複雑・ファジー小説
- Re: 【吸血鬼】Into the DARK【第二章開始】 ( No.25 )
- 日時: 2016/04/17 15:33
- 名前: ヒュー ◆.GfDNITtF2 (ID: m.v883sb)
✝第二話 遭遇✝
アルトの部屋を後にしたハルが自室に戻ると、ハルのベッドにはクロードが寝ていた。
「お帰りぃー」
「ただいま……です」
ひらひらと手を振るクロードにハルは頭を下げた。そんなハルを見てクロードは笑う。
「まだ固いなあ、ハル」
「いやでも、先輩だし」
「そんなこと気にするなって……そろそろ巡回の時間じゃねえのか?」
クロードに言われ、ハルははっとした。今日は朝食後から街の巡回に出るのだった。
「わっ、忘れてた……、クロードさん、何かベルトありますか?」
「え?ベルト?……ああ、剣を吊るすのか」
ぽんと手を打ったクロードは、自分のつけていたベルトをハルに放る。
「いいんですか?」
「いーよいーよ、持って行って。今日は俺非番だからさあ」
その軽い態度にハルはため息を吐きそうになるが、今は時間が無い。クロードに礼を言って、部屋を飛び出した。
ベルトをつけながら地上へ続く階段を駆け上がったハルは、そこにいた人影に頭を下げる。
「すいません、遅れました……!」
「時間厳守は基本。特に君は新入りなんだから、気を付けるように」
そう言ってハルを睨みつけたのは、ラルムだった。ハルより少し小さい背中に、神話に出てくるような大鎌を背負っている。なるほど、これは死神と呼ばれるわけだ。
謎が解けて少し落ち着くハルに対し、ラルムは眉をひそめたマンだった。その冷やかな表情に、ハルは心の内で顔をしかめる。……初めての巡回がラルムの引率とは。
「ハル、そんな顔するんじゃないよー。ラルム副将はあんたより遥かに偉くて強いんだからなー?」
少しおどけた様子でハルの肩を叩いたのは、メリィだ。腰には十字架を模した剣を提げている。白い鞘に青い装飾が施された、豪奢な《聖剣》だ。刀剣類には疎いハルにも、それが値の張るものであることが分かった。
「別に変な顔してないです」
「いや、ちょっと嫌そうな顔してたぞ?」
にやっと笑うメリィの後ろで、ラルムが不機嫌そうな声を上げた。
「もう時間。行くよ」
「了解です、ラルム副将」
「……はい」
表情を引き締めたメリィに続き、ハルも頷く。重い鉄製の扉が、ラルムによってゆっくりと開けられる。ハルが地上へ出るのは、あの吸血鬼に遭遇した時以来だ。扉の隙間から滲み出す空気の匂いに、ハルは懐かしさを覚えた。土と雨の匂い。
土の上に立った3人は武器の最終点検を行い、ラルムを中心に今回のルートと任務内容を確認する。
「さっき小雨が降ったみたいだけど、まだ雲は厚い。吸血鬼は十分活動できる光量だ」
「そうですね、住宅地に近いルートを行きましょう。ネグルの近くは危険です」
「9時4分、ラルム・メリィ・ハル班、Cルートを巡回……と。行くよ」
レポートをしまったラルムを先頭に、3人は歩き出した。
- Re: 【吸血鬼】Into the DARK【毎週日曜更新】 ( No.26 )
- 日時: 2016/04/24 20:38
- 名前: ヒュー ◆.GfDNITtF2 (ID: m.v883sb)
ハルが久しぶりに見るグリースの街は、記憶より荒廃して見えた。しかし、自分の生まれ育った場所であることに変わりはなく、見飽きた風景はハルに少しだけ安らぎを覚えさせる。
ハルが買い物に行く商店の近くを通ったが、痩せ細った噂好きの女達は見当たらなかった。いつも、商店付近で万引きの機会を窺っていたのに。
「いい?巡回はなるべく、住人に気づかれないように行うの」
「何故ですか?」
「吸血鬼の外見は、普段は人間と変わらないから。吸血鬼が《適合者》を探して街に出てる場合もあるし」
「……なるほど」
《適合者》とは、ある吸血鬼の体質に合う血を持つ人間のことを指すという。個体によって好む血の種類が違うため、地位の低い吸血鬼は自分で街に出て《適合者》を探す場合もあるのだ。
また、吸血鬼には7つの種類があり、それぞれ変化後の瞳の色で判別されるそうだ。月種、蒼種、緑種、紫種、緋種、灰種、そして吸血鬼の言葉でしか存在が確認されていない———紅種。
そんな風に巡回の仕方や吸血鬼の習性を教わりながら、ハルは歩を進める。
ようやく中間地点にさしかかろうかというとき、ラルムが足を止めた。曲がり角を今まさに曲がろうとした時だった。
