複雑・ファジー小説
- Re: はきだめのようなもの ( No.13 )
- 日時: 2017/11/18 17:52
- 名前: 凛太 ◆a7opkU66I6 (ID: KG6j5ysh)
おはよう、おやすみ
あ、あの子に借りた小説、返さなきゃ。これが、目が覚めてから思ったことの、ひとつめ。
端的に言って、人類はコールドスリープに失敗した。災いから逃れる為に、偉い学者や研究者が作ったカプセル。ほとんどは、そのまま棺桶になってしまったけれど。それでもわずかに生き残った人々は、身を寄せ合って暮らしている。
「桜子、捜しましたよ」
うんざりするような白い廊下を歩いていたら、スピカに見つかった。彼女は、人工めいている。というよりも、正真正銘のアンドロイドだ。すらりと細身の体躯、日本人離れした明るい髪や、猫のようにつり上がった双眸も。全てが全て、作り物なのだ。
彼女はゆっくりと申し訳なさそうな顔を形作り、あたしに近寄った。
「もう就寝時間です」
「あたしはまだ眠くないよ」
「我儘を言わないで」
スピカは一層困ったように眉を下げた。その顔に、つい言葉が詰まる。アンドロイドに感情なんてあるわけない。でも、スピカは人間より人間らしく振る舞う。あたしはため息をついた。そうして廊下の奥を指差す。
「じゃあお願いを聞いてくれたら、寝るよ」
「はい、なんでしょうか」
「星、見たい」
スピカの表情が止まった。恐らく、これが強張るということなのだと思う。しばらくして、緩慢な仕草で顔を横に振った。
「シェルターの外は危険です。安全を確認してからでなければ、許可できません」
「いつ安全になるの? そんなこというなら、明日だって明後日だって一年後だって、ずうっと危険のままだ」
あたしは、まだ子どもだ。ようやく高校生なんだね、って母さんと笑いあったことが、妙に思い出される。スピカが正しいなんてわかってた。これが、屁理屈だということも。きっと彼女が人間だったなら、あたしの頬を叩いてたに違いない。けれども、それはできないのだ。彼女は、そういうふうにプログラムされているから。スピカはひたすら、あたしを見つめて立ち尽くしていた。
「桜子、スピカを困らせないで。彼女は俺より繊細だから」
「アルク」
よく透る声が響く。振り返れば、そこにはアルクの姿があった。スピカとアルクは、対のアンドロイドだ。よく似た容貌。アルクは男性型だから、背格好が高いけれど。
アルクは柔和な笑みを浮かべて、あたりの肩に手を回した。
「星が見たいなら、資料室に行けばいい。確かそこに、プラネタリウムがあったろう」
滑らかな言葉は、アルクを人に近いものにさせていた。スピカだって、よく見なければ、アンドロイドだってわからない。しかし、アルクはそれ以上だ。自然なタイミングで相槌を打つし、適切な表情を選んでみせる。人の感情に聡く、警戒感なんて微塵も抱かせない。
「桜子、それでいいですか」
スピカが躊躇いがちに尋ねる。こうまでされて、反抗的な自分が恥ずかしくなった。あたしは黙って頷いた。
資料室に向かう道中は、淡白なものだった。代わり映えのない廊下を、黙々と進む。たまにアルクが軽口を叩くが、スピカに一蹴された。よく似た二人のアンドロイドを眺めると、夢の中なのではないかという気分になる。何故、父さんや母さんは目覚めず、あたしだけ。シェルターの暮らしは、思ったより悪いものではない。学校に行かなくていいし、煩わしい人間関係はほぼリセットされた。暑くもなく寒くもなく、食糧だってたっぷりと蓄えられている。けれど、空っぽなのだ。大好きだった家族や、親友、長年見てきた街の景色だって。あたしがあたしであることを証明するものは、失われてしまった。
「桜子、ついたよ」
アルクに言われて、あたしははっと顔を上げた。そこには灰色の扉があって、スピカが手をかざせば自動的に開いていく。恐る恐る扉をくぐれば、懐かしい匂いがした。本の、匂いだ。中は本棚で埋め尽くされていた。その間を縫うようにして、対のアンドロイドが歩いていく。やがて開けた空間に出た。仰々しい機械が据えてある。知ってる、プラネタリウムの投影機だ。アルクは手慣れたふうにして、それを弄り出す。
「まだ生きてるな。スピカ、電気を消して」
「わかりました」
スピカが灯りを消す。一瞬の暗闇の後、天上に浮かび上がったのは、眩い星々の色彩だった。どこまでも澄み通った星空だ。心臓が跳ねる。あたし、生きてる。こんなことに、ちょっと感動してるんだ。さっきまでの憂鬱な気持ちが、少しだけ溶けていった。やがてゆっくりと星が移ろい始めた頃、スピカは言った。
「この投影機は、私達を作ってくださった方のものです。彼は、星が好きでしたから」
淡々とした声だった。スピカとアルクを作ってくれた人。その人は、起きているのだろうか。それとも。
「スピカは、その人に会いたいの」
何となく、聞いてみた。
「どうでしょうね」
同じ言葉を、口の中で転がす。どうしでしょうね、なんて。そんな曖昧なはぐらかし方、まるで人間みたいだ。
二人は、人類が眠りについてる間、このシェルターにいた。私達を守るために、そしていつ起きてもいいように。だって、そのために作られたのだから。寂しくなかったのかな。なんて考えるのは、あたしのおこがましさだろう。アンドロイドはプラグラムによって動いてる。だけれども、今こうして隣に立って星を見上げてる二人には、感情が、意思があるように思われた。
「桜子、あまりスピカをいじめないでくれよ。これが終わったら、ちゃんと眠りにつくんだ」
喉の奥からくつくつと笑い声をあげながら、アルクが言った。
「……はーい」
そう返事をしながらも、あたしの頬はちょっとだけ緩んでいた。アルクの年長ぶった物言い。まるで、兄みたいだ。
「いつか、本物の星を見に行きましょう」
スピカの言葉に目を丸くしたのは、どうやらあたしだけではなかった。アルクもまた、スピカの方を凝視し、驚いてるようだった。スピカがこんな、気の利いたことを言えるなんて。あたしは思い切り頷いた。
「そうだね、行こう」
外の世界は、どうなっているのだろう。まだ鉛色の雲が被さっているのだろうか。もしかしたら、もう本物なんて拝めないかもしれない。本物と、偽物。何が違うんだろう。今資料室に映るのは、投影機によるものだ。しかし、確かにあたしは、僅かにでも心が動かされた。スピカとアルクの姿を盗み見る。人の姿、だけども人工的で。
難しいことは、よくわからない。あたしは未来が不安だし、過去に戻りたくて仕方がない。だからスピカに我儘だってぶつけてしまう。もしかしたら、二人も同じ気持ちなのかもしれない。想定外のことが起きたのだ。ずっと二人でシェルターを管理してたのに、ほとんどの人が目覚めることが出来ずじまい。こんなこと、あたしの想像でしかないけど、朝になったらもう少しだけ、二人に優しくしよう。意味なんて、ないかもしれないけど。そう、思ったのだ。
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はきだめのようなものは、よく村とか人類とか滅ぼしてますね。
そろそろ、別名義のものに着手できたらいいな。