複雑・ファジー小説

Re: となりの生徒会! 「秘密」 ( No.3 )
日時: 2016/03/14 15:36
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第一章

 六月中旬、これからどんどん気温が上がってうだるような暑さになるであろう未来を怨みたくなる。
 朝、玄関から一歩外に出ると、まだちょっと肌寒くて長袖のシャツが丁度いいのだが、昼になり、太陽が地面を照りつけると、予想に反してグンと気温が上がってしまう。体温調節が難しく、朝のお天気ニュースの最高気温と毎日睨めっこしなくてはいけなくなる。
 総合体育大会、略して総体が行われ始めはや一週間。
 今のところ報告として上がっているのは、男子バスケットボール部、女子バスケットボール部、地区予選敗退。
 サッカー部は惜しくも県大会を逃したが、今までの弱小天宮とは違うと総務部でも話題になっている。確かスポーツジムのインストラクターが臨時コーチに就いたとかなんとかで、選手改革を行っているようだ。
 陸上部、男子は棒高跳び、女子は走り幅跳びでそれぞれ県大会を迎えることとなった。
 そろそろ一年間の努力の成果が現れ始めるこの頃、県大会まで駒を進めた部活はまだまだ活気があるが、予選敗退してしまった部活は、三年生が後輩達に涙ながらの引退の言葉を伝えていた。もう高校生活最後のひと夏が終わってしまったという後悔と、まだまだやり続けていたかったという気持ちが綯い交ぜになっているに違いない。三年生はこれで受験へと気持ちが切り替わり、二年生はこれから一年生を従えて主権を握るようになる。活気がなくなったというより、総合体育大会という大仕事を終えて安堵感のほうが強いような気がした。
 だが、私達生徒会は総体とは全く縁のない文化部の頂点故、その後に行われる文化祭の方で慌ただしく動いていた。
 山野上会長と一染副会長は、これが最後の文化祭ということもあってか気合いは前年度と比べて十分だ。十分過ぎて、時々テンションについていけなくなる時があるが、うまく副会長が会長をコントロールし、なんとか暴走までには至っていない。
 山野上会長と一染副会長は、我が生徒会ツートップのお二方である。正直、私は山野上会長以上に、これほど会長職にお似合いの方は見たことがないが、一染副会長によると、何代か前のOBやOGの先輩方の方がもっとすごかったらしい。山野上会長以上だなんて——私は全く想像がつかない。というか、想像したくない。
 そんな山野上会長の従順な部下としてずっと側にいるのが一染副会長である。彼は影武者ように山野上会長から離れることはない。どうやら幼いころからずっとこのような関係だったらしく、今更変える必要もないのだとか。全て「幼いころから——」で言いかえされてしまうので、私は彼らのあり方はあれでいいのだ、と毎回無理矢理にでも呑みこむことにしている。
 そして、そのお二人の下にいるのが、私、来部愛華と猫又惣志郎である。
 とりあえず先に我が生徒会会計長の方から紹介しよう。
 第二学年、生徒会、会計長。
 彼はあの有名な猫又旅館、総本家のお坊ちゃんである。きっと、読者の皆様も一度は彼らのおもてなしを受けたことがあるだろう。
 いつも何を考えているのかわからない不思議キャラのため、クラスで浮くことが多かったのだが、最近はない。きっと学校で警察組織から表彰されることが多くなったためであろう(つまりふわふわとした不思議キャラのイメージがなくなりつつある)。
 実を言うと、彼は学校にまつわる様々な難問奇問の事件を解決しているのだが、その話はまだ改めて紹介することにしよう。

Re: となりの生徒会! 「秘密」 ( No.4 )
日時: 2016/03/14 15:33
