複雑・ファジー小説

【ガラスの夜】 ( No.1 )
日時: 2016/08/14 13:16
名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: fQORg6cj)
参照: http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=56596853

 
 星1つ見えない真っ暗な空から、ぽつぽつと、雨が降ってくるのが、部屋の窓から見える。
 雨は嫌いだ。
 じめじめとした部屋で1人膝をかかえていると、それはまるで私のこころを表しているように思えるから。

 今夜はひどく寒い。それはきっと、いつも隣にあった温もりがもう2度と戻ってこないと知っているから。
 ただただ寂しかった。今夜も、彼と会う前も。

 最初は遊びだった。

 大学のサークルで彼と出会って、ご飯を食べに行き、気づけば知らない部屋で目覚めた。その後連絡先を交換し、突然呼び出されて彼の家に行ったり、彼が私の家に来たり。そして朝になって目を覚ませば、真っ白な天井が見えるだけの関係だった。

 付き合ってはいなかった、はずだ。

 彼は綺麗な顔をしていて、よく女子に囲まれていた。 私を見る彼の瞳が彼女たちを見る瞳と同じだと気づくのは、そう遅くはなかった。
 でも、私は少し誤解をしていた。彼は私を吐け口にしているのだと。
 ああ、でも、私は見てしまった。
 たまたま同じ講義で、近くに座っていた彼の横顔。そのときの視線は、私ではない誰かに向いていて。柔らかな眼差しを辿っていくと、そこに座っていたのは__

 彼は恋をしていた。それは私なんかじゃないことは、本当はずっと気づいていたのに。
 私は、違う意味の吐け口だったのだ。少なくとも、私と一緒にいる夜に彼が思いを馳せているのは、私ではなかった。

 彼が恋していた彼女は、笑顔がチャーミングな、優しそうな女性の方だった。趣味はなにか、と問えばお菓子づくり、と素で答えられそうなほど、無邪気で、可愛らしい人だった。私とは、まるで真逆の、素敵な人だった。
「あなたって冷たい人ね」「あなたって、なんだか冷めてるね」「覇気が無いよ」
 何気なく出会った人々の何気ない一言は、私の印象をよく言い当てている。
 要するに、私という人間は、面白味が無いのだ。誰かに誇れるようなものも、なにかを極めるやる気も無い。だからこそ私は、彼に利用されていたのかもしれない。

 彼と出会って、半年。ついに彼は、彼女と付き合うことになった。
 私の家に来て、彼は言った。
 今夜でもう終わりにしよう、と。
 私は少し俯いて、うん、わかった、と頷いた。
 しばらくの間をおいて、彼は静かに、ごめん、と呟いた。
 かっ、と頭に血が上った。
 どうして謝るの。謝るのなら、最初からしなければよかったじゃない。私を散々弄んで、今更捨てるだなんて、あなたは……!
 顔を上げてそう叫ぼうとした。でも、彼のくしゃっと歪んだ表情を見て、喉まで来ていた無数の言葉がつっかえて出てこなくなった。
 ごめん。
 もう一度そう言って、彼は私にキスをした。
 それは、何回目のキスだっただろうか。そのせいで、言葉は私の胸に押し戻され、ぐるぐると私のこころをかき乱した。

 彼はもういない。
 あの最後の夜の後、彼は事故に遭い、夜に溶けていった。
 私が誰かが死んだことで涙したのは、初めてだった。
 だから、今夜も私はベッドに1人。これまでと同じように。
 この寂しさはなんだろう。彼と過ごした夜なんて、私の人生のうちでほんの少しにしか過ぎないのに。

 ざぁぁ、と雨の音がが響く。

 ああ、そうか。私は、彼のことが好きだったのだ。
 彼が死んで、私はとても悲しかった。だから、泣いたのだ。

 恋__というには苦くて。味気無かった。
 だけど彼は、私にとってはとても大切で。きっと、失いたくなかった。
 誰にも、彼女にも、神様にも、奪われたくなかった。

 つー、と、雫が一筋、頬を伝っていく。
 私も雨もまだ、泣き止みそうにない。

 壊れそうなほど脆く、悲しいほどに美しい夜。
 誰かを想って泣くことを赦された今夜をきっと、ガラスの夜と呼ぶのだろう。


          …end.