複雑・ファジー小説

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.11 )
日時: 2016/03/12 00:36
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第二章

「なんだ、結局生徒会も一緒に食べるんだ」
 マンゴスチンの果肉を頬張る橘さんと、ゆっくり視線があう。
 あれがマンゴスチンかあ……確かに、甘い香りが部屋中に広がり、食欲をそそられる。果実の女王。しかし、その異名通りなのか、味を確かめてみないことにはわからない。
 サッカー部の部室は、男子特有のむさ苦しい汗の匂いなどはなく、数十個あるロッカーと、テーブルの椅子、壁にはカレンダーや、プロのサッカー選手等のポスターが一面に飾られており、清潔感があった。部屋の面積としては、それほど広くはないが、向こうのほうにある窓から吹き込んでくる風が、とても気持ちいい。
 お客さんをここに呼んだとしても、全く嫌な感じがしない。私はてっきり、男くさくて、汚い部室を想像していたのだが、イメージを一新されたようだ。
「こら、涼! マンゴスチンを実ごと頬張らないでって何回も言ってるじゃない! しみになっちゃうんだから!」
 瀬戸さんがお母さんのように橘さんを叱咤し、スマートフォンを私達が座るソファの前のテーブルに荒々しく置いた。
 怒られた当の本人は、知らん顔でまたマンゴスチンにかぶりつく。
「いつもああなんだ。気にすんな」と、押田さんが私達の耳元で囁き肩をすくめた。
 惣志郎と私は、橘さんと押田さんの向かい側のソファに座り、瀬戸さんが小さい台所でせっせと剥いてくれているマンゴスチンを待つ。
 甘い匂いが肺の中に充満し、涎が垂れそうになる。これは本当においしそうだ。
 赤紫の皮から見える乳白色の実が、橘さんの手に握られ、口に運ばれる度に、赤い汁が滴っている。
 その時、テーブルの上に乱暴に置かれた瀬戸さんの携帯電話のバイブ音が鳴った。画面には「ゆかり」と映ってあった。
「美桜、ママさんからメールだ」
「なんて書いてある? ちょっと読み上げてよ」
 すると、橘さんは何の迷いもなくマンゴスチンの赤い汁がついていない左手の親指でパスコードを解除し、メールを読み上げた。
「えーっと、『今日の晩御飯に使う豚肉がないから、買ってきて』だって」
「もう無理よー特売セールの時間、終わっちゃったじゃないーい。あそこ、早朝しかやってないんだからーそういうことはもう少し早く言ってよねー」
「いや、そんなこと今ここで言われても」
 橘さんはあきれ顔で、またマンゴスチンを頬張る。
「さあ、あなた達の分と俊の分が剥けたよー涼はフォークをちゃんと使って頂戴。これで部室がマンゴスチンだらけにならなくてすんだわーありがとう」
 甘い匂いを纏ったマンゴスチンが目の前に出されたら、これはもう食べるしか方法はない。ここで我慢出来るなど、人間の三大欲である食欲がきっと欠如しているに違いないのだ。
「いただきまーす!」と橘さん以外の私達三人は元気に一口サイズに切られたそれを食べる。
 食べた瞬間、今まで食べてきたフルーツの格の違いに衝撃を受けた。
「……こんなおいしい果実あるんだ」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.12 )
日時: 2016/03/12 17:50
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第二章

 おいしいとかうまいとか甘くて頬が落ちるとか、そんな次元の話ではない。この味を私は十七年間知らずに生き、しかもこのお誘いがなければこれからもなかったかもしれないのだ。口の中に広がる柔らかすぎる果肉、鼻腔をくすぐる甘い香り、自分の手が違う生き物ののように貪ってしまうこの威力。こんなおいしい果実を山盛り送って貰えるなんて……羨ましいことこの上ない。私もこんな親戚がいれば、と貧乏人の運命を怨みたくなる。
「でしょでしょでしょー!? おいしいでしょう!? 食べてみてよかったと思わない!?」
 確かに、一度は食べてみたいフルーツだ。さすが果実の女王という異名だけはある。恐れ参った。
 どうやら惣志郎も同じように「ね? 僕の言ったことは間違いじゃなかっただろう?」と聞えてきそうなしたり顔で見つめてくる。くっそう、しょうがない、私の負けだ。
 瀬戸さんは、おいしそうに食べる私達を見てほっと胸を撫で下ろすと、向かいのソファに座った。
 私達はあまりの美味に驚きながらも、手を休めることなく食べ続け、あっという間に平らげてしまった。おいおい、もう完食かよという押田さんの声を背中に、私達は台所にお皿を持っていく。
「あ、そんなことしなくていいのに」
 瀬戸さんが慌てて私達を止めようとするが、そこまでして貰ってはこちらがなんとなく気が引けてしまう。部活は違えど、先輩なのだ。
 とってもおいしかったですよ、と惣志郎が満面の笑みで瀬戸さんにお礼を言うと、
「それじゃあ、まだ一個余ってるから持っていかない? 困ってるのよ、中途半端に余ってしまって」
 と、瀬戸さんがまたまた一個、熟れたマンゴスチンを取りに行く。
 瀬戸さんの叔母さんが送ってきた量の多さに、ちょっとぞっとする。
「あ、いただきますよ」と惣志郎が明るい声色で答えると、瀬戸さんはテーブルの上にマンゴスチンを置いた。

