複雑・ファジー小説

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.28 )
日時: 2016/04/05 12:15
名前: すずの (ID: e.PQsiId)

私は惣志郎の口から飛び出した言葉が理解出来なかった。それは河岸も同じらしく惣志郎の言葉を自分なりに咀嚼しようと頭をひねっていたが案の定、現時点では到底出来ない。
 惣志郎は、いきなり理解するなんて出来なくて当然だよ、というような顔つきで私達を見つめた。
 とりあえず自分の持っている知識を最大限に活用する。
「それってつまり性同一性障害とか、そういうこと?」
「うーん、そこまで確証はない。それより他に考えられるもう一つの方が僕はまだ現実味があると思う」
「それって何?」
同性愛者ホモセクシュアル女性愛者レズビアン
 聞き慣れない言葉だ。普通の高校生を送っている私にとってそれは異世界の言葉のように思えてしまう。自分の人生では全く縁のない話だと思っていた。
「少数派を英語で言うとなんだと思う?」
「マイノリティだ」
 英語が苦手な私の代わりに河岸が答えてくれる。
「反対はマジョリティ。多数派のこと。いずれ僕達は大人になって、異性と恋に落ち結婚し家庭を設けることが出来る。日本の法律でそう定められているね。異性愛者ヘテロセクシュアル性的多数派セクシャルマジョリティ。逆に同性愛者ホモセクシュアル両性愛者バイセクシュアル、性同一性障害を抱えている人は性的少数派セクシャルマイノリティとして区分される。例えば、大部分の人は右利きだけど中には左利きの人もいる。左利きの人を異常だとは思わないよね? それと同じなはずなのに、性というワードを持ち出すと、現実では異常だと思っている人の方が多い。こんな世の中だから、彼らも大いに悩み苦しんだに違いない。多数派の影には必ず少数派が存在する。少数派が悪いんじゃない。この世の人間が三人以上いる時点で、生まれるのは必然だ」
学校の保険の教科書や社会の教科書でしか習わないような単語を、実際に使うなんて思ってもみない。人生には何が起こるかわからないものだと改めて実感する。
「サッカー部全員が守ろうとしている秘密は橘涼が同性愛者だということだと思う。瀬戸美桜は、もしかしたら両性愛者なのかもしれないけれど、定かではないね。さっき河岸くんは『瀬戸と押田が付き合っているのを知った橘は、あまりのショックで咄嗟に家出をしてしまった』って言ったね? まさにそれなんだよ。同性愛者同士の恋愛は社会的にも不安は付きまとうし、恋愛感情として成立するのは難しい。同じ価値観で愛しあえる人物を失くしてしまったショックはきっと僕達が考えている失恋なんかよりもとても重たくて、哀しいんだ。まず同じ価値観の人間なんて——こんな自分を愛してくれる人間なんてそうそういない、そう思ってしまう。自分が性的少数派だということをさらけ出せる関係になるまで、長い時間がかかるし、さらけ出せてようやくスタート地点になる。だからレズビアンのお店がある。外面は普通の喫茶店にしか見えないけれど、中に入るには会員証がいる、とか」
「この三角関係を見る限り、橘涼と瀬戸美桜は恋愛関係にあったということ?」
「そういうことだ」
 あまりにも突飛過ぎて思考がフリーズする。河岸も考えすぎて頭が混乱する一歩手前かもしれない。
まあ確かに、白いブラウスに赤いチェックのスカートを履いた生物学的上の女性にも関わらず、自分のことを僕と言う。
「私達の考える三角関係がおかしいのはわかってるけど——」
「違和感を覚えたんだね? その違和感ってなんだい?」
 自信はないけど、という前置きでゆっくり語り始める。
「もし私達が考える普通の三角関係——つまり異性愛者同士の三角関係ならば、彼ら三人の私事であってサッカー部全員が必死で黙秘をする理由がないし、警察や学校、家族にまで黙って行方をくらますなんてこと、やらないと思った。少なくとも、一年生や二年生を巻き込んでやることじゃない」
 惣志郎は目を細め、小さく笑った。
「いいところをつくね。他に違和感は?」
「私が感じたのは、それだけよ」