『動くな』
唇の動きだけでそう伝えたラルムは、背の大鎌に手をかける。一瞬にして緊迫した空気が張り詰める曲がり角で、メリィが聖剣を抜くのが分かった。ハルも自分の剣に手をかけるが、何が起こっているのかわからない。
(何だか……いい匂いがする)
まるで百合の様な香りだ。甘い匂いがハルの鼻の先をくすぐる。ハルは辺りを見回すが、花らしきものは見られない。
「出て来い」
ラルムの低い声を聞いてか、姿を現したのは一人の少女だった。
歳はハルと同じくらいだろうか。綺麗に編まれた髪を顔の横から垂らしている。痩せた四肢やその愛らしい顔立ちは人畜無害そうな雰囲気を漂わせている。
少女は3人の構える武器を見て、訳が分からないという風に動揺を露わにした。
「な、何ですか……、いきなり……!私、何も……」
少女が声を発した瞬間、ハルの体を駆け巡るものがあった。
それは悪寒や不快感にも似ているが、少し懐かしいような感覚だった。寂寥のような感情が無意識のうちに沸き上がり、ハルはその気持ち悪さに顔を歪める。自分が意図していないのに、心がざわめいて波を立てる。心臓がひとりでに昂って、体温が上がってくる。
そのまま泣き崩れそうな少女に、ラルムは冷たい声を投げかけた。
「あんたが誰かは分かってる。さっさと化けの皮を剥がせ」
その言葉を聞いた少女の顔が、一変した。それは数多の死線をくぐり抜けてきた兵士のように冷静で、引き締まった顔。3人を見下すようにかくんと首を傾げた少女は、眉をひそめて呟く。
「《死神》……」
目を見開いたハルを守るように、メリィが一歩前へ出たその時———
「わざわざ死にに来たのかァ?この下等生物が」
少女の口から出たのは、先程の様子からは想像のつかない汚い言葉だった。
それを合図にしたかのように、少女が輝いた。———いや、輝いたのではなく、体中の色素が限りなく薄くなったのだ。藍色だった髪は白銀へ、深い緑の瞳は薄い黄緑へ、肌は健康的な白から青みが買った白へ。
緑種の吸血鬼としての姿を現した少女は、憎々しげに口を強く結んだ。
- Re: 【吸血鬼】Into the DARK【毎週日曜更新】 ( No.27 )
- 日時: 2016/05/09 00:12
- 名前: ヒュー ◆.GfDNITtF2 (ID: m.v883sb)
「あいにく俺は用事があってなァ、お前らの相手なんてしてる暇ねえんだよ」
「じゃあ、何故そんな姿になっている?」
その人間離れした風貌を顎で指したラルムの質問に、少女はぎりりと歯を鳴らして答えた。
「しょーがねえんだよ、これは。なっちまうんだからよォ」
「……?」
ハルの横で、メリィが眉をひそめる。
(吸血鬼の変身は、意図しなてくても起こるのか……?)
ラルムも不思議そうにしていることから見て、まだ吸血鬼について解明されていないことは多そうだ。そんな正体もよく分からないものを、自分はこれから相手にしなければならないのかと思うと、ハルは生きた心地がしなかった。現にその『よく分からないモノ』は目の前にいて、その態度は決して友好的とは言えない。
睨み合いが続く中で、最初に動いたのは少女だった。地面に唾を吐き捨て、踊るように3人に背中を向けた。最初の一歩を踏み出す前に、少女はゆっくりと振り返る。彼女はハルとメリィの方へウインクをすると、ラルムに向かって口を歪めた。先程の清楚な印象とは真逆の、俗っぽい笑みだ。
「また今度、時間のある時に遊んでやるよ、《死神》ィ」
「待っ……!」
少女は文字通り風のように、すっと街を駆けていった。ハルがその姿を確認できたのはほんの僅かな間で、その白銀の頭髪はすぐに視界から消える。それは以前ハルが見た吸血鬼よりも速く、洗練された動きであった。
吸血鬼を追いかけようとはせず、ラルムは大鎌を構えたまま立っていた。ハルが見たその横顔は、何かを思案しているように見える。
「ラルム副将」
立ち尽くしたままのラルムを見かねてか、メリィが静かにその名を呼んだ。ラルムは制服の裾を翻して、本部の方へ走り出す。
「将軍に報告する。お前らも来い」
「了解です」
「はい」
ラルムの後を走りながら、ハルはふと思う。
(ラルム副将やメリィさんは、何故聖軍にいるのだろう)
それは、今日アルトと話したときから、ずっと思っていることだった。
こんな無謀な戦いに彼等を繰り出すものは、一体何なのだろう。
その疑問は、ラルムの小さな背を見て、さらに強まるのだった。