 その時、サッカー部の部室の扉が勢いよく開け放たれた。
 基本的に鍵は外からしか掛けられないから、誰でも出入りは自由になる。しかし、そんなこと、サッカー部の人間であるか許可された人物という条件つきであるということは誰しもがわかると思う。
「おーい、瀬戸美桜はいるかあ?」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.13 )
日時: 2016/03/13 14:50
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第二章

 中に入って来たのは、サッカー部の人間ではない、部外者だった。
 さっきまでの穏やかな雰囲気が一瞬にして張り詰める。
 角ばっている頬骨に目の下のくまと、半開きの口、骨と皮だけの体型に誰もが見下ろされてしまうくらい高い背丈。
 私は、男の姿を確認した瞬間、自己紹介がなくてもわかってしまったのである。
 今、生徒会でも頭を悩ますブラックリストに載っている人間の一人、若井武だった。
 彼は新聞部に所属しているが、その活動内容は全く公に晒されていいものではない。つまり、人間関係を掻き乱す週刊誌のような内容だということだ。それは普通の高校の新聞部の領域を超えており、生徒会でもなんとかしてほしいと生徒からの要望が多い。しかし、最初から新聞部がそのような活動をしていたわけではない。もちろんない。もし、そんなことがあれば、会長が即刻廃部にしている。
 新聞部をこのような活動にしてしまった張本人が、この若井武、その人だった。
 若井武が、新聞部で猛威を振るわなければ、元々いる純粋な新聞部員を力でねじ伏せなければ、普通の、何の変哲もない平和な新聞部だったのだ。どこにでもいるチンピラではなく、頭の回転は速いから、これまでなかなか尻尾を出さず、対処を考えなくてはいけないと、会長のため息の回数が増えた。ただのチンピラならば、今頃会長が若井の襟首を掴み、総務部の先生に突き出しているところだ。
 今、超話題の超危険人物が、サッカー部の部室で生徒会の目の前で何かを起こそうと、ギラギラとした目つきで、先ほど名前を呼んだ彼女を見つめている。
 私は咄嗟に台所から出て行こうとしたが、隣にいる人物に思いきり腕を引っ張られる。
 うわ、と声が出そうになるのを寸でのところで止めると、惣志郎はゆっくりと首を横に振った。
「ここは許可された人間以外は、ノックをして入る、用件を言うというのが礼儀じゃないの?」
 瀬戸さんが怒りを含んだ声色で、静かに言うと若井はにやりと唇の端を持ち上げた。
「何を言うんだ。俺達の仲だろう? おまけしてくれたっていいじゃねえか」
 彼はどうやら、瀬戸さんの表情を愉しんでいるようだ。
 彼女の制止を無視し、ずんずん中に入ってくると、瀬戸さんは彼を睨みつけ、ゆっくり立ち上がる。押田さんも後に続いた。橘さんはあまり興味がないという風に、若井を一瞥するだけ。
 どうやら若井の目に私達は映っていない。
「なんだか良い匂いがするなあ。何食べてんだ?」
「用件は何。早く言って」
「なあに。時間はとらないさ。お前に確認がしたいだけだ」
 若井はそう言うと、さっき瀬戸さんが惣志郎の分に、と置いたマンゴスチンを手に取り、皮のままむしゃりと食べてしまった。
 惣志郎の瞳が鈍く光り、明らかな敵意が宿される。
「うめえな」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.14 )
日時: 2016/03/14 13:56
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第二章