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第一章

 惣志郎に関する私の最近の悩みの種と言えば、彼がモテはじめ、私のところに様々な女子が恋の相談を持ちかけて来ることである。理由は、一番彼のことをよく知っていそうだから、だそうだ。まあ、確かにクラスは違えど、出身中学校と所属部活動は一緒だし、そのおかげでなぜか私まで、事件の功労者として表彰されるし、よくよく考えてみれば、何かと接点が多いことに気付く。最初は、同じ中学出身だったなんて、知らなかった私だったが、彼の事件に対する異常なまでの興味、そしてそれを絶対に解決へと導く力に興味を持ち、今では何故か探偵助手のような体をなしている。
 しかし、私としては迷惑でしかなく、どうにかしてほしいものだと頭を悩ませている。彼に早く告白すればいいじゃない、と雑に投げてしまいたいところだが、恋多き乙女たちにそんなひどいことを言える勇気を持ち合わせているはずもなく、かといって、「惣志郎は、こういうことをすれば喜ぶ」と、うっかり情報を渡してしまうと「実は猫又くんと付き合ってるの!?」と誤解されかねない。本当に困ったものだ。
 ちなみに私達の下にもう一人、生徒会には役職がある。
 第一学年、生徒会雑務 新島紗綾香。
 どうしてこうも生徒会の人間はひと癖もふた癖もある人物ばかりなのか、ため息をつきたくなる。紗綾香ちゃんは、惣志郎と同じ、好奇心が強く事件には首を突っ込みたがり。故に、将来がとても不安である。まるで彼女の親にでもなったみたいだ、とんでもない事件に巻き込まれないか心配。
 私なんて、自然と事件が寄って来てしまう吸引体質だから、自分の思いとは裏腹に、確実に裏目に出てしまう。
 神様が、私に「逃げられないんだよ、事件からは」と迫ってくるのが夢に出てきそうである。
 そんな事件吸引体質を紗綾香ちゃんには受け継いで欲しくない。

 さて、少しお喋りが過ぎたようである。
 私達生徒会のお話はこれでお終い。あれ? 私、来部愛華の自己紹介は? って? まあ、中学柔道の全国大会経験者であり、高校生活は運動とは一切関係のなく華やかに送ろうと意気込んでいる「普通の」女子高生と思っていれば大丈夫である。
 まあ、他にも重要な人物として園芸部長の河岸竜という奴もいるが、そいつはまた登場した時でいいだろう。どうやら、前作は彼が出てこなかった分、今作は気合いたっぷりらしい。
 それでは話を進める事にしよう。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.5 )
日時: 2016/03/07 21:55
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第一章

 文化祭の時期になると平日以外でも生徒会で集まり、日程を決め、タイムスケジュールを決め、催し物を決めるなど、忙しくなるのは毎年のことだった。
 去年、私は一年生ということもあり、右も左もわからず先輩についていくのに必死だったが今年は違う。ある程度どういうものか要領もわかってきて、今度はそれを紗綾香ちゃんに教える番である。自然と気合いが入るのは、先輩として育ってきた証だと思いたい。
 集合時間は午前十時。ただ今、午前九時三十分。惣志郎以外、揃ってはいるが欠けている以上、会議を進めることは出来ない。クーラーの利いた生徒会室でのんびりと待っていたその時、けたたましい電話音が私のポケットから鳴り響いた。
 びっくりして椅子から飛び上がり、慌てて携帯電話を取り出し通話ボタンを押す。そう言えば、マナーモ—ドにするのを忘れていた。一斉に向けられる視線がチリチリと痛くてしょうがない。
