複雑・ファジー小説
- Re:第二話 〜小さくて大切なモノ〜 ( No.5 )
- 日時: 2016/03/21 00:46
- 名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)
第二話 〜小さくて大切なモノ〜
私たちが集まった教室の、その隣の教室は結構凄かった。
調理実習室みたいな感じで、設備が完璧だし、キッチンとして充分に機能する。冷蔵庫も割とでかい。壁には、カトレア先輩のものなのか、茶葉の入っているらしい、銀色の缶が並んでいた。旧校舎とはいえ、綺麗に掃除してある様子は、廊下とは別の建物のようだ。
入ってすぐ、歓声をあげてしまった私を、カトレア先輩は嬉しそうに見ていた。冷蔵庫に近づきながら、穏やかな声音で語る。
「学校側はとても優しいのですわ。私たちの活動のために、こんな場所まで貸してくれますの。先生方も、たまに来たりするんですのよ」
冷蔵庫を前に、作業をしている慶先輩も頷いた。手に持っているのは抹茶の粉の缶だろうか。一つ一つ、丁寧に扱っているのが分かる。小さく呟くような声だったけど、顔は少し微笑んでいた。
「……この学園に茶道部は無いけど、茶会部で満足なくらい充実してる……それも、周りの人のおかげ……」
「ええ、ケイはよく分かってますわね」
スーパーの袋4つ分、一杯に詰まっていたものも、5人で片付ければとても早く空になる。なんやかんやあって、15分くらいで作業は終了。のんびり元の教室に移動しながら、色々先輩に教えてもらった。
「いい、セナちゃん? こっちのテーブルと椅子しかない教室は、『接待室』で、調理室っぽいこっちは、そのまんま『調理室』ね。そのまんま」
「接待室……? 何か、接待したりするんですか?」
質問すると、昴先輩は、ものすごく何かを含んだ笑いを浮かべた。まるで賄賂を貰った直後の悪代官のような顔だ。思わず鳥肌がざあっと立つ。樹希が呆れたようにため息をついた。
「なんすか、そのある意味怖い笑い方」
「ドライだなー、樹希は。ま、深い意味は無いんだけどね〜…………あのねセナちゃん、茶会部って、ただ仲間内でお茶会するだけの部じゃないの。やって来るお客さんの悩みやそこからくる不安を、お茶とお菓子でほぐす。さらに、その悩みを解決する。これ、基本スタイルね」
さっきとうって変わって、真顔で説明する先輩。そういえば、モモカも言っていた。「悩み解決を受け付ける部」だと。
「そして、各生徒ごとに役割がある。俺はギャルソン。メイドの男版だね。カトレアは洋風担当で、慶は和風総本家。樹希は製菓担当だよ。この感じだと、セナちゃんは多分メイドポジになるんじゃない?」
……メイド?
カトレア先輩に目線で確認をとると、笑って頷きを返された。え? 本気ですか?
もともと表立って行動するのは好きではない。もっと、裏方的な仕事が良かったな、と思う。今からでも、変えてくれないかな、と、昴先輩の顔を見ると、何故かその横にいた樹希と目が合った。
……逃げるんだ?
樹希の薄い唇が、そう、動いたような気がした。
確信はない。勘違いかもしれない。それでも、私の顔が固まる。そして次の瞬間、私が奮い立つのは簡単だった。
……勝手に決めつけないで
唇を、そう動かす。意思が伝わったのか、樹希は眉を僅かに上げただけで、何も返さなかった。ふいっと前を向いてしまう。私たちに挟まれた昴先輩は、微かに笑っていた。なんだか少し嬉しそうな感じがにじんでいる。どうせ、私と樹希がマトモに会話(?)したのを見て面白がっているんだろう。
「まぁ、お盆に色々乗せて運ぶだけだし、意外と簡単だよ。初めのうちは、俺たちのを見て覚えて……」
階段を駆け上がる音が聞こえ、昴先輩は口をつぐんだ。廊下を、人影が走ってくる。やがてその影は近づき、私たちの前で止まる。その、やって来た赤髪の男子生徒は、荒い息をしながら何かを話そうとしていた。よく見ると、耳にピアスの穴もあり、不良のようなイメージがある。顔立ちは割と可愛いのだが。
その生徒に向け、昴先輩が意外そうな顔で話し掛けた。
「司? どーしたんだよ、急いで」
生徒は息づかいの間に、苦しそうに、うめくように言った。
「頼む……助けてくれ」
- Re:第二話 〜小さくて大切なモノ〜 ( No.6 )
- 日時: 2016/03/24 01:00
- 名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)
赤髪の人物は、肩で息をしながら、昴先輩のことを見ている。知り合いなのだろうか。ところが、昴先輩は慌てる様子もなく、飄々とした様子で肩をすくめた。わかったわかった、と、ため息混じりに返答する。
「話は聞くから、落ち着けよ。まあ、何があろうととりあえず、『Tea time』……だろ? カトレア、慶、樹希」
「あったりまえですわ!」
「……うん」
「うっす」
昴先輩の呼び掛けに反応し、三人が一斉に動き出す。何をすればいいか分からずにつったっていると、樹希から「ボケっとすんな」と頭をはたかれた。カトレア先輩が、樹希に怒りながら私の腕をとり、調理室まで引っ張っていった。慶先輩、樹希が後に続く。調理室の戸が閉まる音がした。きれいに整備された部屋に、カトレア先輩の声が響く。
「ケイ、お茶の準備! イツキは……そうですわね、干菓子を頼みますわ。セナ! まず皿を出すのですわ! ジャパニーズスタイルのやつですわよ!」
「は、はい!」
カトレア先輩に言われ、ガラス戸の棚へ急行する。そこから数枚とりだして、机の上に置いた。漆塗りの美しい平皿。その上に、白い箱を抱えた樹希がやって来て、お菓子を素早く綺麗に乗せていく。美しく見えるよう配置された、一口サイズの桜や梅の花が型どられている、これは何?
