複雑・ファジー小説

第1話 patr1続き ( No.9 )
日時: 2016/04/08 11:42
名前: 囚人D ◆7cyUddbhrU (ID: 9/n2KZgq)

それは、二十年という年月の間に老朽化し、辛うじて建物としての姿を保っていたのだろう。しかし、ゴウの蹴り放った石がそこにあった均衡を乱してしまったようだった。石が衝突して数秒後、何かが爆発したかのような、重く巨大な物音がその一帯に轟く。足の激痛に気を取られていたゴウも、そこでようやく異変に気付いたようだった。ゴウが気の抜けた声を漏らしつつ振り返ると、先ほど石を蹴飛ばした方角にあった建物の柱の一本が倒れているのが目に入った。
「おい、今の音は何だ!?」
 その音はインカムを通して向こうにも聞こえたようだった。オッサンが声を発したその直後、地響きが鳴り始める。ゴウの顔から血の気が引いた。そして、恐る恐る顔を上げると、その視線の先で壁が崩壊し——刹那、轟音。目の前で爆発が起こったかと思えば、物凄い風圧と衝撃がゴウを襲う。
 自分の目の前に壁が落ちてきた、ゴウがそう理解するのに時間はかからなかった。
 呆然と立ち尽くしていると、オッサンが鋭い声でゴウの名前を呼ぶ。その声でゴウはようやく我に返り、金縛りが解けたように走り出した。その数秒後、再び背後から轟音。ゴウが先ほどいた場所に瓦礫が降り注いだ。
 インカムを通して——いや、ここまでくるとオッサンも直接耳にしているのかもしれない。その破壊音を聞き、オッサンは強い口調で問いただす。
「ゴウ、お前一体何をしたんだ!」
「知るかっ! 急に建物が崩れやがったんだよ!!」
 が、まさか自分の蹴った石が原因とは知らないゴウは、オッサンの怒鳴り声に負けんばかりに声を張り上げ、そう言い続けるしかなかったのだった。


 インカムを通してゴウがオッサンと言い合いを繰り広げるさなか、崩れ去ろうとしていた建物から一つの瓦礫が”飛び出した”。半径4メートルはあろうかというそれは建物から撃ち出され、恐ろしいほど正確にゴウの立っている位置に迫まっていた。そして、ゴウのいる場所から頭上20メートル上の所にやってくると、それはスピードを失い、一瞬ほど空中で静止した。
 自分に何か影がかかっている事に気づいたゴウは、真上を向いて度肝を抜かれた。

「……は?」

 瓦礫が宙に浮いている。それも、自分の真上で。
 ゴウがその存在に気づいた直後、瓦礫は鋭い氷柱(つらら)の形に変化する。そして、自然落下とは思えぬ速さで、真下にいるゴウに向かって急降下したのだ!
 ゴウは素早くその場から飛び退き、寸でのところを回避した。そして勢いのまま数メートル後ろまで下がり、降ってきたきた瓦礫を凝視する。

 ゴウの視線の先、砂埃が立ち込める中、それを薙ぎ払うように何かが大きく宙をかいた。そうして砂埃が払われると、中から巨大な『何か』が現れる。


 それは、一言で例えるなら『瓦礫をまとった蟹』だった。

 体本体、すなわち頭胸部にあたる部分から、巨大な鉗脚、体を支える歩脚——その背面を覆うように瓦礫の装甲を固めている。しかし、頭胸部から脚、脚から脚先を繋ぐ節からは、人、犬、鳥、魚……様々な生物を混ぜ、黒く変色したグロテスクで不気味な肉質が覗いていた。
 蟹の特徴と類似した造りをしているが、目は頭胸部を覆う甲殻の中へとひっこめられ、その隙間からこちらを窺うように2つの光がゴウを見つめる。

 その姿を見て、ゴウは「開いた口が塞がらない」といったような驚きの表情を浮かべていた。しかし、状況を把握しきると間もなく開いていた口もゆっくりと閉じられる。
 そして、バケモノを目の前にしたゴウは目つきを変えた。口端は釣り上げられ、その表情は待ってましたと言わんばかりに喜々としたものに変わる。
「は! 嘘だろ、マジで出やがった!!」
 それは、もはやインカムの向こうにいる『隊長』に向けられたものだったのか、思わず口からこぼれ出た言葉なのかは分からなかった。ゴウはすかさず腰に差していた『剣』を抜き去り、目の前のバケモノと対峙する。そして、ゴウは剣を構えながらインカムに向かってこう怒鳴り散らした。

「こちら0411! A1-C(エリア1のC)地点に目標を確認した! ——お前ら何してやがる、”侵略者”のご登場だ!」

 ゴウが地面を蹴ったのは、その言葉を終えるのとほぼ同時であった。