複雑・ファジー小説

Re: ダスティピンク#502 ( No.8 )
日時: 2016/04/28 22:26
名前: ▲ (ID: /dHAoPqW)



#008


アパートの前までついてきてもらってしまった。
何度も、家までついてきてもらうなんて申し訳ない、と言ったのに彼は好きでやることだから、と聞かなかった。
べつに家を特定されることを懸念していたわけではないし、千寿でもアユでもない人と話したい気分でもあったので有り難くそうしてもらった。

別れ際、先程のように彼は急に立ち止まった。

仕事ができて、爽やかで、優しい。
計算しているときもあるくせに、時に不器用。
感情が顔や行動に出やすく、身ぶり手振りが大きめ。
私のやや後ろで私を見つめる男は、私とも千寿とも、アユとも違う。

純粋で、生きるのがうまいのだと思う。
彼の構成する彼の人生は安定していて、周りはそれに惹かれ、その構成する一部になりたくて、安心したい。

その気持ちは分からないでもないな。

彼は再び、言葉を選んでいるようだった。
強い視線で何か言いたげに唾を飲み込んだ。

私は言葉を待つ。

「あの、さ」

瞬き。
沈黙で続きを促せば、短く息を吐き出した。

「俺、舟引さんのこと好きなんだ」
「前に聞いたけど」
「うん。分かってる。忘れたわけじゃなくて、その……」

二度目の告白にすら彼は緊張しているようだ。
当の私、愛を伝えられた方はいたって冷静である。とくになんでもない。
告白されることになれているわけではないけど。こんなに何も思わないものなのか。
自分の淡白さには笑えるかも。

「片想いの分際で、こんなこと訊くのは生意気かもだけど。あの男の人とはどんな関係?」

あ。
やば。

油断した、と思った。

彼の性格を熟知しているわけではないと、実感。

夜に溶け込む双眼が、ゆるりと熱を帯びたのだ。
その質問を口にした彼の押さえきれぬ感情が温度を持った。

無意識に足の指に力を込める。

苦手だなぁ。
その、有無を言わせない正しさが。