複雑・ファジー小説
- 女の子 ( No.30 )
- 日時: 2016/10/27 16:52
- 名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: B4StDirx)
- 参照: お久しぶり。
髪は女の命と言う。昔から女性にとって髪は大切なもので、死んでも朽ちないそれは、もしかしたら命よりも大切なものだったのかもしれない。特に、長い髪が美しいのだそうだ。艶やかな黒髪は長ければ長いほど美しく、夜空に溶け込んだ。
しかし、長い髪が美しいのは髪が 艶やかであるからであって、私のように真っ黒で艶の無いぼさぼさの髪は美しくない。天使の輪ってなんだろう。見たことが無かった。
長い髪は重たく、動きにくい。胸も無いのに肩が凝って、困ってしまう。なのに、どうして女の子はこんなにも髪を伸ばすのだろう。髪を綺麗に整えようとするのだろう。髪はただ、私たちの頭を守るためだけにあるのに。
そんな価値観をある程度持っている私は、最近髪を切った。ばっさりと。ショートカットに。長かった前髪はピンで横に流し、おでこのニキビをさらけ出す。
そうすると視界が良好になって、世界が酷く美しいものに見えた。
突然ショートカットで登校してきた私を、友人は温かく迎えてくれた。
「切ったんだ」
「うん」
「失恋?」
「そんなとこ」
「私もまた切りに行くんだ」 「失恋?」
「まあそんなとこ」
そんな会話を繰り広げて、ふふふ、と笑い合う。
その子の髪はまだ伸びかけで、肩の辺りでぴょん、と外にはねていて可愛い。髪が長くなくても女の子は美しいな、と思った。
髪はまるで生き物のようだ。朝起きればうねうねとうねっており、私たちに試練を与える。気分が悪いときはそれがさらに酷くなって、良いときはなぜだかそれは素直に言うことをきくのだった。髪は私自身のようだ。
うまくまとまらない日や汗ばむ日は、髪をくくる。きゅっ、と縛られた尻尾が歩く度にゆらゆらと揺れ、馬みたいに見える。首筋が酷く綺麗で、男の子は女の子のこういう美しさに見惚れてしまうのかななんて、馬鹿なことを考えていた。
雨の日はここぞとばかりに髪を下ろして、髪を湿らせて真っ直ぐに、真っ直ぐにする。この仄白い肌に黒い髪が映えて、早く夜になれば良い。
髪が長いとき、私はなぜだかすごく憂鬱だった。視界を遮る前髪が私の道を閉ざして、空回り、空回り。何をやっても上手くいかなくて、苦しかった。
だから髪を切った。 前髪は斜めに留めて、前を向いた。
美容師さんの手から滑り落ちる髪は私の苦しみの欠片のようで、すっきりとした。重みが取れて、身体が軽くなっていったのだ。
そうして鏡に映るはつらつと笑う少女は紛れもなく私で。前髪に隠れていた目は意外と大きくて、少し驚いた。綺麗。私って、こんなに綺麗だったんだ。なあんだ。長くなくっても、女の子は可愛いじゃない。たとえそれが自惚れだとしても、別に構わなかった。
地面に落ちた髪にこころの中でお別れをして、私は歩いてゆく。ばいばい、私。また、前を向いてゆける。ありがとう。
友人が髪を切った。へへへ、と恥ずかしそうに笑うその女の子はとても可愛い。どうかな、と訊ねた彼女に、似合うね、と言うと、
嬉しそうに頷いた。そうすると、細い肩が揺れて、思わず彼女を抱きしめてしまう。
「なあに」
「別に」
「なにそれ」
私たちはそのままゆっくりと目を閉じた。私たちは、女の子だ。
女の子は色々なものを髪に詰め込む。哀しみも、痛みも、淋しさも。それらが集まり、長ければ長くなるほど重たくなって、疲れてしまう。だから、時々それを切り捨てて、お別れをする。そうして器用に生きてゆくのだ、女の子は。