複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【血の楔篇】 ( No.85 )
日時: 2016/09/11 19:20
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: NzSRvas.)

「久しぶり天童笄(てんどうこうがい)。会うのは5年ぶりだね。……それにしても老けたな」
「いやいや! そんなことはありませんよ。見た目こそはそうかもしれませんが中身はピッチピチですよ。何故なら私の子供たちの愛しい愛のメモリーが……。あ、見ます?」
「散々見せられたのでいりません」

 政察の本拠地はめぐろ区の真ん中に存在する。一見すれば大手企業のビルの様な建物だが——中に入れば省察の仕事をしていると一目瞭然でわかる。
 周りの人間すべてが慌ただしく動いていた。
 政察のトップ——見た目40代後半の紳士の様な男、笄は12階に仕事場を置いている。ほぼ無理矢理拉致された夜明、呉羽、月雲は笄に促され、ソファーに座る。
 笄は爛々と懐から分厚いアルバムを取り出す。

「お父様。一体何の御用件でしょう」
「堅苦しくしないでいいよ呉羽。深刻な問題ではないから」

 ギュッと強く拳を握ると、呉羽は笄の顔を見据える。彼は優しく微笑むとアルバムをテーブルの上に置き、足を優雅に組んだ。

「——呉羽。呉羽には悪いが2年後に政察を継ぐという約束を早めてもらう。詰り、お見合いしてもらう」
「お花見?」
「お見合いだっつの。お花見でこんな真剣に話すかっての」

 差し出されたケーキを頬張りながら月雲は素っ頓狂な言葉を発する。そんな彼に夜明はうんざりした目をしながらため息をついた。
 呉羽はそんな言葉が父から出てくるとは思わなかったらしく思わずソファーから立ち上がった。

「そ、そんな……! 話が違います! 第一家督を継ぐ件に関しては【あの子】が……!」
「何?」
「何のことですかな」
「意味が解りませぬ」

 呉羽の言葉にザワザワと今まで黙って仕事をしていた部下たちが騒ぎ出す。まるで、有無を言わせないかのように。まるで、存在を無くしているかのように。まるで、そのこと自体が禁忌だと言わんばかりに。

「……笄つぁん。こりゃあどういうこと? 此奴らをこっちで働かせるときアンタ確か……」
「始めなさい!」

 夜明が言い終える前に笄が叫んだ。それと同時に彼の近くにいた部下が懐からテレビのリモコンの様な物体を取り出す。そして空かさずそのボタンを押すと、3人が座っていたソファーの床が無くなった。

「うわっ。俺まだクッキー食べてないヨ」
「んなこと言ってる場合か! 死ぬぞ」
「お父様! 話を聞いて……っ」

 真っ暗な穴の中。3人は勢いよく落ちていく。
 クッキーを掴み損ねた月雲は悔しそうに言う。夜明は勢いよく彼の頭を叩いた。
 呉羽は穴の上から此方を除いている笄に手を伸ばした。
 だがその手は彼から大きく遠ざかっていく。

















『ダメ! その刀を取っちゃいけない……っ』
『あの子のことはもう忘れなさい』

















(——……また、話を聞いてくれなかった)