 もしもし? と決まりきった文句が何の淀みもなく出てくると聞き慣れた甲高い声が私の耳に勢いよく飛び込んできた。
「姉貴〜? 俺だよ、俺! 翔! 姉貴さ、今学校いるじゃん?」
 ピキピキと額に青筋が浮かんだのを感覚で理解した。
 携帯電話を握りつぶし、かなぐり捨てたい衝動に駆られたが、凄まじい精神力でそれを阻止する。
 馬鹿な弟のために、こんな高価な機械を投げ捨ててたまるか、くそったれ。
 生徒会室でけたたましい電話音を鳴り響かせ、何事か!? と慌てて出た相手が我が弟の間延びした声ということに、呆れてため息も出ない。
「あのさ、俺さ、今自転車壊れてんのよねー今日、歩いてきたんだよ。だからさ、姉貴の自転車貸してくんない? 俺、今先輩に隣町の店しか売ってない飲料水を買ってこいってパシられてて——痛ってえええええ!」
 弟の聞きたくもない絶叫に携帯を耳から離す。
 すると、近くに翔をパシった本人がいるらしかった。
「耳引っ張らないで下さいよ! 何するんすか!」
「パシリとはなんだ。てか、それくらい走っていけよなあ! お前、体力つけないと、天宮のサッカー部じゃあやっていけないぞ!?」
「隣町まで走って行ったら日がくれちゃいますよ! どんだけ遠いと思ってんすか! どうせ、先輩のことですから、練習を切り上げてさっさと帰るんでしょう!?」
「へっへっへ。ばれたか」
「ばれたか、じゃないですよ! ん? ああ、わりぃ。てことでさ、自転車貸してくんない?」
 ……呆れて言葉も出ないとは、まさにこのことである。
 すうと大きく息を吸うと、通話口に唾を浴びせかけ、大声でまくしたてた。
「自転車くらいちゃんと自己管理しろ、ばかたれ!」
 勢いに任せてそのまま通話を切ると、この行き場のない怒りをどう対処していいかわからず、結局何の返事もない無機質な携帯電話を睨みつけるだけだった。
「弟がどうかしたのか?」
 会長がパソコンに目を向けながら問う。
「弟が自転車を貸してくれって電話してきました」
 携帯電話を制服のポケットにしまうと、足が扉へ向かう。
「惣志郎がまだ来ていませんから、今の内に、自転車の鍵を渡しに行ってきます。なるべく早く帰ってくるので、心配なさらないで下さい」
 早口でこの場を納めると、「早く帰ってこいよー」という会長の言葉を背中に、涼しい生徒会室から出ていく羽目になってしまった。








 職員室やら家庭科室やらがある二棟から外に出ると、モワァとした湿気のある空気が私の体にまとわりついた。まだ朝の十時になっていないというのに、この暑さと湿り気のある空気。こりゃあ、今年の夏も暑くなるなあ、と顔がげんなりするのをなんとか引き締め体に鞭を打つ。
 翔のあの電話がなければ、私は惣志郎を待つだけでよかったのに、帰ったらただじゃおかないからね。
 私は心の中で愚痴りながら、この初夏特有の空気を振り払うように大股でサッカー部が練習しているグラウンドへ進んでいく。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.6 )
日時: 2016/03/11 12:50
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第一章

 着いてしまう前に、軽く我が弟の説明でもしておこうか、と暑さでどうしようもない頭を一生懸命回転させる。
 前々回、「奔走注意報! となりの生徒会! 再」で我が弟が登場していることを覚えてくださっている読者の方がいれば、この上ない幸せである。
 我が弟、翔は天宮中学校に現在、在籍している三年生だ。
 中学校三年生の受験生が、どうして高等学校のサッカー部に来ているのか? という疑問にお答えするために、書くスペースを割こうと思ったのである。決して翔の為、という私の愛故の行動ではないことをここで明記しておく。
