複雑・ファジー小説

Re: 【吸血鬼】Into the DARK【第二章開始】 ( No.21 )
日時: 2016/04/06 15:30
名前: ヒュー ◆.GfDNITtF2 (ID: m.v883sb)
参照: 細々とtwitter始めました。更新日など呟きます。@hyu_uehashi


 心地よい温もりに身を委ねていたハルの肩が、控えめにつつかれた。

「起きろ。朝食の時間だ」
「……んー……」

 その指から逃れようと身をよじったハルは、慌てて飛び起きる。急な動作に視界が歪んだ。
 指の主は眼前のアレクであった。その巨漢はすこし汗ばんでいる。

「自主訓練ですか」
「ああ」

 シャツを替えて制服を着るアレクに倣い、ハルも制服に腕を通す。

「……今度、自主訓練に行くとき、起こしてもらってもいいですか」

 ハルの言葉が意外だったのか、アレクは眉を上げた。しかしすぐに頷くと、ベッドのシーツをはがし始める。
 ハルが聖軍となってから2週間が経過していた。此処での生活には随分慣れたが、朝、誰かに起こされるという感覚は今でも新鮮だ。
 パネの世話係を任されているハルだが、基本的な生活は他の兵と変わらない。朝食を食べて朝の訓練をこなし、昼食が終わればまた訓練、休憩を挟んで訓練。たまにパネに呼ばれて部屋の掃除や荷物の運搬などをさせられるが、それだけだ。
 訓練ばかりの日々に焦りを感じたハルは、ある日通りがかったラドルフへ噛みついたが、冷たくあしらわれた。その時の臭い息と共に吐かれたラドルフの言葉は、今でも脳内にこだます。

『お前は到底奴らには敵わない。そしてそれは聖軍も同様だ、今の戦力じゃあいつらの根城に乗り込んでも全滅するだけだ。』

 あの勝気なラドルフの顔に滲み出ていたのは、無力感だった。

「洗濯物持ったか」
「はい」

 ハルとアレクが部屋を出ると、廊下には数人の人影があった。洗濯物を係の兵士に手渡していると、兵士たちの中に、ハルは見覚えのある顔を見つけた。

「あ、ハルじゃない」
「……メリィさん」

 メリィはハルの方へ寄ってくると、ハルの頭をぽんと叩く。

「来た時はあんなに生意気だったのに、あんた、随分丸くなったね」
「……あの時は、すみませんでした」
「はは、いいよ別に。これからは気をつけなよ?」

 頭を上げたハルに、メリィは片目をつむった。いたずらっ子の様な表情に、ハルは少し首を捻る。

「あんたに、プレゼントがある。朝食が済んだらすぐに02号室に行きな」
「はぁ」

 ハルが頷くと、メリィは食堂へと去っていった。アレクに促され、ハルもその後に続いた。
 此処は最初にハルが予想した通り、地下にある聖軍の本拠地だった。地上への出口は複数あり、ハルとミカヅキの家と同等な広さの部屋が、いくつも横に繋がっている。アレクの話によれば、元々は国の管理する研究所だったらしい。国が造っただけあって、相当に広い施設だ。
 朝食をとり、食堂を出たハルは02号室へ向かった。

(01号室は将軍の部屋で、02〜04号室は副将軍の部屋だから……アルト副将軍の部屋だ)

 人の良さそうな笑顔を思い出し、ハルは胸を撫で下ろす。3人の副将軍のうち、《死神》と呼ばれるラルムだけはどうも苦手だった。第一印象もその理由の一つだが、聖軍内部から恐れられているという事が不気味だ。
 02号室の前で、ハルは立ち止まった。控えめにノックをして名乗ると、中から「入って」と明るい声が返ってきた。

Re: 【吸血鬼】Into the DARK【第二章開始】 ( No.22 )
日時: 2016/04/10 09:57
名前: ヒュー ◆.GfDNITtF2 (ID: m.v883sb)

 一般兵の部屋よりも少し広い部屋の中で、黒髪の青年が立っていた。訓練などで遠目から見たことはあったが、結構整った顔立ちをしている。黒い瞳が、ハルを捉えた。

「やあ、ハルくん。もう知っていると思うが、俺はアルト=エターニアだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」

 アルトと握手を交わしたハルは、椅子に腰かけたアルトを見つめる。アルトが机の下から取り出したのは、

「……あ」
「もしかして、忘れてたか?」

 忘れるはずなど無かった。それは、ハルにとって思い出の詰まったものだから。しかし、あの場所に置いてきたものとばかり思っていたから、ハルは目を見張る。
 ———ミカヅキの《聖剣》。
 十字架が刻まれた鞘は、黒くつやつやと光っている。ハルが最後に見た時より輝きを増した様に見えた。

「将軍から、君の覚悟が本当かどうか分かるまで、預かっていてほしいと言われていてね。そろそろ良いかなと思って……はい」
「ありがとう、ございます」

 アルトから手渡された剣は、ずしりと重かった。それは鍛えられた鋼の重みで、殺傷力を持つ武器の重みだ。

「一応、手入れもさせて貰ったけど、良かったかな?」
「あ、はい。僕は何も分からないんで……ありがとうございます」
「それは、君のお兄さんの剣かい?」

 その問いにハルが頷くと、アルトはそうか、と呟いて、

「その剣は東方で作られる剣だ。この国の職人には作れない」
「東方の国は統合されたじゃないですか」

 だからこの剣を作った者もこの国の者といえるだろう、とハルが言うと、アルトは悲しげに目を伏せた。

「東ノあずまのくにの刀鍛冶は今頃牢獄の中だよ」
「……何故ですか?」

 ハルが問うと、アルトは独り言の様に言う。

「この国の植民地政策はうまくいっていない。東方の人々に対する差別は続いているし、王都にも無理やり移住させられた者がいる。これじゃあいつまでも反乱の可能性は消えない。王も考え直すべきだと思うがね……」
「……」

 黙り込んだハルを見て、アルトは微笑んで頭を掻いた。

「ごめんよ、重い話して」
「いえ、大丈夫です」
「ところでさ、」

 言いかけたアルトに、ハルは首を傾げて話を促す。

「聞いていいかな」
「何ですか?」
「……君は何で、聖軍に入ったの?」

 その質問に対する答えなど、決まっていた。

「ネグルへ行った義兄を、助けるためです」

 単語ごとに力を込めて、ハルは答える。

「そっか」
「あの、」
「何だい?」
「アルト副将は、何故、聖軍に入ったのですか」

 アルトに驚いた様子は無かったが、しばし沈黙した後、穏やかに微笑んだ。

「吸血鬼を、殺すためだよ」