「『和三盆』っていう干菓子。簡単に言うと砂糖菓子だよ。型に入れて固めんの」
「へぇ……可愛い」
しかも美味しそう、と、じっとお菓子を見つめる。漆の色と、花の桃色の組み合わせも綺麗だ。無意識にぽかんと口を開け、眺めていると、口に何かを押し込まれた。驚く間もなく、口の中に甘い味が広がり、花の形がとろりと、少しずつ溶けていく。
「おいしっ……って、何やってんの!?」
「アホ面晒すなボケ」
同学年のくせに、この上から目線は何なんだろう。イラついて樹希の方を睨むと、さっさと背中を向けてしまった。その近くで、慶先輩がお茶を入れている。急須を傾け、静かに湯呑みにお茶を注ぐ。湯呑みをゆっくりお菓子の乗っているお盆に乗せて、満足そうに僅かに微笑んでいた。
全ての準備が終わり、口の中の和三盆もすっかり溶けたころ。報告しようと、カトレア先輩を探す。カトレア先輩は、左の壁のど真ん中についた大きい鏡を覗き込んでいた。何をやっているのだろうと、私もその鏡を覗く。次の瞬間、私は大きな声をあげて口を押さえていた。鏡の向こうには、隣の教室の風景があったのだ。白いテーブル、椅子が置かれている。そこに、昴先輩と、ツカサと呼ばれた生徒が座っていた。
「せ、先輩っ!? これって……」
「言うなれば、マジックミラーですわね。向こうからは鏡にしか見えないけれど、ここから見れば普通のガラスにしかなりませんわ」
確かに、隣の教室に初めて入ったとき、不思議に思った。右の壁に、大きな鏡があることを。凄い……と呟きながら向こう側を覗く。少し小さめながら、声も聞こえてきた。2人が、何か言い争っているような声が聞こえる。司さんは不機嫌な顔で、昴先輩はどことなく余裕の表情で語っている。
『……こんなことしてる場合じゃねぇんだよ。大変なんだ……』
『だから落ち着けって。お茶飲んでくれないと何も始まらないし。あ、これ茶会部のルールね。ってことで……』
薄く笑って、昴先輩は指を鳴らした。
『Let's tea party』
一瞬の間を置き、司さんは座ったまま少し後ずさった。そのあと、その首がかくんと下を向く。よく見ると、目を閉じていた。一体、何が起こったのだろうか。見当もつかない。
向こう側で、昴先輩が、慶よろしく、と呼ぶ。相変わらず、司さんは気を失ったままだ。慶先輩は無言で立ち上がった。お菓子と、緑茶が乗った盆を持って、調理室を出ていく。私は、さっきの事が気になって、カトレア先輩に訊いてみた。
「先輩……あの指パッチン、何で司さんが気を失ったんですか?」
「ん? そうですわねぇ……秘密ですわ」
答えがもらえるかと思ったので、がっくりきた。樹希に訊いても、ぶっきらぼうに、知らない、と返される。なんなんだろう、2年生になったら解るのかな。
向こう側では、ちょうど慶先輩が教室に入ってきた。すっすっと音をたてずに静かに歩き、テーブルにお茶とお菓子を置く。セッティングが完了したことを確認し、もう一度、昴先輩は指を鳴らした。
音が鳴り響き、司さんの目が開く。目の前に置かれたお茶に驚き、なかば呆れたようにため息をついた。
『……飲まなきゃいけねえんだよな』
『まぁ飲んでみ、慶のは美味しいぞ』
司さんは、湯呑みに入っている緑茶を、しかめっ面でしばらく見つめていた。それを見守る昴先輩と慶先輩。緊張感が伝わってくる。やがて、司さんは湯呑みを持ち上げ、一口お茶をすすった。そして、桜の和三盆を口に入れる。固くこわばっていた表情が、少しずつやわらかくなっていくのが分かった。
『どぉ? うまくない?』
『……うまい』
昴先輩の顔も、ほわっとした笑顔になった。後ろに控えている慶先輩も、無表情ながらどこか嬉しそうだ。こっち側でも、カトレア先輩が胸を撫で下ろしている。良かった。司さんがお茶をもう一口飲み、息を吐き出す。どこか安心した顔をした昴先輩が、司先輩に本題をふっかけた。
『ほっとしたところ悪いんだけどさ。何か、問題があって来たんだろ? 話してみ』
『あ……そうだった』
司先輩が、真剣な顔になった。テーブルに肘をつき、ややゆっくり語る。その内容は、私の予想の斜め上をいっていた。
『……実は、つい最近、多分……ハーフのチビが道で倒れてたのを見つけてな……面倒見ることになったんだ』
『え、マジで?』
『マジで。ここからが本題なんだが……そいつが……族にさらわれたんだよ』
向こう側も、こっち側も、言葉を無くした。ハーフの子が暴走族にさらわれた? 一体、何のために?