 高校生と一緒にサッカーの練習をしているくらいだから、その実力は結構高いらしい。中学校のサッカー部ではエース的存在だ。スポーツと言えば柔道しか頭になかった私は、サッカーに対してあまり興味がなく、ルールさえ知らないから、応援を見に行ったって、退屈すぎてあまり楽しくなかったというのを今でも覚えている。
 しかし、翔の表情からみて、やっていて楽しいんだろうということは感じることが出来た。気持ちを全身で表現しているところは、我が弟ながらあっぱれだが、それ以外も頑張ってほしい。
 本来、受験生というものは、スポーツに時間を費やしていいものではない。その時間は、勉強に使うべきものであり、まだ天宮の入学が決まっていないのにも関わらず、高等学校のサッカー部に入り浸りになっている現実。
 しかし、そんな行動をするのには理由があるらしい。スポーツ推薦というものだ。
 スポーツ推薦というものは、名の通りスポーツで優秀な成績、将来が有望とされる選手のみに適用されるものである。我が弟は、それで入学を決めるつもりらしい。おかげで、全く面識のなかったサッカー部の男子から「来部の弟」ということで話しかけられるようになった。彼らによると、あの実力ならスポーツ推薦で通るのは間違いないらしい。一先ず安心、だからといって、勉強をしないでいい理由にはならない。
 中学校の時に勉強の理解度をもっと深めていれば、と高校に入って後悔するのは目に見えているのに、このままでは——果たしてどうなることやら。我が弟の未来が心配である。
 二棟からグラウンドまで歩いているだけで、じんわりと背中や額に汗がにじみ出す。今すぐ冷房の利いた生徒会室に帰りたい気持ちを抑えていると、部室棟の横にある冷水機の前で翔とサッカー部のジャージを着た人間を見つけた。
 その途端、翔の元に猛ダッシュで走って行き、体当たりを喰らわす。
 うげえ! というみっともない声を出し、そのまま体は重力に従って前向きに倒れていった。 
 無様に倒れている我が弟を見下す姉。
「何すんだよ! 馬鹿姉貴!」 
 すぐ立ち上がり、私にずいっと歩み寄り睨みつける弟。
 目の前に立たれると、翔と私は対して差がないことに、改めて気付かされる。いつのまにそんなに大きくなっていたのか。成長期というものは恐ろしい。
「これから自転車を貸そうとしている姉に向かって、馬鹿とはなによ、馬鹿とは! これから隣町まで走って買いにいってくるのね!?」
「それとこれとは別だろ!? いきなり体当たりなんかするかよ、普通! 有り難いって思っていた気持ちなんて吹っ飛ぶだろ!」
 すると、さっきまで翔と談笑していたジャージ野郎が、間に割って入って来た。
「まあまあ二人とも! こんなところで兄弟喧嘩すんなよなあ。翔は来部から離れろ」
 ギリギリと歯ぎしりをさせ、今にも飛びかかってきそうな、まるで野犬のような弟をなだめているのは、サッカー部、三年生の部長押田俊である。
 いつも爽やかな笑みをたたえ、女子の視線を全てかっさらってしまうような人である。ちなみに、男子から羨ましがられるその体質を当の本人は全く気付いていない。罪な男である。
「でも、翔、これはしょうがないぜ? お前がゲームに負けたんだからよ。俺達に向かってあんな啖呵切って、買ってこないとなるとお前の立場がねえ。さっさと鍵貰って買ってこい。待っててやるから」
 そして、我が弟を気遣うように背中をポンと叩いた。まるで彼の方が本当の家族のようだ。
「貸して下さい」
 弟は肩を落とし、頭を下げ反省していますよという雰囲気を前面に押し出してくる。
 これで勘弁してやってくれ、と訴えてくる彼の目に免じて私は渋々自転車の鍵を弟の手にポトリと落とした。
