複雑・ファジー小説
- Re: はきだめのようなもの ( No.1 )
- 日時: 2016/05/05 23:15
- 名前: 凛太 ◆ZR4vcGLyhI (ID: aruie.9C)
生きなくちゃいけない羽目になったのは、大体悪魔のせいだった。私が召還した、紅い悪魔。召還するにはさして難しいことなどなく、魔方陣を決められた通りに書いて、自らの血を垂らせばいいだけだ。召還魔法は始めてだった私でも成功したのだ、きっと簡単な部類に入るのだろう。
「なあ、まだ死にたいのか」
本日十数度目かの問いかけに、私はうんざりした。
「ええ」
「死んだっていいことないぜ?」
悪魔は机の上で胡坐をかきながら、肩をすくめた。紅蓮の双眸と、髪の毛。顔つきは若く、私と同じくらいに見える。人と違う点といえば、長く尖った耳くらいだ。褐色のローブをいつも身にまとう悪魔は、悪魔らしくない。
「でも生きてたっていいこと、ないです」
「そりゃあ、まだ二十ちょいしか生きてないからだろ」
「というか」
思い切り机の上を叩く。私の部屋の中はよく響く。悪魔はむっとしたように、顔をしかめた。
「なんで私が死のうとするのを止めるんですか」
「だってそりゃあさ」
悪魔は人差指をぴんと立てた。出来の悪い生徒を諭すかのような声色だ。
「お前が死んだら、俺が消滅するじゃん」
「ああ、そういう契約でしたね」
「忘れてたのかよ」
「はい」
正直に言うと、悪魔は「そりゃあないぜ」と責め立てるような目つきでこちらを睨んだ。だってあの時は、早く死にたくてしょうがなかったのだ。いちいち契約内容など確認していられない。
そうだ、私は悪魔に殺してもらおうと思った。自殺するのだって、考えた。しかし、私はできなかったのだ。だから他殺、悪魔に殺してもらおうと考え付いたのだ。
「俺は久しぶりに外の世界を見ているんだ、すぐに消滅したくなんてない」
悪魔が言う。悪魔はどうやら、本に閉じ込められていたらしい。そこを私が召還術で解き放ったというわけだ。
「私はこんな世界はこりごりなんです」
「そうは言ったってな」
悪魔は紅蓮の髪をかいた。悪魔の髪の毛は、紅蓮の中に淡い黄色が混ざっている。日に透かすと、きっととてもきれいなのだろう。
「そうやって死にたくなるような世界にしちまったお前が悪い」
私は耳を塞ぎたくなった。そうやって都合の悪い言葉は聞こえないようにしたい。そこが、私が臆病たる所以なのだと思う。
「周りの人間がいけないんです」
「ほうら、すぐ人のせいだ」
「だって、皆私のことを利用して……」
もう嫌だ、あの時のことは思い出したくもない。吐き気が急にこみあげて、私は口を抑えた。悪魔が慌てて私の顔を覗き込む。背中を優しくさすられた。
「お、おい。大丈夫かよ」
「え、ええ……、なんとか」
「本当にしっかりしてくれよ」
なんとか耐えると、私はため息をついた。
「でもまあ、お前には同情すべき点があるのは確かだ」
悪魔が言った。
「でしょう、私はこの国、いいや世界一不幸な人間なんです」
「否定はしねえよ」
悪魔が呆れ気味の視線を送る。悪魔にしては、やけに人間味に溢れすぎているのは気のせいだろうか。
「今ある現状でどうにか満足しようってのが、人間ってもんだろ?」
「どうにか満足できませんよ、こんな世界!」
私はついに立ち上がり、叫んでいた。それに対し悪魔は嫌味なくらい落ち着いていて、すうと目を細めた。ああ、炎より紅い眼が私を見つめている。その業火で、私を焼いてくれないだろうか。そうしたら、悪魔は私と一緒に灰になるのか。ひとりで死ぬより、ふたりで死んだほうが寂しくなさそうだな、と思った。私はどこまでも臆病だ。
「落ち着けって、なあ」
頭をくしゃりと撫でられた。悪魔の手は大きい。髪が乱れる。
「今日はお前の好きな晩飯にしてやるよ」
「……野兎のシチュー」
「よし、任せろ。そうやって小さな幸せを噛みしめて行こうぜ?」
「そうやって、騙そうとして」
悪魔は笑った。笑うと、悪魔に見えない。
「塵も積もれば、山となるっていうだろ」
悪魔はなぜかは知らないけれど、料理がうまい。狩りの腕だってあるので、きっと野兎のシチューが今日の食卓に並ぶことは間違いないだろう。悪魔は、私が死ぬ以外の願いは基本的にかなえてくれるのだ。
「よし、じゃあ気分転換に散歩するか」
「したくありません、絶対嫌です」
「そう言ってずっとこもりきりじゃねえかよ。ほら、行くぞ」
無理やり手首をつかまれて、引きずられる。ああ、ああ。絶対絶対外へ出たくない。外の景色を見たくない。
「いや! やめてよ、離して!」
「駄目だ、離さねえよ」
やはり悪魔の力には適わない。いくら抵抗しようが、無理やり外へ連れてかれた。しばらくベッドと机、そして食堂への往復しかしてなかったので、長い時間歩くことさえ不可能だった。痩せこけた細い自分の手足を見て、私は顔をそむける。
「ほら、ついたぞ」
とうとう、外へ出てしまった。
「その目ん玉開け、外はきれいだぜ」
どこが。私は恐る恐る瞳を開けた。口の中に、苦いものがこみ上げる。
「どうだ、感想を言ってみろよ」
「この、悪魔」
「そりゃ、どうも。褒め言葉だ」
眼前の光景はひどいものだった。一面の廃墟、そして頭上には鉛色の雲。建造物は朽ちてしまい、植物が浸食している。人の姿はない。そりゃ、そうだ。私が全部消してしまったから。
「己のしでかした罪の重さが、わかったか?」
悪魔は言う。そんなのわかってる。
この世界に生きてる人は私だけだ。数年前の戦争。それで、私は、偉大な魔女だって持て囃された私はいろんな国に利用されて、それで。それで私は怒りで、とうとう魔力を暴走させてしまったのだ。人類は病で死に絶えた。もしかしたら生きてる人がいるかもしれないけど、でも少なくともここら辺の国一帯は滅んでしまったのだ。
「だからこの狂った世界で、俺と一緒に生き続けようぜ?」
甘い囁きだ。私はきつく悪魔を睨む。
「私を、殺せ」
「嫌だ嫌だ、そうやって罪を背負って生き続けろ」
自殺なんてできない。私の魔力が、自然にこの身を守ってしまうから。だから私より強い存在、悪魔に殺してもらおうと思ったのに。
「ほら、罪悪感に苛まれてるお前が一番可愛いって」
ああ、ああ、ああ。壊れた世界で、一緒に壊れていけたらどんなに楽だろうか。
自殺もできない他殺もできない、ましてや悪魔と契約をしてしまったのだ。きっと私が寿命で死の淵に立たされたとしても、私を生かさんがためにあの手この手を尽くすだろう。
気が遠くなるくらい永い時間、私は罪悪感に沈んでいく。この、紅き悪魔とともに。
***
2013.3.31に書いたものです。
サイトに載せていたものとしては、2作目、凛太の趣味が全開だなあ。
書いててすごく楽しかったです、こういうハイファンタジー大好きです!