向こう側の昴先輩も、目を泳がせている。掛ける言葉が見つからないのか、考え込んでいた。
『それで、昴。奴らが、そいつを返して欲しかったら、今日の午後6時までに、暮谷の第1倉庫に来いって』
『!』
『……無理な頼みなんだが……俺に手を貸してくれねぇか? 弟みたいに可愛がってたやつなんだ……』
頼む、とテーブルにつくくらいに頭を下げる司さん。やはり、私たちは絶句したままだった。司さんは、下を向いて今にも爆発しそうな、張り詰めた表情を浮かべている。重苦しい沈黙。それを破ったのは、昴先輩だった。
『……慶、お前んち、暮谷の近くだよな。ここから大体何分かかる?』
『……歩いて、40分。走って、30分……くらい』
司さんが、はっとして顔を上げる。壁の時計は、午後5時19分を示していた。窓の外も、すっかり赤く染まっている。昴先輩が、満面の笑みを浮かべる。まるで、無邪気な子供のよう。それはもう、楽しみでしょうがないというように。
『行くぞ、第1倉庫』
『……! ああ!』
「準備するのですわ、イツキ、セナ」
「え?」
カトレア先輩も立ち上がる。調理室の中を物色し、大振りなフライパンを手に取った。あ、もしかして、と予感が頭をよぎり、樹希の方を見ると、何故か湯を沸かしながら、すりこぎ棒を手にしている。さらに、戸棚から、丈夫そうなワインボトルを取り出していた。
私はしばらく迷った末、メイドが使っていそうな大きな銀の盆を用意した。盾にもなりそうだし、殴られたら痛そうだ。盆を、しっかり手に握った。
間もなく、男子3人も調理室に入ってきた。3人はほとんど迷わず、昴先輩はワインボトル、司さんは持参してきたという金属バットを手にする。準備が良い。慶先輩は……と視線を移したところで、思わずあっけにとられてしまった。小麦粉、塩、コショウ、タバスコ、七味……さらに、熱湯のつまったポット。それらをリュックの中に詰め込んでいる。料理でもするのだろうか。
「もったいねぇな……先輩、消費した分弁償して下さいよ」
「分かってる」
すべての準備が整い、後は出発するだけとなった。さすがに鈍器を剥き出しで持ち歩いていては不審なので、各々何かに包んだり、入れたりしている。全員、すごくやる気……もとい、殺る気に満ち満ちている。もうなんか怖い。私はやっぱりこの空気についていけない……と思った矢先、カトレア先輩が声を掛けてきた。
「……私たちは日常茶飯事なので慣れっこですわ。でもセナ。折角の新入部員をここで怪我させる訳にもいきませんし……帰った方が良いのでは……」
うつむき、遠慮がちに言う先輩。出会って1日も経ってない私が言うのも何だが、らしくない。それに、私は、さっき「逃げない」と決めたばかりなのだ。退いたら、絶対後悔するはず。怪我しても、逃げたくはない。
「大丈夫です、行きます」
「でも……」
「逃げません」
しっかりカトレア先輩の、真っ青な目を見つめる。やがて、その目が緩み、穏やかな顔になった。こうして見ると、あぁ、美人だなと再認識できる。
「分かりましたわ。無理だけ、しないようにするのですわよ」
「はい!」
「……よし、準備OKかな。じゃあ、出発しようか。場所は暮谷、第1倉庫! 総員、出動!」
「「「「「了解!」」」」」
- Re:第二話 〜小さくて大切なモノ〜 ( No.7 )
- 日時: 2016/03/28 09:56
- 名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)
すっかり夕日色に染まった校舎に、足音がこだまする。出口をただひたすら目指す皆の顔は、それぞれとても真剣だった。校舎を出、グラウンドを突っ切ると、休憩中のサッカー部が、奇怪なものを見る目でこちらを凝視していた。確かにこれじゃ変人集団だな、と軽く心の中で落ち込む。でも、それよりも、私が一番気にしていることがあった。ちょっと勇気が要ったが、見ていられないので訊いてみる。
「カトレア先輩……もう少ししとやかに走らないと、せっかくの気品が……あと……見えちゃい、ますよ……」
この学園の制服の唯一の欠点。そう、それはスカートが短いこと。せめて太ももを完全に隠そうぜってぐらい短い。ヒザの上が10cmもあいているのだ。さらに赤いので、かなり目立つ。どこぞの少女マンガだ、と初めて見た時ツッコミそうになったものだ。
「この非常事態、人の目を気にしてなんかいられませんわ! あと、見ての通り黒ストッキングを装備してますので、問題ナッシングですわ!」
「そう言えばそうですが、透けるやつは透けますよ……!」
「……なんて不毛な会話だよ……」
振り返り、呆れ顔で言う司さん。ハーフ少年のため、急いでいるところごめんなさい。でも、私たち(?)にとっては死活問題なんです……!