 若井はそれに気付いていない。
 指に纏わりついている果汁をぺろぺろ舐めると、黄色い歯をのぞかせる。
「お前、こいつと付き合っているのか?」
 こいつ、のところで押田さんを顎で指す。
 唐突に、何の前触れもなく一言、ぽろっと零れただけの言葉だったが、まるでビデオの停止ボタンを押したかのように、ぴたりと止まった。彼らの顔が真っ青になり、空気が張り詰める。それぞれの額から嫌な汗が流れたのを、私は見逃さなかった。橘さんのフォークに突き刺さったマンゴスチンがぼとりと床に零れ落ちた。
「何を言っているのよ、そんなわけないでしょ」
 明らかにさっきの声色とは違い、声が震え、瞳からは動揺の色が窺える。そして、チラチラと見やるさきには、橘さんの姿があった。口に運ばれなかったマンゴスチンをじっと見つめるだけの橘さんを、視線で気にかけている。
 これってもしかして——。
「そうなんだろう? 嘘なんてついたってバレバレだぜ」
「いい加減にしてよ。もう私に付きまとうのはやめて。これ以上すると、警察に訴えてやるわよ」
 瀬戸さんの語気が強くなる。
「警察ってなんだよ、そんなこと言うなって。俺は見たんだ。お前達が誰もいない時にここで抱き合っているところを」
 さっと顔色が青ざめる二人。橘さんは、まるで電池を抜かれた時計のようにじっと動かない。
 やっぱり、これってもしかして——。
 若井の唇の端がゆっくりと持ち上がり、黄色い歯がちらりと垣間見える。
「はったりだ、なんて言っても無駄だぜ。俺はちゃんとこの目で見たんだからな。部活仲間で芽生える恋ってやつか? 押田のどこが気にいったんだ? こんな暑苦しいこいつのどこがよかったんだよ? なあ」
 押田さんが瀬戸さんと若井の間に割って入った。背が高いのは若井の方だが、体つきは押田さんの方ががっしりとしている。
「もう美桜に付きまとうのはやめろよ」
 睨みつける押田さんの殺気に、へらりと嘲笑うだけ。
「なあ、お前は知らないだろうが、俺は知ってるんだぜ。瀬戸美桜は、中学の時に——」
 若井は言葉を言い終えることが出来なかった。
 気付くと、体当たりされた若井はロッカーにぶつかり、盛大な音をたてて床に崩れ落ちていた。
 この一瞬、私達は一体何が起こったのか、認識するのにほんの少しだが時間がかかったが、惣志郎だけが、ゆっくりと橘さんを見据えている。まるでこうなることを予期していたかのようだ。
 押田さんも瀬戸さんも私も、驚いて口がぽかーんと開いたままである。
「帰ってください。帰れ」
 今まで聞いたことのない、腹に響くようなドス声だった。
 私達が見てきた橘さんから、そんな声色が出てくるなんて、想像もつかない。
 へこんだロッカーを支えに、ゆっくりと立ち上がる若井。
「お、お前、なんなんだよ……! 誰だ!?」
 不意打ち過ぎて、怒りと驚きが混ぜ合わさったような複雑な表情を見せる。
「さっさと帰れよ、出て行け。このクズ野郎。お前なんかいらないんだよ」
 罵倒される度に顔が徐々に赤く染まり、血が逆流しているのがよくわかった。瞬間、雄叫びをあげて猛然と橘さんに襲い掛かる。
 あ、やばいと思った時はもう私の体は動いていた。
 橘さんの目の前に躍り出ると、ハッという掛け声のもと拳を薙ぎ払い、腹部にバンチを一発叩きいれる。
 みぞおちにめりこんだ私の拳は、受け身の体勢をとっていない河岸にダメージを与え、ぐはっという情けない声と共に、涎が口から零れ床に倒れた。
 またもや惣志郎以外、私の姿に驚きを隠せず目をまん丸とさせている。
「アンタ、生徒会の目の前で暴力沙汰にするつもりか! 大学に行けなくなるんじゃなくて、天宮から追い出されるよ!」
「愛華ちゃん、彼、気絶しちゃってるから。それに、頭の打ちどころが悪かったら、こっちが暴力沙汰になってたよ。やりすぎだ」
 げげ、それはまずい。
 惣志郎が台所からゆっくりやってくると、若井の前にしゃがみこみ、頭から血が出ていないか確認する。
 うんと、ゆっくり頷いた後、みんなのほうに振りむく。どうやら出血はしていなかったようだ。私はほっと胸を撫で下ろしてしまう。生徒会がそんなことをしてしまえば、今までの努力が水の泡だ。
「この件は生徒会のほうで総務部の先生に報告させて頂きます。怪我はありませんか?」
 惣志郎はお得意の爽やかスマイルで彼らに尋ねるが、緊張していた糸が切れたように、口が半開きで呆けていた。
 こりゃだめだと肩をすくめる数秒前、瀬戸さんがはっと我にかえりぎこちない笑顔を作る。
「いえ、あの、大丈夫です。それよりすいません、あなた達にこんなところをお見せしてしまって——ちょっと!」
 瀬戸さんは橘さんがすっと横を通り過ぎるのを見逃さなかった。
「涼!? ちょっと待ってよ! あなた、手に怪我してるじゃない」
 すかさず瀬戸さんが怪我をしている方の手首を掴み、目の前につきつける。確かに、細い線が入っていて血が出ている。
 橘さんは自分の傷に一瞥しただけで、表情は何も変わらない。
「……さっきの話、本当なのか」
 抑揚ない、静かな声で橘さんが瀬戸さんに問うた。
「さっきの話は本当なのかと聞いている」
「ねえ、ちょっと待って。ちゃんと話をさせて」
「質問に答えて欲しい」
 嘘なのか本当なのかどちらなんだ。
 若井の時と空気の張りつめ方が全く違った。見てはいけないものを見たようなものを見た——そんな気がして途端にばつがわるくなる。
 橘さんは沈黙が数秒続くと、後ろにいる押田さんに視線をさっと移す。
「おい、押田。どういうことだ。美桜に何をした」
 押田さんの額に冷汗が一筋、流れたような気がした。
「と、とりあえず手当てをしないと——」
「いいよ、別にこんなの」「手当しないと——」「いいってば」「私をかばった時に」「いいって」
 橘さんは瀬戸さんの手を振り払い、部室を出て行く。
「ちょっと待って、涼!」
 追いかけようと足を踏み出した瞬間。
「美桜! 橘はああいう奴だ。もういいだろう?」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.15 )
日時: 2016/03/15 00:13
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第二章

