複雑・ファジー小説
- Re: 【吸血鬼】Into the DARK ( No.14 )
- 日時: 2016/03/25 16:02
- 名前: ヒュー ◆.GfDNITtF2 (ID: m.v883sb)
○第四話 ヴェルジュ○
ヴェルジュの態度は豪奢な自室に入っても変わらず、言葉遣いも丁寧だった。
リッダは目の前に置かれた紅茶を睨む。
「毒は入っていないわよ?」
ヴェルジュは困った様に微笑んだ。その野良猫を労わる様な視線に、リッダはいらついた。優しい人は昔から苦手だ。絶対に裏の顔を持っているような気がするし、もしも持っていなくとも、疑ってしまう自分が嫌になるから。
リッダは改めてヴェルジュを見た。紅茶をすする動作は優美で、作法をよく知らないリッダでも、正しい作法に則っていることがなんとなく分かる。
「紅茶は嫌いなの?」
「……いいえ」
リッダが首を横に振ったとき、広い部屋の奥からひとりの少年が現れた。小さな体を高級そうな燕尾服で包んだ少年は、片眼鏡をかけている。幼い外見と服装には大きな差異があるが、何故かそれが似合っていた。
少年は、ソファに座ったリッダを、たれ目ぎみの三白眼で見下ろす。
「私の淹れた紅茶が飲めないとでも?」
その高圧的な態度から、リッダは察した。
(この子も、吸血鬼だ)
少年を見つめ続けるリッダをくすりと笑い、ヴェルジュが少年を指す。
「この子はラーフ。私の直属の部下よ」
ラーフは恭しい態度で頭を下げるが、その口はへの字に歪んでおり、唇の隙間からぎざぎざした歯が露わになっていた。今にも唾を吐きそうな苦々しい顔だが、ヴェルジュに言われるまで此処を去る気は無いようだ。
「ラーフ、今、リリーはいるかしら?」
「リリーですか」
ラーフは呟くと、少し考え込む。
「確か、先程まで吸血をしておりました。しばらくすれば戻ってくるでしょう」
「分かったわ、ありがとうね。下がって」
ヴェルジュの笑顔に、ラーフは心底嬉しそうに微笑んだ。それを見て、リッダはこんな顔もできるのかと、少し驚く。ラーフが表情を緩めたのは一瞬で、その童顔はすぐにしかめられた。
「ふん、ヴェルジュ様のお心遣いに感謝するのだな、小娘。だが忘れるな、私はお前を見ているぞ」
「……?」
リッダがその言葉の意味を図りかねていると、ラーフは踵を返して立ち去った。
その小さな後ろ姿に、ヴェルジュは微笑む。まるで自分の家族を見ているような、穏やかな顔だ。
- Re: 【吸血鬼】Into the DARK ( No.15 )
- 日時: 2016/03/27 18:04
- 名前: ヒュー ◆.GfDNITtF2 (ID: m.v883sb)
「早く、話してくれる?」
リッダが急かすと、ヴェルジュはごめんなさいと笑った。
「そうね。貴方を此処に連れてきた訳を、話さなくてはね」
唾を飲んだリッダは、静かに彼女の言葉を待つ。
「貴方には……聖軍の、偵察をして欲しい」
「……」
思いがけない言葉に、リッダは沈黙した。そして、絞り出すように問う。
「……どういう、こと」
リッダの息が、冷めた紅茶に波を立てた。
呆然としたリッダに、ヴェルジュは優しく答える。
「まずは前提から説明しましょう。私達吸血鬼には、3つの掟があるの」
「……」
「1つめは、皇帝の意思に反した行動をとってはいけない。2つめは、ネグルにある《奥ノ間》に立ち入ってはいけない。そして3つめが———異性の人間の血を吸ってはいけない」
「それがどうしたっていうの?」
リッダが聞くと、ヴェルジュは厳しい顔でリッダを見つめた。その顔に先程までのような穏やかな微笑みはない。
「ここから話すことを聞けば、貴方は引き返せなくなるわ」
リッダはヴェルジュの美しい顔の裏に隠れたものを読み取る様に、青い瞳を見つめ返す。しかし、切れ長の目は宝石の様で何の感情も映していない。
「私がこれを引き受けて、報酬はあるの?」
「あるわ」
ヴェルジュが即答したので、リッダは不意を突かれる。
「これからの貴方の生活を保障する。貴方が飢えることも苦しむことも、絶対にない生活をあげるわ」
「……それだけ?それだけのために、人類を裏切れと?」
冗談じゃない、とリッダは吐き捨てる。
「私は貴方達に頼らなくても生きていける」
「じゃあ、貴方に力をあげるわ。そこらの人間や、獣や、下等な怪物には負けない力」
ヴェルジュの返答に、リッダは目を見開き体を震わせた。
改めて、この得体の知れない美女に恐怖を感じる。
「私の事を知っているの?」
微かに震えるリッダの声に、ヴェルジュは微笑んだ。それは獲物を見つけた獣の顔だ。
「どこまで知っているかは、分からないけど。少なくとも、貴方の故郷の秘密は知っているわ」
「……!」
「貴方は、復讐したくないの?」
「何、に」
もう、リッダはかすれた声しか出すことが出来ずにいた。
(何で、この人が、知っているの……)
まさか情報が流出したとは思えない。馬鹿馬鹿しいほどの秘密主義だった彼等が、秘密を守るためだけに山奥に閉じこもっていた彼等が、あの事を他言するとは思えない。もしかすると、ヴェルジュは鎌をかけているだけかも知れない。
それでも、リッダはヴェルジュの誘いに魅力を感じざるを得なかった。
そんなリッダの心情を見抜いたように、ヴェルジュは言葉を紡ぐ。
「醜い、憎い、怪物に」