ため息をつき、再び前を向く司さんの足どりは力強い。昂先輩は軽やかに、慶先輩はどことなくふわふわしていて、カトレア先輩は元気いっぱい。樹希は面倒そうに走っているが、顔つきは真面目そのものだ。そんな樹希が、私を見て言う。
「お前さ、腕振りまくってるくせにちっとも進まねえのな。あと、結構前屈みだし、目つきも」
「……うるさい、黙れ……っ」
「はは、でも、的を射てるよね」
爽やかに笑う昂先輩。息切れというものを知らないのか、この人たちは。
もともと、体育の成績は非常によろしくない。持久走なんかでは、必ずビリから2〜3番目ぐらいにいる。足も遅く、体力もない。よく猫っぽいと言われるが、あんな運動神経は私にない。肥満度が標準値なのも奇跡と感じるぐらいだ。
「筋肉がない、からじゃない。細身だし」
うん、貴方には言われたくなかった、慶先輩。
話す気力もなくなり、走りながら、他の人たちが語る言葉に耳を傾ける。すると、皆……というか、主に司さんの意外な事が分かった。
なんでも、司さんは、暁月組というここら辺では知られたヤクザ組の跡継ぎだという……知ってよかったのだろうか。でも、親に頼る気はあまりないらしい。良いことだと思う。
「喧嘩が強いのも、頼らず頑張ってきたからじゃね?」
「……お前もな、昂」
昂先輩は、中学の時からずっと一人暮らし同然の生活を送ってきたそうだ。精神的にかなり強くなったよー、とからっと笑いとばすところは、らしいっちゃらしい。でも、そんな人格も厳しい環境の中で出来上がったんだろうな、と想像してみる。
皆、凄いなあ。
「そろそろだよ」
息が荒くなり、雑音が入った声が告げる。
密集した建物の間、傾く夕日がいよいよ熟れた赤になり、地平線へ沈もうとしていた。並ぶ灰色の建造物が作る角を右に曲がると、大きな倉庫のようなものが6つ、道の両端に建っている。そこから先は、建物の森がぷっつり切れ、太い川が横切っていた。その向こうには、緑の林が広がる。
着いたのだ、暮谷地区の指定場所に。
「うあー……疲れたー!」
歩調をゆるめ、止まる。昂先輩やカトレア先輩はそんなことを叫んでいたけど、私はその気にはなれなかった。
「はぁ……はぁ……はっ…げほっ、げほっ!」
息をするたび喉が冷たく痛み、激しく咳込む。銀の盆をとりおとしてしまった。捨う気も出ず、膝に手を当て下を向くと、コンクリートの地面に、ポタポタと汗が垂れた。その様子すらも霞んで見える。脇腹もきりきり締めつけられた。一回休憩を挟んだというのに、これではマズい。見かねたのか、カトレア先輩が背中をさすってくれた。
「大丈夫ですの!? タオル、ありますわよ」
「……尋常じゃねえな、体力のなさ」
涼しい顔で汗をぬぐう樹希が、呆れたように言う。睨みつけながら、カトレア先輩からタオルを受け取った。ふわふわの白いタオルに顔を押し当てると、仄かに柔軟剤の匂いがする。落ち着き、深呼吸をすると、いくらか荒れていた息も整った。
「すみません、ご迷惑をかけてしまいました……」
「いーよいーよ、全然……第1倉庫は奥だってさ。行けるか?」
「はい!」
良かった。じゃ、行こうか、と言って笑う先輩の後に、皆でついていく。川の少し手前、一番奥の倉庫の、赤いサビついた扉の前まで来た。樹希が、ポケットからスマホを取り出して、時刻を確認していた。ひょいっと持ちかえ、先輩に見せている。
「5時57分っす」
「……行くか」
司さんが、皆を見渡す。黒く丸い瞳がぎらつき、口が固く引き結ばれていた。
「……積極的に攻撃するのは俺と昂だけでいい。残りの男子は状況を見て決めろ。女子2人は自分の身と、セスの防衛」
「ん? セスって誰ですの?」
「……ハーフのチビの名前だよ。とにかく、怪我はなるべくしないように。いいな?」
赤い髪をかいて、そう締めくくる。各自返事をしたのを確認すると、なぜか昂先輩を連れて倉庫の裏へまわろうとした。不思議に思って訊くと、裏には侵入できるガラス窓があるらしい。ここに着いた時、先輩がやたら倉庫の周りを確認していたのはそのためだったのか。え、でもそれって……
「大丈夫! 流石に窓割ったりはしないって。まず4人で正面から入ってもらって、敵の注目を引きつけて。その間に、俺ら窓から奇襲するよ!」
「さらっと言いますね」
ニコニコ笑う昂先輩を、司さんが引っ張っていく。2人が裏に回ったところで、私たち4人は、いよいよ突入準備に入った。鈍器を包んでいた布を取り払い、手に持つ。カトレア先輩が、腰に手を当てて、皆を見わたした。
「準備OKですわね? まず、入ったら私と慶が相手の注目を引きつけますわ。2人は後ろで待機。Are you ok?」
「分かった」
「了解です」
「……うっす」
全員が頷く。カトレア先輩が、亦いとびらに手をかけた。
「Let's party timeですわ!」
- Re:第二話 〜小さくて大切なモノ〜 ( No.8 )
- 日時: 2016/03/31 08:14
- 名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)
※若干のパロディ注意です!