「それじゃあ、あの現場をもう一度思い出して欲しい。最後に彼らは一体どうなった?」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.29 )
日時: 2016/04/05 12:16
名前: すずの (ID: e.PQsiId)

「えっと確か——部室から出ようとする橘涼を瀬戸美桜が必死に止めていた」
「その時押田俊は?」
「抱きしめてでも止めた」
「その理由も、愛華ちゃんと河岸が考えている三角関係じゃ説明するのは難しい。もし瀬戸美桜が追いかけようとしているのが男だったら、押田俊が必死に止めるのもなんとなくわかる気がするけど、橘涼は女だ。押田俊の行動の原因はある条件の元でしか出現しない感情によって、であり、もし橘涼と瀬戸美桜が普通の女友達ならば、その感情は出現しない。回りくどい言い方をしたけど、つまり——嫉妬とか恐怖心だと思う」
 河岸と私は驚きのあまり、同時に顔を見合わせた。
「押田は瀬戸美桜を引きとめようとした……だけど、瀬戸美桜が引きとめようとしたのは、橘涼だった……押田が瀬戸美桜を引きとめたのは、橘涼に嫉妬したから。橘涼と瀬戸美桜は恋愛関係だった……?」
「普通、相手が女なら男は嫉妬しない……だけど、この場合なら有り得るっていうことか」
「つまり、押田は瀬戸美桜と橘涼が恋愛関係であるということを知っていた」
「僕が言いたいのはそういうことだ」
「ちょっと待ってよ! でも、やっぱりそんな突拍子もないこと……」
「愛華ちゃん、それについては——」
惣志郎は二人についてびっしりまとめてあるA4の紙を私達に見せる。
「河岸から既に貰っていた資料と、新しくさっき貰った資料とを織り交ぜて説明するよ。まずは、これを見て欲しい。新聞部のみんながかき集めてくれた瀬戸美桜と橘涼についての調査結果だ」
 やっぱり、一人さっさと帰った理由は新聞部員と会うためだったのか。
「新聞部員が、ぜひ生徒会のために力を貸したいって言ってくれてね。お言葉に甘えて、随分と調べてもらったよ。瀬戸美桜は中学生の時、荒くれ者のヤンキーだったらしい。髪を染める、マニキュアを塗る、化粧、制服の着崩し。今の彼女から想像出来ないくらいの不良だったそうだ。ちなみに男関係は最悪。とっかえひっかえして女の子の反感を常に買っていたらしい。だけど、中学三年生から態度は徐々に大人しくなった。男との絡みがなくなり、髪を黒に染め直し、化粧もやめた。制服もきちんと着るようになった。そして、今までの彼女が嘘のように感じられる程の改心を見せた時期と、橘涼とつるみだした時期がほぼ一致しているらしい。ちなみに彼女達は三年生になって初めてクラスが一緒になったみたいだ。それまで、瀬戸美桜と橘涼が二人で話しているなんて見受けられなかった。彼女達に何があったかはわからないけど、橘涼の出現により、瀬戸美桜は無事この天宮に進学する事が出来たと言ってもおかしくはないとかなんとか。僕はこの事実を確認するために、とある人物を尋ねた。その時に、録音させて貰ったテープがある。テープにしたのは、もちろんダビングをしないという意思があってのことだ。もちろん、許可はとってあるよ」
惣志郎はそう言いながら、古いテープレコーダーを取り出し、再生ボタンを押した。
——あなたは橘涼と瀬戸美桜が付き合っているという事実を、知っていますか。
——……はい、知っています。
——どこで、知りましたか。
——僕が、実際に本人から聞いたからです。
——どんなことを、聞いたんですか。
——本人から……「もう美桜に手を出すな。近づくな」ということを。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.30 )
日時: 2016/04/11 19:13
名前: すずの (ID: e.PQsiId)

——あなたは瀬戸美桜と、どういうご関係だったんですか。
——……付き合っていました。一時期。だけど、美桜の方から別れを切り出されて。その時に、橘涼もその場に居たんです。その時に。
——どうして瀬戸美桜とあなたの別れ話なのに、橘涼がその場にいたんでしょうか。
