かあったら時雨にって」
(アイツら!!)

 とんでもない真実に時雨は思わず怒りを抱いた。だからこんな目に合っているのか。こんなイカスミ丸焦げパスタを食べなくてはいけないのか。
 時雨は激怒した。
 彼女は医者だ。
 だからこれを食べればどうなるかは一目でわかる。
 生きるためには——……。

「早く食べなよ、冷めちゃうじゃん」
「——っ!?」

 一言も言えずに時雨は月雲にイカスミを突っ込まれた。
 味は——いや、形容できないものであった。只の炭の味、感触だったら悲鳴程度で済んだのかもしれない。
 だが、これは何かを凌駕していた。そう。まるでよくわからないあれみたいな——……。

(……ごめんなさい、社長。私は……これまでです……)

 時雨の意識はブラックアウトした。












「逃げといてよかったわぃ」
「ごめんね時雨ちゃん」

 そっと街の喫茶店で華南と蛇腹は合掌する。そして2人は息を吸うように滑らかに救急車を呼んだ。