ギィィ、と重たい音がし、扉が開く。その向こうには、灰色の壁をした空間。そして、奥に、いかにもガラの悪そうな男たちが5、6人いる。全員、どぎつい色に髪を染め、下げパンにピアスはみな一様、モヒカン、タバコ、フーセンガム……と、典型的なただの不良だ。私が言うのも何だが、素人目にも分かるほど子どもっぽい。必死になってやりすぎた、そんな感じだ。
「……!」
そいつらの、さらに奥。くもり窓ガラスの真下に、縄で縛られた少年がうずくまっている。カトレア先輩のよりも、濃い色の金髪。蜂蜜色のこちらを見る大きな目は、涙で潤んでいた。私の横にいる樹希も気付いたようで、物凄く険しい目をチンピラどもに向けている。私も、胸のあたりがかあっと熱くなり、自然とそいつらを睨んでいた。
そんな私たちの前に立つ、カトレア先輩と慶先輩。さっき、注目を集めると言っていたが何をするのか。カトレア先輩は腕を組み、慶先輩は無表情のまま、それぞれ無言で立っている。
チンピラどもは、しばらく私たちと睨み合いを続けたが、少しして、沈黙を破り、野郎どもの中で一番体格の良い男が話しかけてきた。リーダー格らしい、ドスのきいた声だ。
「……お前らの中に、暁月はいねぇなあ。ビビって代役をよこしたか? まあ所詮、ただの『おぼっちゃん』だからな。しかも女が2人って……ナメてんだろ? アぁ?」
……恐い。チンピラでも恐いもんは恐い。
私たちが口を閉ざしていると、相手の男は眉を上げて、何かを言おうとした。
その時だ。
慶先輩が、いきなりリュックをドスッと下ろし、その中に手を突っ込んだ。何かをまさぐっている。
「!?」
チンピラどもが、動きに反射し見構える。目のギラギラ感がより一層増していた。視線は、リュックと、慶先輩の手元に注がれていた。私たちも、思わず凝視してしまう。唯一表情が無いのは、腕を組んだカトレア先輩だけだ。
慶先輩が取り出したもの……それに、カトレア先輩を除く全員があっけにとられた。
「CDプレイヤー……だと?」
モブキャラのお手本のようなチンピラの台詞。確かにそれは、白い、小さめのCDプレイヤーだ。コードがないため、充電式らしい。慶先輩は、電源を入れ、ボタンを数回押して準備を整えた。
何をしようとしているのか、誰も予想がつかない。沈黙の中、カトレア先輩が突如下を向いた。その動きにも過剰に反対するチンピラ。こいつら、案外ビビリなのか。
全員が、2人の様子に注目している。凍りついた空気。
慶先輩が、プレイヤーのボタンを押した。カトレア先輩が、片手をななめ上に挙げる。
流れだす音楽———
『本能寺の変♪ 本能寺の変♪』
「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」
『本能寺の変♪ 本・能 ・寺の変ッ♪』
さっきとはまた違う沈黙が、倉庫の中を支配する。
……凄い。
まさに完コピだ。「真似できてるねー」なんて、生易しいものではない。腕の角度、足の振り上げ、顔の位置、目線……全てにおいて完璧に、2人は踊っている。テレビで何度も何度も見た「エ●スプロージョン」そのままのキレで。しかも、ものすごい真顔で。それが、言葉にならないシュールさを醸し出している。
『どうして〜♪ どうして〜♪』
「……どうしてなんだろうな」
「……うん」
チンピラどもの中には吹き出すやつもいて、そのたびリーダーの男に睨まれていた。縛られている……なんだっけ。そう、セスも、ポカンとした顔をしていた。涙も引っこんでいる。
『付いたあだ名は…………ハゲ♪』
あ、また1人笑った。リーダーが、赤くなった鬼のような形相でそっちを睨みつける。だが、2人のダンスを止めることはできない。セスも、笑いを必死に堪えていた。
『そ・れ・が・本能寺の変♪ 本能寺の変♪』
リーダーの握り拳がブルブル震えていた。チンピラたちは、リーダーの顔色をうかがいながらも、ダンスから目を逸らせないでいる。私と樹希は、2人の完コピダンスを、凄いと思いながら、どこか呆れて見ていた。
『本・能・寺の変♪ 諸説あり』
最後のポーズまで、全て完璧。素晴らしいとしか言えなかった。無意識に、手を叩いてしまう。樹希も加わり、2人分の拍手がコンクリートの部屋に響きわたる。カトレア先輩が、ポーズを解き、こちらに向けて微笑んだ。
「ふっ……ざけんなよお前ら。バカにしやがって……!」
チンピラのリーダーが、タコのように真っ赤になった顔で叫んだ。その声に、他のチンピラどももハッとし、こちらを睨む。もう遅いような気もするが。カトレア先輩が不敵な表情になり、リーダーと向き直る。慶先輩も、薄く笑っていた。先輩は鼻を鳴らし、余裕たっぷりの、優雅な声音で朗々と話す。
「私たちの『本能寺の変』、いかがでした? それにしても、貴方たち……見事なアホ面でしたわね。舞ったこちらが、笑いそうになってしまうかと思いましたわ。あ、その称賛すべきマヌケ顔を記念して、このコがきちんと動画を録っていてくれていますわ。もちろん、貴方たちの顔を……ですわよ」
樹希が、物凄いゲス顔で手に持ったスマホを振った。楽しくてたまらない、といった表情だ。こいつ、いつの間に……
「てめえら……ブッ殺す!」
分かりやすい挑発に乗っかったチンピラどもが、少しずつ距離を縮めてくる。カトレア先輩と慶先輩は、突っ立ったまま動かない。さらに、じりじり距離を詰めてきた。全員、チェーンやらバットやらを持っているため、射程の問題もある。でも、へえ。バット投げないんだ。また、少しずつ、少しずつ迫ってきた。そろそろ危ない。そんな時。
