複雑・ファジー小説
- Re: 【吸血鬼】Into the DARK‐グリース戦記‐ ( No.6 )
- 日時: 2016/03/10 18:48
- 名前: ヒュー ◆.GfDNITtF2 (ID: m.v883sb)
裏切り者。義兄をそう呼ぶ者が間違ってはいない事くらい、ハルは知っていた。
人類から見れば、ミカヅキという存在は汚い裏切り者に過ぎない。
———今から十八年前、吸血鬼達は突然、此処グリースの街に現れた。白銀に変色する髪と七色の瞳を持つ彼等は、その絶対的な力でここグリースを支配下に置き、街のシンボルである古城を《ネグル》と名付けて棲みついた。瞬く間に吸血鬼の国《帝国》と化したグリースの住人は、ほとんどが王都へ逃げていってしまう。残ったのは、王都に行く金もない貧民や、ミカヅキとハルの様な孤児だけだ。
かつての都市を取り戻すべく、国は即座に《聖軍》を結成した。《聖軍》とは王国軍の精鋭を将軍に置き、実践経験の豊富な戦士達で結成された対吸血鬼部隊———という名目だが、実情はよく分からない。というのも、《聖軍》の活動は極秘とされており、何処で、どのような活動を行っているかが不鮮明なのだ。巷では、もう既に全滅したのでは、とも囁かれている。
そんな、とても平和とは言えない街で、ハルとミカヅキが暮らしているのには訳があった。
2人には親がいない。ミカヅキのことはよく分からないが、ハルには両親の記憶が一切無く、最初の記憶には既にミカヅキしか居なかった。その頃のミカヅキは血色がよく、足も速かった覚えがある。この街唯一の商店で働き、給料を貰えなかった時には盗みもして幼いハルを支えていた。しかし今の彼に、その頃の面影は無い。
ハルの頭がミカヅキの胸あたりにきた頃、ミカヅキは突然言った。
『俺は吸血鬼に血を売ろうと思う』
勿論、ハルは反対した。幼く拙い言葉で、どうにか兄を止めようとした。
『僕も働く!』
ハルがそう怒鳴っても、ミカヅキは考えを変えなかった。結局その次の日、ミカヅキは金貨でいっぱいになった袋を持って帰って来たのだった。
その日からずっとミカヅキは、一般人なら絶対に近寄らない吸血鬼の城《ネグル》に通っている。
「兄さん、もう食べないの?」
シチューを胃に流し込みつつハルが聞くと、ミカヅキは困ったように微笑んだ。
「済まない、いささか食欲が無くてな」
「……そっか」
また体調が悪いの? と言うことは出来なかった。ハルを養う必要が無ければ、ミカヅキには血を売る必要なんて無い筈だから。
済まないね、と繰り返したミカヅキは、自分の焼き魚に薄布を被せる。静かに合掌すると、ふらつきながらも立ち上がった。
「今日はもう寝るよ。ハルも早く寝た方がいい」
「分かってる。片づけが終わったら俺も寝るから。……おやすみ」
ミカヅキは寝室の扉を半分開けたところで、動きを止めた。
「ハル」
冬の澄んだ空気のような、凛とした声に、ハルは振り向く。
「どうしたの?」
ハルが問うても、ミカヅキはしばらく動かなかった。複雑な感情が蠢いているその瞳に、ハルは何故か焦燥を感じた。
なにか、なにかが遠ざかっていくような予感がする。いつもは気にも留めないような、些細ななにかが。どこか、懐かしい感情だ。
(———サクラが死ぬ前の夜)
昔2人で飼っていた猫が寿命で死ぬ前の夜と同じ感情だと、ハルは思った。
きっと明日は生きてはいないのだろうと思いながら、ぱさついた体毛を涙で濡らしたあの夜と。
「……何でもない、おやすみ」
ミカヅキは、嫌な胸騒ぎを残したまま、寝室へと消えた。
その背中はハルより大きい筈なのに、弱々しく、小さく見えた。
次の日、ネグルへ出かけていったミカヅキは、夜になっても帰ってこなかった。