 すると、さっきの態度はどこへやら、すぐさま駐輪場の方面へ走って行く。走りながら、
「んじゃ、行ってくるよ! すぐに帰ってくるからな! ありがとな! 馬鹿姉貴!」
 ヒラヒラと手を振りながら颯爽と駆けていく弟に、ワナワナと拳を震わせ「馬鹿姉貴じゃなーい、こらー!」と絶叫する。
 ったく、いつも調子に乗るんだから。その内、犬のうんこでも踏んで、電柱に当たって自転車にでも轢かれろ。
「いいじゃねえか、元気な弟でよ。ずっと家に閉じこもってる陰気な奴より全然良いと思うぜ?」
 となりにいる押田さんが小麦色に焼けた健康そうな腕を組み、うんうんと、深く頷く。
 しかし姉の苦労も知らず、あんなに生意気だと、もうどうにでもなれ、という諦めの出現を認めざるを得ない。本当に困ったものだ。
「あいつもなかなか良いプレーをするんだ、別に肩を持つつもりはないが、まあちょっと聞けよ」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.7 )
日時: 2016/03/14 15:38
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第一章

 そう言って、翔が走って行った先を温かい目で見つめる。
「天宮中では、かなり期待されてきたようだな。自信みたいなものが垣間見えるが、高校になったらその自信がどこまで通用するのか……楽しみでもあるな!」
 ふっと笑みをこぼし、まるで少年のようなあどけない笑みを浮かべる。どうやら押田さんはうちの弟にぞっこんらしい。
 台詞の余韻にキメ顔で浸っているのもつかの間、「んん!? おい、来部!」とさっきの声色とは打って変わり、私の肩を強い力で二、三度バシバシ叩くと、視線の先を指さす。
「おい! あいつ——」
「もう何するんですか、押田さん。一体、何が見えて——あれ!? 惣志郎!?」
 彼が指さした先には、私が一番苦労させられている惣志郎が翔と入れ違いに登場してきたのである。
 押田さんは、「あれがお前のホームズの猫又惣志郎だな、そうだろう? ワトスンくん」と肩眉を上げて口元がニヤリ。誰がワトスンになったんだ、誰が。
 惣志郎は手をひらひらとこちらに振りながらゆっくりと近づいてきた。
 そのまま私に話しかけようと開いた口が、押田さんによって遮られる。
「よお! お前が猫又惣志郎だなあ!?」
「……誰ですか?」
 惣志郎のストレートな反応。頬の筋肉がピクピクと引きつっている。
 同じ学校の敷地内で話しかけられたからといって、全員が心優しく対応してくれるわけではないということを、押田さんは学んだに違いない。というか、彼の勢いならこうなるのも無理はないし、普通こうなるはずだ。
「ん? ああ、すまねえ。俺はサッカー部のキャプテンをやっている押田俊っていうもんだ。よろしくな。生徒会の猫又のことは、有名だからな。いつか話でもしてみたいと思ってたんだよ」
 押田さんは、白い歯をニカッと見せる爽やかスマイルを惣志郎に送る。
「初めまして。生徒会、会計長の猫又惣志郎です」
 惣志郎も負けじと爽やかな笑みで挨拶を返す。なんだこの人達。
 とはいえ、おかしいではないか。
「どうして惣志郎がここにいるのよ。私達、惣志郎を待っていたのよ?」
「ああ、そのことなんだけど。愛華ちゃんが生徒会室を出ていったのと、僕が来たのはほぼ同時だったんだよ」
「え!? それじゃあ、私が出ていった途端、先輩達と紗綾香ちゃんと惣志郎を待たしていたってことになるの!?」
「そういうことになるかな」
 それはなんだか申し訳ない。
「いや、いいんだよ、全然。まあ、直に戻ってくるだろうって待ってたんだけど、なかなか帰ってこないから、サッカー部の予選結果の書類を貰うついでに、愛華ちゃんを連れ戻せって言われたんだけどね」
