複雑・ファジー小説
- 傷音 ( No.6 )
- 日時: 2016/07/30 14:31
- 名前: 亜咲 りん ◆zy018wsphU (ID: hd6VT0IS)
- 参照: 続き物。
ずき、となにかが傷つく音がした。
重く、鋭く、人のこころを削る音。俺は立ち止まって辺りを見渡す。誰かが、こころを痛めている。俺ではない、誰かが。
ずきり、ずきり、とこころを蝕む音は消えず、俺は思わず頭をおさえた。
突き刺さるように鳴り響く、傷を抉る音。それはいつもいつも、俺を苦しめる。
幼い頃から、俺は不気味な音に悩まされていた。それは決まって、誰かが泣いているとき、怒っているときにばかりきこえた。
鋭利な刃物で、なにかをぐりぐりと抉りとるような音。それ以外にも明るい音や、静かに響く音もきこえたが、よくきくのはその音ばかりだった。
音の発生源は掴めても、その人自身にはなんの肉体的な損傷は見当たらない。
ただ、俺は幼いながらも、なんとなく勘づいていた。
これは、こころの音なんだ、と。
周りの人にはこの変な能力のせいで、随分と気味悪がられた。
誰かが悲しい気持ちでいると、俺はいつも元気が無くなる。音が不快だからだ。
そのせいでぼぉっとすることも多く、母親にはよく怒られた。また、たまに喜びの音(ファンファーレのように聞こえる)もきこえるため、俺の精神は常に不安定だった。
音から感情を先読みして、人のこころを読んだかのような発言もよくしていたので、俺は変な目で見られていた。
結局、その不快な音は高校へ入学しても度々俺を悩ませ続けた。しかし、ここに来てやっと、俺のそんなところを認めてくれるクラスメイトに出会うことができた。もちろん、この力については話していないが。
中学から着続けている半袖のカッターシャツを着て、放課後は街をぶらぶらと歩く。こんな人の多いところにいくと、感情の音に呑まれて精神が辛いのだが、それも訓練の一環だ。
もうだいぶ慣れたが、未だに少し、吐き気はする。おまけに、この夏の暑さが、俺の気を滅入らせていた。
それでも、どうせ、これからもきちんとこの力と向き合っていかなくてはならないのだから。
道行く人たちは、笑っていたり、無表情だったり、様々だ。人の感情の音は、とても種類が多い。ただ、傷ついたときの音はなぜかだいたい一緒で。
音をきくかぎり、人はいつもなにかしら傷ついているらしい。
喜んでいても、次の瞬間に悲しみだしたり、怒りだしたりする。そういうとき、その音は凄まじい。人間は、悲しみや怒り、憎しみといった負の感情の方が多いのだろうか。
今日もあちこちからきこえる、こころを突き刺すような、酷い音。耳にぎゅっと手を当てて、それをやり過ごす。
ふと、立ち止まってショーウィンドーに映る俺の姿を見ると、耳を必死におさえている姿が、とても滑稽にみえた。
まるで、雷を怖がる小さな子供みたいじゃないか。
ふっ、と少し自嘲ぎみに笑うと、ぐるぐるした思考のまま、俺はオレンジ色から紫色に染まってきた空を見て、足を家の方向へと向けた。
賑やかな街を出て少し歩くと、小さい頃よく遊んだ河原に出る。
田舎ならではの澄んだ川の水の流れは、人の感情なんかよりも綺麗な音を響かせる。俺はこの場所を通る度、訓練で疲れきったこころが癒されていく心地がしていた。
そうして、口元に無意識に笑みを浮かべながらその河原を通り抜けようとしたとき。
音が、きこえてきた。
「……っ」
思わずいつもとは違う理由で立ち止まってしまう。
「……la〜」
透き通るような音。これは……歌声?
響き渡る音は俺が今まできいたことのないほど美しい声で、なぜか色鮮やかだった。
そう、たとえるなら、空色。青く、透き通った、美しい色。
音に色は無い。そのはずなのに。
気づくと俺は河原へと駆け下りていた。
雑草の生い茂った堀のような坂をおり、音の発生源に近づくと。
そこには、半袖のセーラー服を着た、ショートカットの少女の後ろ姿があった。
……to be continued……