——それは、言えません……。
カチッと音を立てて、テープはここで切れていた。
「ここまでしかテープは録音していない。本人のプライバシーのことも考慮してね」
カランと惣志郎のコップの氷が回った音がした。
現実的ではない現実に、どう反応していいか、私も河岸もわかっていない。まさか、本当に、彼女達二人が。
惣志郎は、私達二人の唖然とした反応にお構いなく、話を続ける。きっと、予想通りなのだろう。
「そして、河岸から貰った新しい資料。実は、この学校からは彼女達二人しか来ていない。まるで中学の黒歴史を闇に葬り去るように——今までの過去を清算するようにね。可憐で頭の良い彼女が、まさか中学時代はこんな人物だったなんて、思いもよらなかったよ。そしてここまでの話の中で——」
「押田俊が一度も出てきていない」
 河岸がぽつりと口にした。
 惣志郎が満足そうに微笑む。
「そう。押田俊は違う中学校だった。二人の中学時代のことを知らない可能性は高い。こんなこと、すき好んで話す内容でもないし、若井の事件の時に、確か知らなかったと先生に言っていたはずだからね。そして、あの時現場に居た三人の中で、瀬戸美桜の過去が他人の口から無闇に語られていいものではないと知っていた人物は橘涼だけだ。だから、橘涼は若井に殴りかかった。橘涼は瀬戸を守ろうとしたんだと思う」
 惣志郎は二人の中学生時代の顔写真をカウンターに放り投げた。
 橘涼は、今をそのまま幼くしたような感じでそんなに大きく変わったところはない。瀬戸美桜は——まるで別人のようだ。明るい太陽のような人が、写真の中では枯れかけのひまわりような。私はこんな人を知らない。
「あの時のことを思い出して欲しい。押田俊は瀬戸美桜のスマホのパスコードを解いたか? 橘涼はどうだった?」
「押田俊は解けていないけど、橘涼は確か解けていた。メールの内容も読み上げていた」
「それじゃあ愛華ちゃんに質問。メールの差出人が『ゆかり』って名前だったことに気が付いていた?」
 ゆかり——? ああ! そう言えば!
「橘涼は『ママさん』ってわざわざ言い直していたね。瀬戸美桜もそれをいちいち言わなかった。それってつまり、瀬戸美桜のお母さんの名前がゆかりだということを知っていて、かつ、お母さんやママと登録しているのではなく、名前で登録していることをわかっていないとあんなことは言えない。けれど押田俊はどう? パスコードもわからなかったね。瀬戸美桜と橘涼の関係性は、『仲よしすぎる』んだ。押田俊が入る余地もないほどに。中学の時からずっと一緒だった瀬戸美桜と橘涼の関係性は恋愛関係に発展していた。きっとあの三人の狼狽ぶりから見て、橘涼は瀬戸美桜と押田俊が恋愛関係にあるということを、二人の口からではなく若井の口から聞かされてしまった。予期しない事態というのは、視線や口調にとてもよく現れる。あの二人が橘涼をチラチラ見ていたのだって、声が震えていたのだって、橘涼がマンゴスチンの欠片を落としてしまったのだって、誰の目から見ても明らかだった」
惣志郎は少し興奮した口ぶりで一気に喋り終わると、水をごくごく飲みほしてしまった。仕事終わりのビールを飲んだように、ぶはあと息を漏らすと手で口を拭う。
——俺は見たんだぜ? お前達が誰もいない時にここで抱き合っているところを。
不意に若井のこの言葉を思い出した。もし、自分の付き合っている人が目の前にいて、こんな言葉を、第三者の人間から知らされたら……想像するだけで、ぞっとした。考えたくもないが、これは現実に、私の目の前で起こったことだ。
「それから、僕は新聞部員にこんなことを調べてもらったんだ。『若井武が言っていたことは本当なのか?』ってね。新聞部員は、確かに若井武に連れられて、見たと言っていた。つまり、若井武のあの証言は本当だったということだ。それから新聞部員からこんなことも聞けたよ。瀬戸美桜は高校生に入ってから、色恋沙汰の噂は流れていない。つまり、彼女はこの高校三年間で押田俊が初めての『彼氏』ということになる。橘涼と瀬戸美桜の間に何かがあったんだろう。今までずっと男を作ってこなかった瀬戸美桜が突然、押田俊と付きあいはじめたのは、橘涼と瀬戸美桜の関係が破綻したからかもしれない。あるいは二股——でも、それを橘涼が聞かされていなかったことは事実だ」
