複雑・ファジー小説

Re: 名前のない怪物【血の楔篇】銀竹さんイラスト掲載 ( No.95 )
日時: 2016/09/25 21:48
名前: ルビー ◆B.1NPYOoRQ (ID: NzSRvas.)

 或る日、少年は力を求めた。
 或る日、少女は大切な者を失った。
 2人が守りたいと思っていたのは同じ。
 だが、たった1本の刀によってそれは失ってしまう。

——……親も、地位も。そして……。






——……姉弟(きずな)、も。











「……夢、じゃないよね……」

 むくり、と呉羽は目を擦りながら起床する。時計を見たら時刻は朝の5時だった。普段起きている時刻と一緒。朝食の仕込みをしている時間だ。
 只唯一違う点は、彼女が起きる場所だ。
 何時もならシングルベッドの上にいるはずが、実家の客室のキングベッドの上にいる。川の字になって寝ていたため、呉羽の隣には夜明、そしてその隣に月雲がいた。

(シャチョウ、私の事邪魔だからお見合いさせようとしてるのかな……?)
「呉羽起きるの早すぎるネ」
「……つ、月雲さん……っ」

 ふと、聞こえた声に呉羽は思わず振り向く。欠伸をしながら月雲は体は起こさず、顔だけを呉羽に向けて言った。
 だが、思わず我に返った呉羽は昨夜の言葉を思い出して顔を背ける。

「……関係ないでしょう……?」
「うん、関係ない」
(そんなはっきりと……。わかっていたけれど)

 頭では理解していながらも刀の様に一刀両断していく月雲の言葉。わかっていたが、思い人のそっけない言葉に呉羽の目じりには涙が浮かぶ。
 月雲は上半身だけを起こしてじっと彼女を見る。

「けどサ、呉羽がいなくなるのは嫌だな。ごはん、もう食べれなくなるんだろ?」
「……!」













「ファ〜〜ア……」
「おい、しっかりしろよ。トップに怒られるぞ」

 政察の入り口、つまりゲートでは門番をしている2人の男がいた。早朝なため、小太りの男が欠伸をする。眉を顰めながらもう1人の細身の中年男性が小太りの男の脇を小突く。
 小太りの男は「いてっ」と呟きながら口を尖らせる。

「欠伸ぐらいいいじゃねーかよ。こんな朝っぱらから仕事すんの初めてなんだからよー」
「仕事はちゃんとしろよ」

 その瞬間、目の前の自動ドアが開く。
 入ってきたのは少年。こんな早朝には相応しくない少年の登場に思わず門番の2人は首を傾げる。
 少年は2人の前に立つと淡々と話した。

「……此処を通してくださいませんか」
「お客様、何か御用事があるのでしたら予め予約を入れていただくのが鉄則となっております。ですので——……」

 小太りの男が言い終える前に少年は懐からあるものを取り出した。
 それは——……。

「きょ、許可証……! しかも出入り自由の特権物だ……!」
「これは政府や刑事関係者しか持っていないはず……。 ま、まさか……!」
「これで、大丈夫ですよね?」

 門番の2人は顔を見合わせた後何回も首を上下に振る。少年は「どうも」と軽く礼を言った後、振り向かずにそのまま向かい先にあるエレベーターに乗っていった。
 そのあと、細身の中年男性はゴクリと生唾を飲む。

「不意打ちすぎるだろ……」
「お陰で目ぇ覚めたわ……。何で、何で藻琴様が此処に今更……」

 2人はエレベーターを見る。そこにはもう少年——藻琴の姿はもうなかった。


(……僕は……夜明さんまで巻き込もうとしているのかあの外道は……。許さない……)