———後ろの、窓ガラスが開いた。
ガラガラガラッと、大きな音に気づき、チンピラどもは歩みを止め、咄嗟に後ろを振り返った。そして、目を見開く。窓から乗り込んできた2つの影は、すたっと着地した。
「おっす! ありがとなお前ら。こっからは俺らのターンだぜ!」
「……お疲れ」
2つの影……もとい、昂先輩と司さんは、大きい目をさらに大きく開いたセスの頭を撫で回した。それと共に、セスの目に涙が溢れる。司さんが、小さなハサミで縄を切ると、セスは迷わずに司さんに抱きついた。チンピラどもをこっちに引きつけることで、後ろにセスを助け出せるスペースを作ったのだ。どうして今にも襲いかからないんだろう、チンピラどもは。
「暁月とあれ……相原じゃねーか……黛学園の不良ども10人と喧嘩して、全員ボコったって言う……」
なんだ、ただ単にビビってたのか。
まゆずみがくえん、とは私たちの通っている学園だ。まさか、学園内にも不良がいたとは。その不良を相手に……ああ、昂先輩ならやりそうなイメージは十分ある。
「俺らの学園は、知らないとこで腐ってるからなー。っていうか、その噂話間違ってんぞ。12人、な」
昂先輩が、唇の端をつり上げる。司さんも立ち上がり、チンピラを睨んだ。
「……許さねえから」
「だってさ。親友が言ってるんだから、協力するだろ、普通。ま、そういう訳で……」
「噂話通りになってもらうぜ、お前ら」
- Re:第二話 〜小さくて大切なモノ〜 ( No.9 )
- 日時: 2016/04/03 22:06
- 名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)
いきなり、司さんが動いた。
セスを抱きかかえ、「動くなよ」と念を押す。動揺しているセスを、昴先輩と司さんは、セスの背中をこっち側に向けて持ち上げた。
「樹希! いくぞー!」
「えぇ……俺すか」
「いいからー!」
樹希が舌打ちをし、両手を広げて腰を低くする。あ、読めた。これから何が起こるか分からない、おろおろしている頭の悪いチンピラをよそに、司さんと昴先輩は叫んだ。
「「せぇー……の!」」
セスが勢いよく倉庫の中を飛ぶ。呆気にとられるチンピラたちの間をすり抜け、こっちに向かって、一直線に。じたばたせず、じっとしていたため、大して軌道も変わらなかったのだろうか。危なげなく、樹希の腕に吸い込まれるようにして、セスは受け止められた。その顔を覗き込むと、涙目で口を引き結んでいた。カトレア先輩が、セスの頭を撫でる。同じ純日本人ではないところに安心感を感じたのか、セスはカトレア先輩に抵抗せず抱擁されていた。
「乱暴ですわね、あの2人は。もう大丈夫ですわよ……」
涙で制服が濡れるのを気にせず、カトレア先輩はセスを抱きしめ続けた。チンピラどもの視線を感じ、私はすぐに、銀の盆を盾のようにセスの前に掲げる。そして、一番近くでこっちをガン見していたチンピラを睨みつけた。
「ち……調子に乗りやがって!」
そいつが叫び、私に襲いかかってくる。睨むんじゃなかったと後悔しつつも、セスの前に盾にした盆はそのまま、放さなかった。
拳が振り上げられる。その瞬間、私とそいつの間に、慶先輩が割り込んできた。
「!? 危ないですよ……」
私が叫び終わる前に、慶先輩は、無表情で相手の顔面に緑色の物体をぶちまけた。相手が言葉にならない悲鳴をあげる。あぁ、リュックに詰め込んでたアイテムその2、わさびか……
目を押さえたそいつに、今度は樹希が立ちはだかった。すりこぎ棒でみぞおちに、強打をかます。うわ、痛そう。会心の一撃を食らった相手は、うめき声をあげ、2つに折れ曲がり床に伏した。樹希が、満面の笑みを浮かべて振り返る。
「1名撃破」
このシチュエーションとあの性格さえなければ、充分にイケメンだとすら思ってしまう笑顔。もったいない。
さらに、慶先輩がリュックからポットを取り出し、わざとらしく床に少しだけ熱湯を注いだりもした。樹希も、すりこぎ棒の先にからしを塗ったりしている。それだけで、次々に襲いかかろうとしていたやつらの足が止まる。火傷をしたり、目が開けられなくなる未来が見えたのだろう。賢明な判断だ。
セスの方を見ると、ようやく泣き止んだようで、目をしきりに擦っている。抱き締められて恥ずかしい、という思いもあるのだろうか。私は、盆を掲げる手に力を込めた。
向こうでは、司さんと、昴先輩がゆっくり歩き出した。それはもう、小腹空いたしコンビニ行くかーみたいな感じで。隙だらけだが、襲いかかるやつは誰もいない。チンピラどもは、2人をじっと見て、出方をうかがっている。昴先輩の冷たいニコニコ顔も、司さんの鬼のような形相も、どちらも恐い。
「うらぁぁぁぁっ!」
このまま怯んでいても仕方ないと思ったのか、1人のチンピラがバットを振り上げ、襲いかかった。一気に間合いを詰め、勢いをつけて昴先輩に降り下ろす。昴先輩は、ひょいっと後ろに跳んで避けた。そのままよろめいて前屈みになった相手の頭に、鋭いかかと落としを食らわす。ゴツっ、と派手な音がした。チンピラが床に額をぶつけ、2度目の大きな音を出す。そのままそいつはのびてしまった。
「うわぁ……弱いねぇ、動物園のおサルさんより弱いわ」
ははっ、と乾いた笑いを見せる先輩。目が笑っていないのも恐い。司さんも、ぎらぎら光る目で周囲を見渡す。やがて、誰かを見つけたのか、ゆっくりそいつに近づいていった。その視線をたどると、オレンジ色の長い髪をしたやつに行き着いた。カトレア先輩は、嫌な予感がしたのか、セスの目を手で隠す。司さんは立ち止まると、口を開いた。