 河岸は私と惣志郎のグラスの水を淹れながら思い出すように言う。
 惣志郎はグラスを口から離し、ゆっくりと頷く。カランと氷がぶつかる音がした。
 もう明らかだった。これだけ説明されれば、彼女達がそういう関係であったということは認めざるを得ない。
 橘涼が部室を立ち去った後、瀬戸美桜が追いかけようとしたそれを見て、押田俊は咄嗟に悟ったに違いない。まだあの二人の関係は終わっていないのではないか、瀬戸美桜の心は、まだ自分のものではないのではないか、と。これは、押田俊が彼女達二人の関係を知っていないと、行動に移すことが出来ない。三年間一緒に部活動をしてきた仲間なら、もしかしたら、サッカー部全員が、彼女達の「仲よしすぎる」行動を見て感づいていたのかもしれない。彼女達が自ら彼らに打ち明けたという線もなくはないが可能性としては低いだろう。自分の過去が他人の目にどう見られるか、彼女達もわかっているはずだ、そんな安直な行動は出ないような気がする。家族といる時より長い、運動部だ。常に練習漬けの毎日の彼らにとって、二人の関係を見抜くに、そんなに長い間かからなかったはずだ。そうじゃなければ、サッカー部全員が動くなんてありえないだろう。このことは、部外者が立ち入ってはいけない、彼らの暗黙の了解だったのだ。そして、彼らが抱える最大の秘密だった。
 惣志郎はまぶたを伏せ、またゆっくりと語りだす。
「サッカー部が一番恐れたのは橘涼の失踪理由が押田俊と瀬戸美桜との三角関係で彼女が同性愛者だということが部外者に漏れることだ。警察や家族に相談すれば、このややこしい関係をまずは話さないといけないからね。高校生が一週間、逃げ回る範囲なんてたかが知れているから見つかるのも時間の問題。見つかって無事に保護され、また学校に戻って普通に授業を受けることが出来ると思うかい?」
「思わねえな。彼女がそういう人間だという社会的な嫌悪感を覚え、クラスで浮くのは目に見えているからだ。思春期で馬鹿な俺達だ。猫又や来部みたいに、慮ることが出来ない奴もいるだろう」
 河岸がおかわりの水を淹れてくれる。
「そういうこと。サッカー部は、彼女がたとえ無事に帰ってきたとしても居づらい環境を作りたくなかった。どうしてだと思う?」
「学校からいなくなってしまわぬように」
 惣志郎が河岸に向かって、目を細めるだけの柔らかな笑みを送る。
「でも、どうしてそこまでサッカー部は彼女を引きとめるの?」
「それはこれを見て欲しい」
 惣志郎はまた書類の中から一枚を私達に見せる。あれ、でもこれって——。
「これ、過去三年間のサッカー部の大会実績じゃない。別に河岸に用意して貰わなくても、私達は生徒会なんだから——」
「愛華ちゃん、僕が会長に言ったこと覚えているかい?」
 ——ああ、あのサッカー部員のことですか? 僕、そのこと全くわからないんですよね! もうさっぱり!
 会長にあんなこと言っちゃったから、勝手に資料室のものを持ちだせないってことか。なるほどね。
「これは別に総体だけじゃない、冬季の試合や練習試合のことも記されている。私立天宮のサッカー部は、強くないことで有名だからね。そのイメージは、一昨年まで続いていた。でも、橘涼の伯父が選手の強化を目的としたインストラクターとして本格的にやり始めたところ、徐々に大会実績を上げていった。うちは私立だから、外部コーチを雇っている部活動は少なくない」
 サッカー部の大会実績は私が書記をしたから、覚えている。確か、去年は強豪と言われているチームにいい勝負だったとか。まあ、強豪校は選手層が厚いから、二軍レベルだろうけど、それでも今までの天宮じゃないって相当噂になっていた。
「それじゃあ、橘涼の伯父がこの弱小チームを変えたっていうことなの?」
「そういうことになるね。僕が直接、橘涼の伯父が営むスポーツジムに行ってきたんだけど、姪がお願いしますって頼みこんできたから、やらざるを得なかったって仰ったんだ——」
ああ、やっぱり惣志郎がさっさと生徒会室から出て行った後、調査をしていたのか。反対方向に帰っていた理由はこれだな。