 押田さんが、瀬戸さんの手首を掴み、引き戻すと、びっくりしてこけそうになった彼女を慌てて支える。
 瀬戸さんは唇を噛み、橘さんが出て行くのを横目に押田さんの腕から逃れようともがく。
「だけど、怪我して——」
「そっとしといてやれよ」
「私が向こうに行ってほしくないのはわかるけど、今は——」
「わかっているんだったら行くなよ!」
 押田さんが後ろから瀬戸さんを抱きしめ、きゃっという小さい悲鳴が聞こえた。
「ちょっと何してるの? みんないるのよ? 離して——」
 瀬戸さんの抵抗に、押田さんは微動だにしない。
「行くなよ……行くな」
 いつも明るく大きな声で喋る押田さんからは想像も出来ない、真剣な声だった。
 瀬戸さんは、その声に目を見張った後、膜に涙がじわじわと溜まっていき、俯いてしまった。
 ……何かとんでもない現場を見てしまったかのような、なんとも言えない気持ちになる。
 すっかり出ていくタイミングというものを逃してしまった、というやつか。
 数秒間、いや、私にしてみれば何時間ともいえるような沈黙の後、ようやく押田さんが瀬戸さんを離した。
 押田さんは私達がまだいることに気付いたのか、ぎこちない笑みを作り必死に弁明する。
「あ、あははは、悪いなあ、こんなところ見せちまって……今日はこれで勘弁してくれるか?」
 実際の口調は疑問形で終わっているが、気持ちは絶対に「早く帰れ」と命令系になっているに違いない。
「……あ、そ、そうだよねえ。僕達も長居しすぎたよねえ、ね、ね? 愛華ちゃん」
「そ、そうねえ、今日はこれでお暇させていただきますぅ」
 押田さんのぎこちない笑みの裏にある本音がちらりと垣間見え、私達は転がるように部室を出ていった。
 私達が部室から出て行くまで、何も言わず俯いたままの瀬戸さんの手を押田さんはずっと握りしめたままだった。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.16 )
日時: 2016/03/16 18:45
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第三章

 総合体育大会。略して総体が行われ始めはや二週間。
 もうほとんどの運動部は結果がわかってきた。
 バレー部は、なんとか予選を勝ち進んだものの、最後の決勝で敗退。悲願の県大会出場は果たすことが出来なかった。
 柔道部は県大会に駒を進ませ、なかなか順調だ。
 その他、バドミントンや、テニスはいつも通り予選敗退。まあ、顧問の先生も新任で、元々強くないから当り前の結果と考えていいだろう。
 残るは野球部の甲子園だけとなったが——これはもう、応援するしか私達に道はない。黒い土の上で白球を追いかける、野球男児達に、我が天宮の命運をかけるほかないのだ。
 県大会に行く事になった部活動を、自分のデスクで書き出してみる。

・柔道部
・陸上競技部女子→走り幅跳び
 陸上競技部男子→棒高跳び
・空手部
・剣道部

 天宮は武道に力を入れている学校だということをここで再認識する。
「何をしているんですか? 来部書記長」
 横から紗綾香ちゃんが顔をのぞかせる。どうやら、お茶を淹れてくれたらしい。
「今年、県大会に進んだ部活動を書き出してみようと思ってね」
「それで、何かわかりましたか?」
 紗綾香ちゃんが惣志郎のデスクにも置く。今、生徒会室にいるのは、惣志郎と紗綾香ちゃんと私の三人だけだ。
「いーや、ただ暇つぶしに書き出してみただけ」
 紗綾香ちゃんはそうですか、と言って私の目の前のデスクに腰を下ろした。
 私の隣には惣志郎、惣志郎の前には副会長、そしてこの部屋を見渡せる中央の位置にあるデスクが会長ということになる。
 隣の部屋には給湯室があり、ちょっとしたお菓子も保存できる。
 惣志郎はといえば、ペンを走らせて電卓を叩き、真面目に仕事をしているかと思えば、時たま、目を虚ろにさせ、空中のどこかを眺める、そんな一連の流れみたいなものが出来あがっていた。
 そろそろその腐抜けた顔に喝を入れないとなあ、と思っていた矢先、勢いよく生徒会室の扉が開かれた。
「若井武の案件が一段落したぞー処罰が決まった」
 会長がドタドタと入って来るや否や、デスクにどかっと腰を下ろしパソコンをすぐさま立ち上げる。
 その後、対象的に副会長がゆっくりやってくると静かにデスクに座り、パソコンを立ち上げる。
「どうなるんですか!? 若井武!」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.17 )
日時: 2016/03/17 22:01
名前: すずの (ID: e.PQsiId)

 紗綾香ちゃんが、目を爛爛と輝かせている。
「とりあえず、学校を辞めさせるという話はなくなった。しかし、推薦の権利が一切なくなった。つまり、受験が三月だけに限定されてしまったということだな。推薦で受けようと思っていたあいつにとってみれば、これはかなりの痛手だ」
 反面教師にしよう、と誰かに聞えるでもなくぽつりと呟く惣志郎。
 副会長が淡々と成績表を読み上げる。
「かなり学校の成績はよかったそうです。特に、現代文と数学、英語の評定平均が四・五以上もありますね。確実に推薦で狙えたでしょうに」
 しかしなあ! と会長が大声を張り上げ、話の流れを変えた。
「お前達が行く先々、どうしてこんな事件が起きるんだ。若井武の件にしても、今も尚現在進行形で起こっていることも——なあ、猫又」
 会長の舐めるような視線と試すような口調に、惣志郎は臆することなくへらへらと笑いながら頭を掻く。
「ああ、あのサッカー部員のことですか? 僕、そのこと全くわからないんですよね! もうさっぱり!」

