複雑・ファジー小説
- 夕日の彼方 ( No.4 )
- 日時: 2016/04/25 18:58
- 名前: 亜咲 りん ◆zy018wsphU (ID: visZl1mw)
- 参照: テーマ『海』『夕日』『梅干し』ww
「綺麗ね……」
静かな海風に乗せて、静かに言葉を呟く。
ざぁぁぁぁん、と波打つ海。その全てがオレンジ色に染まり、海辺には、私たち2人しかいなかった。
今日で、私たちは付き合いはじめて1年。
彼に一目惚れし、彼の靴に私の髪を入れたり、重要な書類を失くした、と言った彼に、その直前にとっておいたその書類を爽やかな笑顔で渡したり、お弁当を作ってきて渡したり、彼の靴箱に入っていたラブレターを切り裂いたりした。そして、彼も私を好きになり、付き合いはじめた。
それからはもう、毎日が幸せで、幸せで、仕方なかった。彼女になったから、彼の髪だって簡単に採取できるし、書類だって苦労せずに見つけられるし、お弁当に私の髪の毛を少し入れたって全然不自然じゃないし、ラブレターなんかも無くなった。
彼が笑えば私も笑い、彼が悲しめば私も泣く。彼は痛いくらい、素直な人だから。
「夕日をこんなにゆっくり眺めているの、久しぶりだわ」
目を細め、今度は夕日に照らされた彼の顔を見る。
色白の肌は彼の繊細でロマンチストな心を際立てている。ドライブで彼をここに連れてきたのは、きっと彼ならば夕日の美しさにため息をつくだろうと思ったからだ。
「夕日が海に反射してキラキラと輝いているわ。まるで__ダイヤモンドのようね」
ゆっくりと口元をほころばせて、呟く。
私はこの言葉からわかるように、この美しい黄昏の世界にうっとりとしていた。
そしてまた彼も、だんだんと地平線の彼方へゆらゆらとゆれながら沈んでいく夕日を見て美しいと思__
「は? 梅干しじゃないか」
「……え?」
ぱりん、と、世界が崩れた。ざぁぁぁぁん、と波打つ海。夕日が急速に沈んでいく。
「だから、夕日のどこがダイヤモンドに見えるの? 僕にはどう見てもばあちゃんがつけていた梅干しにしか見えないよ」
いつもと変わらぬ表情で、淡々と呟く彼。
「さ、夕飯でも食べに行こうよ。いつも奢ってもらってばかりで助かるよ」
そう言って彼は、すたすたと車へと戻っていく。
私はそれを呆然と見ているばかりだった。
次の日、私たちは別れた。
今度はちゃんと、夕日の美しさと私の愛情をわかってくれる人を見つけようと思う。
end.