 うっ! その愛華ちゃんを連れ戻すっていう言葉が気になる。なんだかとても悪いことをしてしまったような気分だ。しかし、これも全部我が弟の所為である。
「ところでさっき走って行った男の子って翔くんだよね?」
「……まあ、そうだけど。どうしてわかったの? 翔と会ったことあるっけ?」
 惣志郎は首を横に振り、だってと言葉を続けた。
「目元が愛華ちゃんにそっくりだったから、そうかなって」
 目元……!? そんなこと言われたことない。第一、翔と私はあまり似ているとは言われないのに。
 その言葉に反応して、惣志郎にずいっと歩み寄る押田さん。
「それって、もしかして推理かなんかか!?」
 結構な勢いに怯む惣志郎。
「こればかりは違いますよ」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.8 )
日時: 2016/03/14 13:55
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第一章

「なんだ、勘かよーっちぇ」
 舌打ちをして、惣志郎からさっさと離れるサッカー部キャプテン。なかなかキャラが濃くなってきたぞ。これから私達で対処しきれるのかどうか不安だ。その不安は惣志郎も感じとったのか、額に冷や汗が流れたのを私は見逃さない。
「一体何の用なんだよ? 確か、予選結果の報告書、とかなんとか?」
 彼は、自分の関心が一気になくなると途端に雑になるらしい。
「そうなんです。サッカー部だけ、大会日程の都合で結果がわかるのが今日だったので、愛華ちゃんを連れ戻すついでに結果報告書を貰いに、ということですね」
 連れ戻す、のところだけ声が大きくなるのは嫌がらせか、ちくしょう。
「あーその書類か。確か……」
 その時、部室棟の影からぬうと一人の女子生徒が現れた。その女子生徒は、私達のすぐ横にある冷水機で喉を潤している。押田さんはその人に向かって「丁度いいところに来た、おい!」と話しかけた。
 彼女は、冷水機の水を飲み終わると、首に掛かっているタオルで顔を拭いた。
「どうかしたの? 俊」
 彼女が顔をこちらに向けた瞬間、拳銃か雷かでうたれたような衝撃が走った。
 うーむ……この世には神様から完璧な容姿を与えられた人もいるんだなあ、となんだかセンチメンタルな気持ちになる。
「あら、確か生徒会の猫又惣志郎くんと来部愛華ちゃんよね? あなた達のお話は友美から聞いてるわよ。いつも大活躍ね」
「こいつは、三年生、うちのマネージャーの瀬戸美桜だ」
 うちの会長を「友美」と呼び捨てに出来る人物は数少ない。その内の一人なのだから、相当彼女も会長のように「よく出来た人間」なのだろう。
「初めまして。瀬戸美桜です。友美がいつも怒鳴り散らしてるらしいけど、いつもあなた達のこと、裏ではちゃんと褒めてくれてるから安心して?」
 にしても、なかなかの美人だ。
 もし天女様が現世におりてくる時、彼女の容姿になりかわるかもしれないと思う程である。
「なあ、予選結果の報告書、お前が持ってないのか?」
 押田さんが彼女に聞き、少し考えた後思いついたように手を打つ。
「それなら涼が持ってるわよ。ちょっと貸してって言われたの。ほら、あそこのベンチに座っている人」
 彼女の長い指がこちらに背中を向けてベンチに座っている人物を指さした。同じようにサッカー部のジャージを着ている。
「あいつはまた選手記録をとっているのか? よくやるよ」
「涼は努力家だからね。あの人が同じ三年生の橘涼。涼に聞いてみたらいいわ」
 瀬戸さんは私達に早々と告げると、目の前にあるサッカー部の部室の扉を開け、中に消えていった。
 すると押田さんが、何かを思い出したように「そうだ! 美桜!」と瀬戸さんの名前を大声で呼ぶ。