 私達の事件吸引体質は一向に衰える気配がなく運命だと認めてしまえば楽なのだが、認めたくない。なぜか。認めてしまえば本当にそういう「体質」になってしまいそうな気がするからだ。
 私達がサッカー部を訪れ、総体予選の報告書(なぜかマンゴスチン)を生徒会に持って帰ったその翌日、その場に居た関係者の瀬戸美桜、押田俊、橘涼は生徒指導部による事情聴取を受けることとなった。
若井は瀬戸美桜のストーカー、というのはなんとなく読者の皆様もお気づきかと思われる。新聞部を乗っ取ってやろうとしていることは、自分の横恋慕を叶えるためだったのだ。
 若井の供述によると、情報が比較的集めやすい新聞部を乗っ取り、なんとかして仲違いさせる方法はないかと、考えあぐねていたところ、瀬戸美桜の荒くれた過去についての情報を入手し、悪い噂を押田に吹き込もうと思ったらしい。
 若井が喋った「荒くれた過去」と、瀬戸美桜が告白した「荒くれた過去」の内容が一致しているところから、かなり瀬戸美桜のことを調べたようだ。しかし、その内容までは生徒会には教えてくれないらしい。そして、当事者たちの事情聴取が終わり、後は総務部と生徒指導部の厳正な判断が下されるだけとなった次の日、サッカー部の三年生、橘涼が無断欠席をした。
 これから進路を決めるための大事な時期に入ろうとしている三年生にとって、無断欠席というのは、ある意味勇気がいることだ。もし、橘涼という三年生が一日だけ無断欠席をし、その後はちゃんと学校に出席している、ということなのであれば、生徒会の方に話なんて回って来ない。問題はその後だ。
 橘涼は、家にも帰っておらず完全に行方をくらました。しかも、その次の日にはサッカー部の三年生全員が同様に行方をくらましてしまうという事件も起きる。そして、それは橘涼が行方をくらましたその日から、一週間経った今もなお続いている。
 彼らの両親は最悪の事態を想定し始め、慌てふためき、警察に被害届を出した。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.18 )
日時: 2016/03/18 01:28
名前: すずの (ID: e.PQsiId)

 その時に「橘涼の行方を探す」みたいなことを口走っていたと、それぞれの親が唯一の手掛かりとして証言したらしい。最初は意味がわからずそのままにしていたが、まさかこんなことになるなんて……あの時にもっと聞いていればよかったと全員嘆いている。
 彼らの中で家庭環境が悪い、不良、などという生徒は誰一人としておらず、本当に「橘涼の行方を探す」ためだけで動いているということになる。どうして「橘涼の行方を探す」という名目が強固な制約として彼らを結び付けているのか、誰にもわからなかった。もちろん、事の発端である、橘涼の行方不明のことも。全てが謎だらけの今、さらに追い打ちをかけるような事実が発覚した。
 彼らの共通点は、サッカー部ということで、一、二年生の部員に何か知らないかと情報提供を促したが、彼らからは何も得られなかった。もう少し詳しく言うと、彼らは、何か知っている気配があったのだが、誰一人として知らないの一点張り、そしてそれ以上のことを語られることがなかった。この一連の失踪事件についてサッカー部の一、二年生から何も情報を得られなかったのである。
 そこで、ようやく話は我が生徒会に繋がる。
 三年生失踪事件が起きた前々日、橘涼が行方をくらます前々日、私達は確かにサッカー部に訪問していた。少し早い回収だが、予選大会結果報告書(とマンゴスチン)を持って生徒会に帰っていた。その時に、何か変わったことや気付いたことはなかったかのか、と総務部の教師陣や警察からお達しが来たのである。つまりは、生徒会に所属している変わり者の二人組が、またもや事件に関わっている。ということは、もしかしたら、彼らが突破口となって事件を解決してくれるかもしれない。きっと、彼らにとって私達が純白の羽を広げた天使のように見えたに違いない。
 それで惣志郎のあの一言である。
 今や警察も出動し、もう頼みの綱は生徒会だけだといわんばかりの圧力に、惣志郎は「全くわからない」という言葉を返事にしたのだ。考えるそぶりも見せずに。あの、猫又惣志郎が。事件大好き野郎のあの猫又惣志郎が。

 会長の鷲のような鋭い視線が惣志郎を貫き、恐ろしい重圧感がこの空間を満たす。この状況下の中、涼しい顔で通常業務が出来る副会長は、本当に化け物だと思う。
「本当に何もわからないんだな?」
「はい、何もわかりません」
「考えもしないのか?」
「全くわかりません。情報が少なすぎます。一、二年生のサッカー部員でさえも何も言わないんでしょう? 僕にわかるわけないじゃないですか」
 一層、鋭くなる会長の視線。
 惣志郎が本心で言っているのかどうか、見極めようとしているらしい。正直、会長でも彼の心の奥を覗くのは難しい。
 惣志郎は、というと相変わらずへらっとした笑いを浮かべ、頭を掻く。
「それじゃあ、お前の台詞そのまま上に報告して構わんな?」
「ええ、結構ですよ」
 凄まじく迫力のある念押しをさらりとかわす惣志郎。
 会長は腕を組み、目を瞑る。数秒間の沈黙の後、顔を上げた。
「生徒会——お前達二人は、若井武の件でサッカー部に関わりを持った。若井武と失踪事件が繋がっているかわからない今、解決してほしいというのは少し酷のような気もしないわけじゃない。若井は何も証言していないし……いいだろう。上にはそう報告しておく」
「ありがとうございます」
 惣志郎は座ったまま恭しく頭を下げた。








