複雑・ファジー小説

溺れたての子犬 ( No.16 )
日時: 2016/08/11 11:53
名前: 亜咲 りん ◆zy018wsphU (ID: hd6VT0IS)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=555

 
<urlより、蒼様からテーマと短文をいただきました>




 ある日、私は溺れている子犬を見つけた。
 水に濡れた茶色い毛、くりくりとした丸い目。
 その瞳に吸い寄せられるようにして、私は彼を拾った。

 それからというもの、彼はいつも家で、私の帰りを待ちわびていた。
 ドアを開ければ彼は玄関にいて、私を出迎えてくれた。そして、彼のにこにことした笑顔は、仕事の疲れを癒してくれた。

 夜は一緒にベットに入り、私は彼を抱きしめながら眠りに落ちた。彼と寝ているときは、なぜかとても幸福な気持ちになれた。
 
 朝目覚めると彼はとっくに起きていて、私の寝顔を見ていた。それが恥ずかしくて、急いで起きると、朝の支度をした。

 彼に「いってきます」と言って仕事に出かける。彼は決まって、悲しそうな声で鳴いた。
 透き通った瞳が私を射抜く。
 それでも、私は仕事に行かなくちゃ、と自分を鼓舞させて、いつも家を出ていった。



 ある日、溺れている彼を見つけた。仕事から帰ってドアを開ければ、洗面器に顔を突っ込んでいる子犬の姿。

「なにやってるの!」

 と、彼の頭を急いで持ち上げると、彼はげほげほっと水を吐き出し、私の方を見た。

「死んでしまってもいいの!?」

 そう叫んで、思わず私は唖然とした。
 それをまるでいいとでも言うかのように、彼は愛だと笑ったのだ。



 それからというもの、彼はいつも家で、その遊びに溺れた。
 私が家に帰ると、彼はいつも溺れたてで、苦しそうに息を吐きながらも、笑顔を浮かべていた。
 水に濡れる廊下。彼のふわふわの茶色の毛から滴る水。
 何度やめさせようとしても、彼はその行為をやめなかった。


 ある日、私は溺れている子犬を見つけた。
 その身体はとうに冷たく、笑顔も無かった。私はその場に崩れ落ち、洗面器を投げ捨てる。
 わかっていた。いつかこうなってしまうことは。
 彼の亡骸に寄り添い、静かな部屋で、私はひたすら涙を流した。




 その後の私の人生で、もう二度と、溺れたての子犬を拾わなかった。