「お前のスマホ、倉庫に落ちてたぞ。会ったら返そうと思っていたんだ」
 中から悲鳴に近い声が私達の耳に飛び込んできた。
「ええええええ!? 本当!? いくら鳴らしてみても見つからなかったのよー 俊が見つけてくれたの!? ありがとう!」
「画面に、お前が応募したライブの当落結果がメールで来てるぞ」
 彼はそう言いながら靴を脱ぎ、サッカー部の部室に入ろうと数段の石段に足を掛ける。
「えええええ!? 見て! 早く結果を知らせてよ!」
「パスコードがかかってるだろ」
「もう! 煩わしいわねえ! 早く貸して!」
 押田さんが後ろ手で扉を閉めるのと同時に声が消えた。嵐が過ぎ去った後のような静寂が訪れる。
 この場に残された私達は、お互いに顔を見合わせた後、静かに息を吐いた。

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.9 )
日時: 2016/03/12 00:32
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第一章

 部室棟から離れてグラウンドに行くフェンスの扉を開ける。
 グラウンドに入るとすぐ横にベンチがあり、一人の部員が一生懸命、書きものをしていた。
 鋭い眼光で選手の姿をじっと見つめるその姿は、正直、一つだけ年上だなんて思えない。良く言えば風格がある、悪く言えば老けて見える。
 私達がゆっくり、歩み寄るとようやく視線を選手達からそらし、目が合った。
「すいません、橘涼さんですか? 僕達、生徒会の猫又と」
「同じく来部です」
「サッカー部の予選結果の報告書を受け取りにきたのですが、よろしいですか?」
「僕が橘涼って知っているということは、美桜や俊にもう聞いたんですね。生徒会がわざわざ来るなんて、急ぎの用でも?」
「いえ、そうではありません。ただ、サッカー部にたまたま訪れたので、ついでに」
 橘さんは、「そうですか……」と適当に相づちを打ちながら、クリアファイルからお目当ての書類を探っている。
 しかし、いっこうに出てこないのを見るとどうやら今、手元にはないらしい。
「すいません。たぶん部室にあると思います。すぐに提出出来るので、移動しましょう」
 そう言うや否や、すくっと立ち上がり、返事を待たずに颯爽と私達の目の前を通り過ぎようとする。
「え、いいんですか? 今、ここで何か一生懸命書きものを——」
 惣志郎が橘さんを引きとめると、立ち止まってゆっくりと振り返った。
「書きものなんてしていません。ただ、考え事をしていただけです」
 そう言ってふっと笑みをこぼすと、また背中を向け、歩き出す。
 でも、明らかにペンとノートを開いていたのに……なんだか不思議な人だな。
 惣志郎は肩をすくめる動作をして先に進む。どうやら思っていることは惣志郎も同じのようである。
 私もその後を追い、部室の前に到着するといきなり扉が勢いよく開け放たれた。中から瀬戸さんが現れ、石段に足を掛ける。
「あら丁度いいところに! 生徒会のあなた達にお礼をしなくてはいけないわ!」
 お礼という唐突な言葉に私達は、口を閉じるのも忘れて首をひねる。
 橘さんは、いきなりの発言に怪訝な表情を浮かべている。
「わざわざサッカー部に報告書を取りに来てくれたお礼よ! 本当にありがとう!」
 なんだ、そのとってつけたような理由は。なんか胡散臭い。
 惣志郎も感じとったのか、眉をしかめる。
 私達のリアクションなど無視するように、目を輝かせる瀬戸さん。
 すると、中から押田さんが瀬戸さんの肩越しに顔を出し、私達に哀れむような目を向けた。
「まあ、食べさせるにはいいと思うが——こいつらだって、仕事があるだろう?」
 た、食べさせる!? い、一体何を!? 