 夜の冷たい風は、衣替えが終わった私達の体を冷やしてくれるのに十分だった。
 暗い遊歩道を、二人で自転車を押しながら無言で歩く。ぽつぽつと電灯はあるけれど、その足元だけを照らしていてすぐに元の暗闇に戻ってしまう。惣志郎は俯いて表情が見えないから、のっぺらぼうみたいだと比喩すれば、もうそれにしか見えなくなってしまうような気がして、慌てて首を振る。
 沈黙を埋めるようにカラカラと音をたてて回る車輪が、今は有難いと感じることが出来た。
 今日は若井の処分に、上への報告にてんやわんやだったので、通常業務があまり出来ていない。文化祭の準備だってある。
 どうしてこう、いつも業務が事件で潰されてしまうのだろう。一体、何回目のため息なんだと、またため息をつきたくなる。
 私は瞼の裏に焼き付いているあの時のあの現場をもう一度思い出す。
 なんとか言いくるめて会長は騙せたみたいだけど、私は絶対に騙されない。ずっと彼の事件に対する異様な執着心とか好奇心とかを間近で見ている私にとって、今回は浅薄すぎる。
 いくら惣志郎がああ言ったからといって、それが本当の彼の本心とは限らない。
 それに、私は事件が始まってから今まで、生徒会の業務が終わった後、昨日までこそこそと何かしていたのを知っているのだ。失踪事件について独自に調べているに違いない。家とは反対方向に帰ったり、新聞部員と待ち合わせをしていたりと怪しい行動が多いのだ。
 私は惣志郎の整い過ぎている横顔を盗み見た。車が一台、横を通り過ぎて行く。
 こういう時は——。
「ねえ惣志郎、何か隠してるでしょ?」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.19 )
日時: 2016/03/19 13:35
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第二章

 直球勝負が一番いい。というか、こういう時の駆け引きをあまり知らないというのが、本音である。
「うーん、聞くと思ったよ、愛華ちゃんが僕の生徒会室での言動を絶対に不思議がるって」
 惣志郎がゆっくりと顔を上げた瞬間に、さっと目と鼻と口があるのを確認する。ああ、よかった。のっぺらぼうじゃなかった。私はほっと胸を撫で下ろす。
「わかってるんだったら、説明してくれるよね?」
「それとこれとは、また別だよ」
 彼は私を一瞥しただけですぐに黙り込む。
「会長に何も言わないなんて、よっぽどのことじゃない限りするはずないものね。一体何を隠してるのよ」
「それじゃあ、愛華ちゃんはどうして僕が隠し事をしていると思っているの?」
「だって——私知ってるのよ、惣志郎がこそこそ何かしてるの。それに、あの時に惣志郎が何も気付いてないなんてありえないわよ。若井が不用意に入って来た時、私を止めたじゃない。それに、何も言わずにずっと黙っているなんて、何か考えがないとあんなこと出来ないわよ」
 私は思いつく限りの疑問点をぶつけると、惣志郎は唇の端を持ち上げニヤリと笑ってみせた。
「まあ、愛華ちゃんもあの時僕と一緒にいた当事者だし、知る権利はある。でも、それには条件があるんだ」
 条件? 謎解きをするとき、今まで惣志郎はそんなことを言ったことがあっただろうか?
「誰にもこの事実を言わないこと。これが条件だ」
「愚問ね」
「よし、それでこそ愛華ちゃんだ」
「馬鹿にしてるでしょ」
 むっと眉を顰めた私に「してないよ」と小さく微笑む。
「まあいいわ。それで、本当はどれくらいわかってるの?」
 会長にあれだけ「わからない」を連呼したんだからきっと五割、いや四割くらいという私の予想の遥か斜め上の答えが、彼の口から出た。
「わかってることが七割。最近、河岸から貰った情報を元にね。後の三割で決め打つ」
 いやいやいや。え、それ、え。本当? 七割って、ほとんど解決したようなものじゃない。
「まだ仮説だから、解決してるとは言わないよ。後の三割で仮説か本当かどうか確かめるんじゃないか。この事件は僕達、部外者が勝手に踏み込んではいけないんだ」
「だからって会長に何もわかりませんって言うのは、ちょっと……」
 天下の山野上会長にそんな大事なこと、わかりませんの一言で済ましてしまうなんてどうだろうか。今や警察組織でさえ藁にもすがる思いなのに。
 彼の決断に少々、戸惑いを隠せない私を尻目に惣志郎は先ほどと変わらない調子で、淡々と答えて行く。
「会長に言ってしまうと、僕達生徒会が関わったということになってしまう。それが最もしてはならない。警察組織や教師たちが僕達生徒会に助けを求めているからこそ、してはいけないんだ。僕は彼らが抱えている秘密についてある程度、見当がついているから、わかるんだ。ここで食い止めなければ彼らを守れないって」
 隠そうとしている秘密……? 私達、生徒会が一部活動の秘密を守り通さなくてはいけない? 全くわからない。彼は一体何を考えているのか。今までもずっと惣志郎の言うことは正しかった。こういう時の惣志郎はとても頼りになることも知っている。しかし、だからといって今回も彼の言う通りにしようと心の底からそうは思えなかった。人間、誰しも過ちはある。私は彼のそれを見逃してしまうのだろうか。ここで止めなければ、何か大変なことをしでかしてしまうのではないかと、内心落ちつけなかった。
 心配そうな私の気持ちを察したのか、まるで幼児をなだめるような口調で言った。
「まあまあ、そんな矢継ぎ早に聞いても、僕は逃げないし、時間が早く進む事もない。大丈夫、残りの三割を回収したら、ちゃんと言うから、ね」 
 彼はいつも通りの口調といつも通りの笑顔のつもりらしいが、私には全くそうは見えなかった。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.20 )
日時: 2016/03/20 01:21
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第二章

