複雑・ファジー小説

鳴らないオルゴール ( No.22 )
日時: 2016/08/15 14:57
名前: 亜咲 りん ◆zy018wsphU (ID: fQORg6cj)
参照: そろそろこの作品も終わりに近づいてきました……

 
[>>15の続きです]

 
 それは以前、私がたまたま見つけたものだった。

「わあ、お姫様だ」

 彼は箒で店内を掃除していて、私のその言葉を聞くと、幾分焦った表情でこちらへやってきた。

「それはどれのこと?」
「この、棚の奥の……暗くてよく見えないけど、ひらひらーってしたドレスが見えたの!」
「ああ、それか……」

 少し俯きがちに彼はその棚の奥からそれを取り出し、テーブルの上に置く。どうやらオルゴールで、小さな人形のような少女が装飾品のようだった。

「わああ……」

 幼い私でも思わず見とれてしまうほど、そのオルゴールは美しかった。
 自由に散らばる金色の髪と煌めくティアラ、憂いを帯びた緑色の瞳、胸元がひらひらとした水色のレースに覆われたドレスで、なるほど、お姫様だった。そして、それらは人形ではなく、陶器のような素材で作られていたのだ。
 ただ、これは完全なお姫様ではなかった。確かに童話に出てくるお姫様のように愛らしく、美しかったが、お姫様にあるはずのものが、このオルゴールには無かったのだ。

「これは、お姫様はお姫様でも、人魚のお姫様なんだ」
「ほんとだ。足じゃなくてお魚の尻尾が生えてる!」

 彼に言われてオルゴールの足元を見ると、水色のドレスから瑞々しい青色の鱗が生え、それは伝説にある人魚姫のようだった。

 この美しいオルゴールはきっと今まで聴いたオルゴールの音色のどれよりも素晴らしい音を鳴らすはずだ。そう思うといてもたってもいられなくなって彼に頼み込むも、

「それだけは駄目だ」

 と、彼にしては珍しく厳しい声が返ってきた。それでも私は諦めきれず、必死に懇願する。

「お願い! どうしても私、このオルゴールの音色が聴きたいの……」
「……本当に、それはさせてあげられないんだ」
「どうして?」
「それは……」

 目をきらきらとさせながら彼を見つめるも、彼は目線を合わそうとせず、口をつぐむ。と思ったら、私を落ち着かせるためか、彼が私の肩に手を置いた。なにか言葉を探しているのか、彼のブルーの瞳がゆらゆらと揺れていて、不覚にも私はどぎまぎしてしまった。

「……伝説で、人魚姫の歌を聴いた者は、どうなってしまうのか知ってる?」
「え? えーっと、お婆ちゃんは、永遠に海をさまよい続けるって言ってたよ」
「うん。だからこのオルゴールは、そういうものなんだ」
「そういうもの?」
「うん」

 彼は私の肩に手を置きながらも、オルゴールの方を見て呟く。

「このオルゴールにはね、人魚姫の呪いがかけられているんだ」

 だからここでは鳴らすことはできないんだ、と彼は続けた。

 人魚のオルゴールを見つめる彼の目線はどこか遠くを見ているようで、わたしはふいに不安になった。

 
 どこからか、潮風が吹き込んできた気がした。