複雑・ファジー小説

鳴らないオルゴール ( No.2 )
日時: 2016/07/23 10:37
名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: Q19F44xv)
参照: 修正しました。

   
「ルアンさん。人魚って、本当にいると思いますか?」

 ふと、目の前にある背中に向けて、私はそんな質問をしてみる。
 大きくて、ぴんと伸びた背筋の、綺麗な背中。
 しばらくの間をおいて、彼が私を振り返った。

「どうしてそんな質問をするの?」

 目を優しく細めて笑う彼の顔はその背中よりも輝いていて、私をドキドキさせた。


 ここは、森の奥のオルゴール屋さん。
 滅多に人の寄りつかない、寂しい森だ。というか、森というよりジャングル、無人島のよう。
 人が生きることが困難な森。彼はそんな場所で暮らしていた。

 私が彼と出会ったのは、半年前のこと。
 私は友達とかくれんぼをしていて、森に隠れ、見つからなかったは良いものの、そのまま迷い込んでしまったのだ。
 まだ8歳だった私は、人一倍弱虫だった。 
 すぐに顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになって、母の名を呼びながら森を歩き回っていたときに、オルゴール屋さんを見つけたのだ。

 森に溶け込んでしまいそうなほど、寂れた建物。でも看板はしっかりと掲げられていて、幼い私には読めない字だったので、初めは何のお店かわからなかった。
 それでも、不安で一杯だった私の目には、それはとても神聖なものとして映った。
 『Open』という板が立てかけられた小さなドアの前に立って、コンコン、とノックをする。しん、とした森の中で、それはよく響き渡った。そしてその瞬間、優しい音色が扉の奥から流れ出した。

 ふわっ、と、私の世界が広がる。
 私を襲いかかるように囲んでいた木々は風に揺られて爽やかに光り、私の足下を邪魔していた植物たちは風邪に靡いて歌を歌いはじめた。
 この優しい音は__オルゴール?
 まるで、私の来店を歓迎するかのように、森は柔らかな色味を帯び始めた。
 すっ、とオルゴールは終わりを告げ、空に溶けていった。
 はっ、と周りを見渡すと、優しいオレンジ色の光が私を包み込んでいることに気づいた。

 森はもう光っているわけでもなく、植物も歌っていなかったけれど、私はもう森が怖いと感じなくなっていた。
   
 



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