 私と惣志郎は顔を見合わせ、狼狽の色を隠せない。何かとんでもないものを食べさせられるのではないか!? 別に彼らを信用していないわけではないが、もしものこともある。
 私達が慌てふためいている隣で、橘さんは二人を見つめ軽くため息をついた。どうやら、橘さんは何を食べさせるかわかったらしい。
「さっさと食べてさっさと帰ればいい話よ! 友美に遅いって怒られたら、私の所為にしていいし!」
「だけどな——」
 瀬戸さんと押田さんが言い合っているのを横目に、橘さんがすっと彼らを通り抜けて部室の中へ入っていった。
 惣志郎がみかねて、「あの」という言葉で遮る。
「全く話しが見えないんですけど」
 瀬戸さんは片方の口角を上げニヤリと笑うと、想像もつかないような一言が飛び出してきた。
「あなた達、マンゴスチンって知ってる?」
 意味が分からない私を尻目に、惣志郎は顔がパッと華やかになり、急に目が輝きだす。
「いいですねえ! マンゴスチン! 僕、ずっと食べてみたかったんですよ! 食べさせて貰えるんですか?」
「もちろんよ! だから、さあ入って頂戴!」
「お邪魔しまーす!」

Re: 「秘密」〜奔走注意報!となりの生徒会!〜 ( No.10 )
日時: 2016/03/13 18:38
名前: すずの (ID: e.PQsiId)
参照: 第一章

 明るく手を上げ、サッカー部の部室に駆け寄るや否や、ぐっと手首を掴み、よろめいたところにさっと腕を回し、彼らに背中を向ける。口に手を当て、惣志郎の耳元で囁いた。
「ちょっとどういうつもり!? そんな得体の知れないもの食べてどうするのよ。それに、生徒会のみんなが待っているんだから、こんなところで道草——」
「だから、そのことは瀬戸さんの所為にしていいからって——」
「そんなこと、私がさせるわけないでしょ! ばか!」
 惣志郎の耳をつねると、痛い! と顔をしかめる惣志郎。
 瀬戸さんがあらあら、痴話喧嘩? というようにニヤリと笑ったのが想像出来る。
 惣志郎は、「わかってないなあ!」と大きな声で言うと、私の腕からすり抜ける。
「愛華ちゃん、マンゴスチン食べたことないでしょ?」
 食べたことないけど、それが何か!?
「東南アジアのフルーツで、花粉を持たない花を咲かせて実を付け、雌だけで繁殖することが出来る単為生殖。果実の女王と呼ばれ、味は甘い匂いと柔らかな果肉が特徴的。日本では、冷凍で出回ることが多いけれど、生は冷凍よりおいしいと言われる」
 惣志郎がスラスラとマンゴスチンの知識を披露し、瀬戸さんが目を丸くする。
「他にも、サイトモ科のテンナンショウ属は栄養状態によって性転換する。若くて小さい内は雄で、ある程度の大きさになると雌になるとか。知っていたかい? 愛華ちゃん」
「そんなことも知らないの?」という目線を送ってくる惣志郎の顔にケーキをぶつけたい衝動に駆られたが、そんなものどこにも見当たらない。
「選手記録ばっかりつけてると思ったら、そんなこと考えてるんだから、困ったものよね」
「……惣志郎の話だと、そのマンゴスチンっていうのは珍しいんですよね? だったら、どうして高校のサッカー部にそんなものがあるんですか?」
「私のおばが取り寄せたのよ。物凄い高いけど、でも味は絶品だから騙されたと思って食べてみろ! って、物凄い量を送ってきたのよ!? こんなの、家族だけで食べられる訳がないから部員のみんなに手伝って貰おうと思ってね。それでもまだ余ってたから、困ってたのよ」
「そんな時に、お前達が現れたもんだから、わざわざ書類を取りに来てもらったお礼とかなんとか言って押し付けるっていうみえみえな魂胆だな」
 押田さんの一言に、瀬戸さんがむっと顔をしかめる。
「そんなことないわよ! ちゃんとお礼の意味のほうが強いに決まってるじゃない」
 瀬戸さんは、押田さんにふくれっ面で「失礼しちゃうわ」と、捨て台詞を吐き、手招きをした。
「さあ、どうぞ中に入って」
 どうやら、この美人はどうしても私達にそのマンゴスチンっていうのを食べさせたいらしい。
 だけど、どうであれ生徒会室に会長と副会長と紗綾香ちゃんを待たせている身の私達が、そう簡単に彼らの誘いに乗るなんてこと——。 
「まあ、いいじゃないか。今更、マンゴスチンを食べない訳にもいかないし。それに、ほら。瀬戸さんが責任を負ってくれるってことだし」
 茶目っけたっぷりの笑顔で、私の腕をとると「遠慮なく、いただきます!」とさっきよりも元気な声で扉の向こうに引っ張られてしまった。
 私は盛大なため息。どうなっても知らないぞ、このやろう。