「お前さ……セスをさらったやつだろ? 今日の朝」
「ああ……だ、だけど、オレは頼まれただけで、悪く」
言葉が途切れる。司さんが思いっきり、金属バットを横にフルスイングしたからだ。そいつは、かろうじて自分のバットで攻撃を受け止めた。高い、耳障りな音がする。司さんが、物凄い速さで追撃をする。それに応じ、チンピラもバットを振る。激しい打ち合いになった。チンピラの意識が、上半身に向く。
次の瞬間、司さんの足は、チンピラの股間を蹴り上げていた。そいつが、股間を押さえてうずくまる。完全に戦意を喪失した様子のそいつに、司さんは背を向けた。
「……あと3人か」
低く、ざらついた声に、チンピラどもは後ずさった。
- Re:第二話 〜小さくて大切なモノ〜 ( No.10 )
- 日時: 2016/04/16 14:13
- 名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=171.jpg
「ねえねえ、散々ナメてた俺たちにやられて、どんな気分〜?」
「す……すみませんでした……っ」
「感想になってねえよ。はいやり直し」
倉庫に響く、ねっとりした声。そして、悔しさがありありとにじんでいる声。私の目の前では、ロープでぐるぐる巻きにされたリーダーを、昂先輩と樹希が責め立てている。もちろん、意味ありげにスマホを掲げながら。2人のゲスい顔に、私はいささかげんなりしていた。動画なんか録って、何に使うの、脅し?
「それもある。あと、家でじっくり楽しむ用」
「あ、俺も俺もー!」
「……どん引き」
ため息が自然とこぼれる。今の会話をセスに聞かれなくて良かった。ちなみにセスは、カトレア先輩、慶先輩、司さんに倉庫の外でなだめられている。どうして私がゲス組と一緒なんだ……
不意に、昂先輩がスマホをズボンのポケットにしまい、リーダーに向き直った。真面目モードになったようだ。軽いけれど、逃げを許さない口調で、ゆっくり問いただす。
「でさ、本題だけど。どーしてセス君をさらったのかな? 分かってるよ、司をおびき出すためだって事は。俺らが知りたいのは、むしろそっち」
「……頼まれたんだよ。暁月組の組長の跡取り息子を、捕まえてこいって、小乃組の奴らからな。何でかは知らねえ」
「……おのぐみとは?」
「ここら組で活動してる、でかい組だよ。そいつらに目えつけられるなんてな、司。で、司と仲良くなったセスをさらったってわけか」
リーダーが大きく頷く。樹希は、冷めた目でそっちを見た。しばらく考えていた昂先輩は、急ににっこり笑う。そして、片手をひらひら振った。
「よし分かった。ありがとーな。じゃ、また」
踵を返し、此処から立ち去ろうとする。樹希が、鼻を鳴らしながらそれに続いた。私も慌てて後を追う。倒れている男たちを避けながら進むのは、中々にグロテスクだ。後ろから、縄を解いてくれ、という非痛な叫び声が聞こえたが、完全に無視。縄はとてもきつく絞められたようなので、かなり暴れないとほどけないだろう。ようやく解けたとして、体、腕の痺れは酷いものだと思われる。まさに、想像を絶する辛さだ。えげつねえ……
赤い扉の前で、昴先輩と樹希は立ち止まり、後ろを振り返った。私も2人の横に並ぶ。昴先輩がいつもの明るいニコニコ顔を見せたと思った瞬間、鋭い、きつい目でリーダーを睨みつける。口角は上がったままだ。樹希の無表情も、相手を圧倒するような冷たさがあった。昴先輩の口が開く。
「今度俺らにちょっかいかけたら、これじゃ済まさないから。その時俺らが何するかは……」
「ご想像にお任せ、だな!」
暴れるのを一瞬でやめ、大きく頷くリーダーを尻目に、私たちは倉庫から出た。大きな音を立て、扉が閉まる。
「あ……!」
すぐそこで待っていた4人の中で、いち早く私たちを見つけたのは、セスだった。びくっと肩をすくめ、司さんの後ろに隠れる。見え隠れする蜂蜜色の瞳は、涙で潤んでいた。昴先輩が、セスに気付き、近づいていく。司さんは止めようとしたが、構わずにセスの前にしゃがんで、視線を合わせた。そして、ふわっと笑う。
「……司、いい兄ちゃんだろ? お前の為に死ぬほど走って来たんだ。こんな性格だけど……意外と優しいんだぜ?」
「…………知ってる」
昴先輩はとても満足そうに頷き、呟いたセスの頭をわしゃわしゃ撫で回した。司先輩のズボンをぎゅっと握るセスが、照れているように見えるのは気のせいか。
「……昴。色々とありがとな。セスも無事だったし……本当に良かった」
「おう、気にすんな! 俺らは茶会部だし、悩みを聞くのは当然だし。何より俺ら、ダチだろ?」
「というか、もう7時ですわ! さ、帰りますわよ!」
「……うん、帰ろう」
2年生の皆が歩き出す。私たち1年2人も、後ろについて歩いた。
「……なんかさー……茶会部って、いっつもこんな感じなの?」
「……そうだけど。オカルトマニアの人もよく来るし、生徒会のやつもたまに来る。依頼とかいっつもこんなんだし」
「……へえ」
今日は本当に疲れた。大きく伸びをすると、肩がボキボキいう。だが、不思議と足取りは重くなかった。むしろ軽いし、明るい。
そういえば、辺りはもうかなり暗い。
伸びのついでに空を見ると、深い闇に銀色の星屑が輝いていた。
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さて、この度、参照300を突破致しました!