 生徒会の通常業務をさっさと終わらせた後、私達はお先に失礼します、と出来るだけ爽やかに会長と副会長に告げた。会長に訝しげな目で見られたが、あまり気にしないことにする。
 絶対に何か勘ぐられていると思いながらも二棟を出て、惣志郎の背中についていくと、思っていた通り、憩いのガーデンへと足を止めた。こういう時、惣志郎が当てにするのは絶対に河岸だと相場が決まっているからだ。
 園芸部が経営する憩いのガーデンへと足を踏み入れると、相変わらずカウンターにはグラスを磨く河岸の姿があった。
「遅いぞ、猫又。あれ? うるさい来部もいるじゃないか。お前が一人で依頼したもんだから、今回、うるさい来部は噛んでいないかと思ったよ。せっかく静かになると思ったのに」
「なによその言いぐさは。まるで私が介入して欲しくないみたいじゃない」
 むっとした顔で反論すると、くつくつといやらしく笑った。磨いていたグラスに水を淹れるともう一つにも同じものを淹れ、カウンターに置く。
「お前達の言いたいことはわかるぞ。例の失踪事件だろ?」

 久しぶりの登場で舞い上がっているのは河岸だけで、私は何も嬉しくない。いっそのこと、第二作目のままずっと登場してこなくてもよかったのに、今回ばかりはしょうがない。
 園芸部長兼憩いのガーデンオーナー、第二学年、河岸竜。
部員数は、二年生が一名、一年生が十名、三年生0名、顧問はいてもいなくても同じ。つまり、実質は河岸の独裁だ。部長というと、統率力のある良いイメージを持たれがちだが、彼の場合そうではない。いくら彼が悪政を行っていても、二年生は彼しかおらず、彼しか就くものがいなくて当然であり、したがって統率力のある良いイメージを河岸に関してだけ、今すぐ考え直して欲しい。
 しかし、まあ彼は廃部のどん底だった園芸部をたった一代で立て直し、今や生徒会から予算の格上げをしなくてはならない状況に陥らせ、我が天宮の名前を売るのにも一躍買っているという快挙をなしとげた男である。
 私達が憩いのガーデンと呼んでいるそれは、雑草が生え放題の荒れ地だった二棟と一棟の間にある小さな中庭にこしらえた円形のビニールハウスのことである。本業である花壇や植物を植えることはもちろん、生徒会からの予算以外にも副収入として、喫茶店を経営している。
 憩いのガーデンは温度と湿度がほぼ一定に保たれており、花壇と喫茶店の間には透明な壁で区切られ、虫の影響が一切ないようにしている。奥にあるカウンターでは河岸特製ブレンドであるコーヒーや紅茶を飲むことが出来、しかもかなり大人気。園芸に全く興味がなくても、彼の淹れるそれらが目当てという人も少なくはない。生徒も先生も手が出せる価格設定で、これほど味わい深いものが出せるクオリティに、一体どのようにやりくりしているのか、調べてみたくなるが、「そんな野暮なことをするのはやめろ」といつも言われてしまうので、私達は仕方なく河岸イリュージョンと呼んでいる。
 喫茶店には園芸部が丹念に育てた木々や花を眺めながら河岸の淹れる紅茶に舌鼓を打つという、ゆったりとした時間が流れている。彼の美的センスというものは、顔に似会わず類稀なるものであり、本場のカフェのような装飾、部屋全体に散らばるように置かれたテーブルのレイアウト、そして彼の淹れる紅茶やコーヒーがそれをより一層引き立たせているのだ。
 こんな素晴らしい施設を作り上げた河岸竜という男はさぞかし、イケメンで頭もよくて、みんなに好かれる友好的な人間なのだろうと思われるかもしれないが、幻想を抱いてはいけない。ここで私がはっきり明記しておこう。
 ヘビのように掴みどころのない男だ。ニヤリと笑うとその口から赤い舌がチロチロと出てきそうな、やっぱり気持ち悪い。
 そんな意地汚い河岸は、情報が集まりやすい喫茶店のオーナーという立場を活かして、生徒会に情報提供をすることが多い。お腹が満腹になり、気分がよくなると爆弾発言をしていく生徒が多く、お馴染みの「マスター、話聞いてよー」から始まる愚痴を聞かされ、情報は意外なところひょっこりやってくるそうだ。
 そもそも河岸に情報提供を促すようになったのは、河岸が日本代表として海外の園芸(いわゆる庭園の美しさを競うコンテスト)大会(出場国が五つしかないような小規模)に出場し、見事優勝トロフィーを持ち帰って来たところから由来するのだが、その話はどうでもいい。いずれまた話す時が来るだろう。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.21 )
日時: 2016/03/21 16:12
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第二章

 まあ、河岸としては、「今年もこれぐらいの予算でお願いしますよ」とまるで悪代官のような立場になりきっているが、こちら側としては全く無視している。当り前だ、会長にいつもしごかれている私達生徒会にとって、河岸の汚い考えなど通用する筈もない。いくら河岸といえど、全ての部活動の財政の分配を握っている生徒会に頭は上がるまい。
 しかし、いくら気持ち悪くて悪代官のような奴でも、彼の情報網は確実でこちらともなかなか縁を切れない相手にはなっている。きっとこれからもそれは続くだろう。なんだかやるせない気分になってきた。この気持ち、一体どうしたらよいのか、ほとほと困っている。

