複雑・ファジー小説

Re: 【吸血鬼】Into the DARK【毎週日曜更新】 ( No.28 )
日時: 2016/05/14 21:05
名前: ヒュー ◆.GfDNITtF2 (ID: m.v883sb)

✝第三話 交差✝

 ラルム、メリィと共に将軍への報告を終えたハルは、ひとり遅めの夕食をとろうと、ある場所へ向かっていた。
 地盤を削って造られた殺風景な此処で、唯一植物のある場所。そこは『休憩所』や『花壇』と呼ばれていて、非番の兵士たちの憩いの場でもある。
 アレクが取り置いてくれていた夕食とランプを持って、休憩所の開け放たれた扉をくぐると、大きな円が描かれた天井が目に入った。此処は本部の中でも地表に近いところにあり、天井の円の部分は取り外しができるため、そこから太陽光を取り入れて植物を栽培することができるのだ。聖軍本拠地の位置は機密事項だが、なんでも此処は立ち入り禁止区域の地下にあたるらしく、見つかる心配は無いとのことだった。
 壁に沿うように置かれた花々に囲まれたベンチに、ハルは先客の背中を見つけた。

「……メリィさん?」
「あ、ハル」

 先客はメリィだった。メリィは立ち去ろうとしたハルを、手招きして引き留める。

「いいよ、座って、横」
「失礼します」

 小さな椅子に、ハルは腰を下ろす。木製の椅子がぎしりと鳴った。その音や黒ずんだ断面から、かなり年季の入ったものだと分かる。ハルは夕食の包みを広げ、噛みつくように食べ始めた。濃い味付けに慣れたからか、疲労が溜まっていたせいか、形や大きさがばらばらの肉片はどんどんハルの喉へ吸い込まれてゆく。
 無言で食事を続けるハルを、メリィは黙って眺めている。その眼差しに、ハルはふとミカヅキの面影を見た。

(何故だろう)

 何故、物静かで体の弱い兄さんと、聖軍の女騎士が重なるのだろう。
 ハルが最後の肉片を嚥下したとき、メリィは独り言のように呟いた。

「私には、肉親がいない。物心ついたときにはもう、孤児院にいた」
「……僕もです」

 ハルはメリィと向き合う。いつも強い意志で満ちている瞳には、薄く影が差していた。ランプで照らされたメリィの首筋には、吸血鬼との戦いでできたのだろうか、小さな傷跡がある。

「僕には義兄しかいませんでした。生まれたときからずっと」
「そっか」
「はい」

 しばらくの沈黙の後、メリィが口を開いた。

「君のお兄さんのことだけど」
「何ですか?」

 ハルは夕食を包む手を止め、メリィの言葉を待つ。

「多分……これは私の推測だけど、君のお兄さんは生きているはずだ」
「……」
「……昼に言った《適合者》の話は覚えてる?」
「はい」
「お兄さんはきっと……上層部の吸血鬼の、《適合者》だ。最近になって、吸血鬼の動きが少なくなっている。何か大きな動きが、あるかもしれない」
「……」

 その説を、ハルは信じるしか無かった。ミカヅキが地位の高い吸血鬼の《適合者》なのだとすれば、そいつがミカヅキを近くに置いておこうとするのは自然だ。実際そういう話も、メリィは聞いたことがあるという。
 話し終えて目を伏せたメリィに、ハルは問いかけた。

「メリィさんは、どうして、聖軍に入ったんですか」

 メリィはひとつ息を吐くと、遠くを見つめた。分厚い岩盤の向こうに、何が見えるのだろう。

「誰かのため、だろうね」

 返ってきたのは、返答とも質問ともとれる曖昧な言葉だった。

「私がまだ小さいとき、孤児院で、私の面倒を見てくれていた若い聖女がいたんだ……強いて言えば、彼女のためかな」
「その人は……」
「行方不明になった。吸血鬼がグリースに現れる2年前から。その頃はまだ、王都では《切り裂きジャック》とか今で言う《王都の呪い猫》の噂があった時代だったから……」
「……」

 《切り裂きジャック》と《王都の呪い猫》というのは、ハルも聞いたことがあった。今から約20年前に王都で起こった、何十もの殺人事件の犯人とされる名前だ。吸血鬼が現れる頃にはそのような事件も一切無くなり、また当時は敗戦直後で国内が混乱していたため、犯人は未だ特定されていない。最近ではその存在すら疑われている。
 一呼吸置いたメリィは、ハルから目を逸らし、近くに生えていた明るい黄色の花にそっと触れた。

「彼女は平和を愛していて、心から平和を望んでいた。他の聖女から見ても、お手本のような人だったらしい。私はまだ3歳くらいだったから……記憶はほとんど無いけれど、誰に聞いても、心優しく清く正しい人だったと言われた」

 そこでメリィは、制服の胸ポケットから紙片を取り出した。何度も開いたのか、紙は大分薄く、脆くなっている。メリィがそれをそっと開くと、細く生真面目な字が現れた。ハルの方からはよく読み取れない。

「彼女が私にくれた手紙だ」

 愛おしそうにそれを見つめたメリィは、すぐに紙片を折り畳んだ。そしていつもの笑顔を作ると、

「じゃあ、また明日な。寝坊するなよ?」
「……はい」

 一人残されたハルは、ほころび始めた赤い蕾を見つめていた。