複雑・ファジー小説
- 鳴らないオルゴール ( No.15 )
- 日時: 2016/07/19 20:56
- 名前: 亜咲 りん ◆zy018wsphU (ID: hd6VT0IS)
- 参照: 人魚の歌きいてみたい
(>>02の続きです)
しばらくすると、お店の扉がからんからん、と音をたてて開き、中から若い男性が現れた。
「いらっしゃい。可愛いお客さんだね。さあどうぞ、中に入って」
柔らかな微笑みを浮かべた青年は、私に手招きをする。
まだ多少びくびくしながらも、私は彼に付いて、店内に足を踏み入れた。
ぶわっ、と漂う年季の入った木の匂い。
少し狭い店内には、様々な形のオルゴールが、所狭しと並んでいた。箱の形をしていたり、動物や植物をかたどっていたり。
それらはどれ一つとして、同じものは無かった。
呆気にとられている私に向かって、彼はお辞儀をしながら、
「ようこそ、『忘れ去られしオルゴール屋』へ」
と静かに微笑んだ。
これが、私と彼の出会い。
ずいぶんと昔のことだ。
それからというもの、私は暇さえあればその店を訪れた。
この『忘れ去られしオルゴール屋』には、ほとんどお客は来ない。来るのは私と、森の動物園たちばかり。
それなのに、きちんと生活している彼は不思議だったが、幼かった私は特になにも疑問を抱かなかった。
「こんにちは!」
「いらっしゃい、リーナ。今日はどのオルゴールをご所望かな?」
「えーっと……」
からんからん、と音をたてて私がお店にたどり着くと、いつも彼は店にいた。朝も、昼も、夜も、変わらぬ微笑みを浮かべて。
平日は学校だから、放課後。休日は気まぐれに毎日。
彼はいつも私に、美しいオルゴールの音色をきかせてくれた。
そして、そのオルゴールの音色をBGMに、私はそのオルゴールが止まってしまうまで、彼と話をした。
この地域にしては珍しく、彼は癖のない黒髪で、深く、美しいブルーの瞳は涼しげで、私はその瞳が爽やかに揺れる度、胸がどきどきした。
私はというと、ちりちりの金色の髪に、明るい緑の瞳、というこの地域特有の容姿で。少し嫌だった。
でも、彼はそのことをきくたび、少し淋しそうな顔をして、
「その髪も、その瞳も、綺麗だよ。とっても」
と呟いた。
なぜそんな悲しそうな顔をするのか。
それは、棚の奥にひっそりと飾ってある、とても美しいオルゴールのせいかもしれなかった。