「それよっと。これが、お前が欲しがっていた情報だ。新聞部員と俺が汗水流してかき集めたんだぞ。大切に扱え」
 河岸はA4ぐらいの封筒を惣志郎の前に滑らす。
 惣志郎は器用に封を開け、一人でさっと資料に目を通し、数分後、カウンターにパサッと書類を投げ捨て、頭を抱えた。
 何が起こったのかわからない河岸と私は、二人で顔を見合わせる。
 きっと「欲しがっていた情報」ということだから、自分の考えていた七割が真実かどうか、これで全てわかったんじゃないか。でも、この顔色を見ると——。
「間違っていたの?」
 恐る恐る聞いてみると、ゆるやかに首が横に振られた。
「そうじゃない。逆だよ」「逆?」
「僕の考えは正しかった。だから、僕はサッカー部が隠し通してきた秘密が真実であると知ってしまったんだ。部外者が介入してはいけない秘密を」
「それじゃあ、教えてくれるのね!?」
「その前に、昨日僕と約束したこと覚えてる? あ、河岸にも言っておくなくちゃいけないね」
「なんだよ、約束って」
「このことを誰にも口外しないこと」
 惣志郎はグラスになみなみと注がれている水を一口だけ含む。
「はあ!? なんだそれ。俺がいつ人に言いふらしたんだよ。らしくないぞ」
 いつでも言いふらしているではないか、という突っ込みはさておき。
「本当の本当に口外しないね?」
 真剣な声の念押しに、ぐっと喉を詰まらせる河岸。
 絶対、話すんじゃないぞと目で合図を送る。
「これは僕達部外者が、簡単に話していい問題じゃないんだ。彼らが彼らだけで解決しないと意味がない。そして僕は彼らだけでこの事件を解決出来ると思っている」
 惣志郎の瞳が俯きがちになり、グラスの中で浮いている氷を指でカランと回した。
 彼の横顔には、解いてしまったという自責の念と後悔が感じられた。惣志郎の言う「秘密を暴いてしまった」という罪を感じているのかもしれない。しかし、瞳に映っているのは、隠そうと思っても隠せない、惣志郎の根源的な部分だった。事件に対する好奇心みたいなものが強い光となって宿されている。今の彼は、「全然わからないですよ」とおどけていたあの彼とはかけ離れている。
「愛華ちゃんは何も感じなかったのかい?」
 唐突に話を振られ、一瞬返事が遅れた。
「愛華ちゃんは、あの時現場に居て、何か感じたことはないのかい? 例えば、強烈な違和感とか——」 
 まるで私の心の中を探るようにじっと見つめてくる惣志郎の瞳。
 ないわけじゃない。感じなかったわけじゃないのだ。
「おいおい、ちょっと待て待て。俺にもわかるように説明しろよ。一体あの時、何があったんだ?」
「あー、そうだった、そうだった。河岸くんは全然知らないんだったね。それじゃあ、まずそこから教えようか」
 惣志郎は私の瞳から視線を外し河岸に向き直った。この事件の概要を惣志郎が河岸に説明している間、違和感について考えてみる。
 私はあの時、若井が一歩足を踏み出し、あの場の空気を掻き乱したあの現場で、感じなかったわけじゃない。だけど、それとサッカー部全員が守り通そうとしていることとどう関係があるのか、全くわからないのだ。惣志郎は、それさえもわかっていて、あえて私に尋ねたのだろう。「何か違和感はなかったのか」と。
 きっと今、話を一から聞いている河岸だって、私と同じ疑問にぶつかるに違いない。惣志郎は、そういった疑問も全て払拭してくれるのだろうか。
 惣志郎の説明が終わった後、河岸は俯きがちに腕を組み、何か考え込んでいる様子だった。
「一つ考えたことを言っていいか?」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.22 )
日時: 2016/03/22 22:53
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第二章

 河岸が口を開く。
「それって瀬戸と押田と橘の三角関係っぽいよな」
 やっぱり、そう思った。河岸も。
「瀬戸と押田が付き合っているのを知った橘は、あまりのショックで咄嗟に家出をしてしまったって感じだ」
 そうだね、僕もそう思っていた、最初は。惣志郎が深く頷く。
「きっと愛華ちゃんもそう思ったはずだ。橘涼はあまりのショックで失踪した。だけど、その三角関係ではどうしてサッカー部全員が守り通そうとしているのか、答えに辿りつけないんじゃないかな」
 全部お見通しだった。河岸も眉を顰め、唸る。
「きっと愛華ちゃんと河岸はこういう構図を思い浮かんだはずだ」

瀬戸美桜→押田俊←橘涼

「こういう三角関係、だよね? でもそうじゃない。本当は——」

 押田俊→瀬戸美桜←橘涼

「こうだ」惣志郎は紙に三角関係の図を書く。
「おい、どういうことだ。これって、おい正気かよ」
 河岸の言葉がそのまま私の言葉としても具現化されている。
「正気の正気。これが真実だよ」
「ちょっと待て、猫又。だって橘涼は——女だぞ?」
「そうだ。自分のことを僕といい、サッカー部に所属しているが、瀬戸美桜と同じマネージャーだ」