これも応援して下さった皆様のお陰です。本当にありがとうございます!
上のURLは、友人作のつばめです。許可とってます。上手さはさておき、自分のイメージとかなり合致していたので、イメージ画としても使えます。
他のみんなもいつか、描いてもらいたいですね。
これからも、茶会部のみんなを、それからこの私めを、よろしくお願いします!
- Re:第二話 〜小さくて大切なモノ〜 ( No.11 )
- 日時: 2016/05/03 21:33
- 名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)
「じゃーな……イギリスでも、頑張れ」
「……うん」
抜けるような青い空、ゆっくり流れる白い雲が浮かんでいる。穏やかな風で、少しだけ寂しそうなセスの金髪が揺れた。
イギリスに帰るセスを見送りにやって来た私たち。しかし、セスのお母さんの実家は、大豪邸だった。広すぎる庭や門まであるし、車は当然の如く黒塗り。詳しくないので、車種は分からないが、とにかく高級であることはハッキリと確認できる。車を傷付けまいと、そばを通るときは緊張でガチガチだった。
あの夜の後、セスは両親からたっぷり絞られた。母親の母国を旅行中に家出など、言語道断だと。そして、私たちに謝って謝って……私たち皆がついて、セスは無事家に帰れたのだ、と。あれはキツいお説教だったな、と、思い出してみる。
「……それにしても、セスの母さんの実家広いなぁ。俺のアパートの部屋いくつ入る?」
額に手を置き、ため息をつく昴先輩を横目で見ながら、司さんがセスに問う。
「お前、なんで家を飛び出したんだ? 理由があったんだろ?」
「……」
優しいが、はっきりとした口調にセスは少しうつむき、小さな声で話し始めた。
「……家から、出させて貰えなかったんだ。異国は危ないって、執事やメイドの皆が……」
「し、執事……メイド……」
そこにつっかかるか、昴先輩。
「父さんと母さんは、仕事ばっかりで僕にはかまってくれないんだ。小さい頃、遊んでくれた覚えだってないのに……僕、もう大きくなって、もっともっと興味ない人になったのかなあ」
言葉の終わりに向かうごと、声が震え、小さくなっていく。最後には完全にうつむき、黙り込んでしまった。
あぁ、そっか。
セスはあの時……親からお叱りをくらった時、下を向いてたから気付かなかったのか。
2人の親の目の端の、きらきら光るものに。
私たちは顔を見合わせ、その後司さんに視線を送る。司さんは頷き、セスに歩み寄ってしゃがみこんだ。そして、頭をゆっくり、ゆっくり撫でる。
「……親にとって、お前はまだまだ子供だよ。まだ頼りなくて、まだ幼くて、まだ弱くて、まだ小さくて……これからずっと、大切なものだ」
「…………」
ぽろぽろ、雫がセスの頬を伝い、地面に落ちる。
セスは乱暴に目を擦り、ばっと顔をあげた。
「ありがとう、司お兄ちゃん。みんなも」
まだ涙で濡れている瞳は、真っ直ぐで力強い。大丈夫だろうな、という安心感すら覚えた。セスはきっと、イギリスでも元気にやれる。
私たちは、顔を緩めてセスの頭を撫でた。
「ちょっと! 恥ずかしいよ! ……あ、そうだ。カトレアお姉ちゃん」
「ん? なんですの?」
「これ」
「……!」
セスが、足元の紙袋から取り出したのは、緑色の紙に包まれた、缶。カトレア先輩は、それを見て目を丸くしている。セスがそれを渡すと、なんとも言えない表情で受け取った。
「お茶会で使ってよ。安いものだけど」
「フォートナム・アンド・メイソン……あ、ありがたく頂戴しますわっ!」
缶を抱き締めて、恍惚としている。
「あの……これは……」
「……紅茶の茶葉だ。あれ。きっと有名なものなんじゃね」
「なるほど……」
さすが茶会部。
「じゃあね、皆! またきっと会いに来るから!」
「おう、じゃーな!」
「また」
「気を付けるのですわー!」
車の窓ガラスごしに、ブンブン手を振るセスに負けじと、私たちも手を振る。小さくなっていく車を見ながら、司さんが小さくため息をついた。それに気づいた昴先輩が、司さんの肩に手を置く。
「なぁ司」
「……なんだよ」
「飲むぞ!」