複雑・ファジー小説

Re: はきだめのようなもの ( No.15 )
日時: 2018/01/23 20:17
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

 Fは、僕にとっての唯一だった。



渇望 下





 祖父が亡くなったのは、ちょうど9つを迎えた朝の時だった。寝台に横たわる祖父の亡骸は、まるで遥か昔からあったように、殺風景なこの部屋と調和していた。ただ、悲しかった。

 事の始まりは、本当に偶然だった。
 祖父の死以来、僕は孤独だった。永遠のようにも感じた。窓から覗くスモッグをただ眺めては、日々を無機質に過ごしていた。極稀に流れる国営のラジオ放送くらいしか、外の世界を繋ぐものはなかったのだ。世界は黄昏にさしかかっていた。もう、周囲には誰もいない。
 単調な毎日だった。変化の兆しが起きたのは、今から4年前。とうに時代に取り残されたノートパソコンに、メールが届いていた。



寂しい。



 たった4文字だった。けれど、それで十分だった。人々が終の住処に篭り、関わりを絶つようになってから。祖父以外の人と、言葉を交わせるなんて思ってもみなかった。返事を書こう。そう思い立ってみたはいいが、一体どうしたらよいのだろう。強張った指先でキーを押した。



僕と、友達になってください。



 彼女のことはFとしよう。Fは同い年だった。やりとりを重ねるうちに、わかったことがある。Fもまた、孤独だった。そして、Fの住む世界はこことは異なるものだった。人が普通に暮らす世界。そこにはスモッグやひどい戦争なんてない。最初は妄言だと思った。けれど、Fの語る言葉はあまりにも生き生きとしていたから。僕はいつしか、Fのいる世界に自己を投影するようになっていた。嘘か本当かなんて、どうでもいい。ただ、Fが望むものは、まさしく僕の夢だった。
 僕は度々悩みを打ち明けられた。人間関係のことや、外見のこと、将来。全てが僕には縁のないことで、新鮮だった。Fの便りを、日々待ち遠しく思っていた。



貴方のおかげで、明日を生きられる。



 何かの折に、Fがそう綴っていたのをよく覚えている。顔や名前すらも知らないF。僕の友達。Fがいるだけで、僕は心が軽くなる。自分以外の誰かが居て、自分のことを気にかけてくれている。なんて喜ばしいことなんだろう。
 僕達は熱心に文字を交わし合った。一年近く、それは続いた。祖父が亡くなってから、最も人間らしくいられた時期だったように思う。密やかな関係が崩れたのは、どちらからだったのか。



実際に会おう。



 Fから持ちかけられた提案は、僕が欲してやまないものだった。けれど、どうしてそれが叶うというのだろう。あのスモッグに身を晒すということ。それは死だ。断ろう。これはFの為でもあるのだ。僕は、丁寧にキーを打った。
 そして、そこからは。F、大事なF。僕は貴方ともう一度話したい。怒りさえも風化した。あるのは渇望だ。果てしなく横たわる、一人きりの寂しさは、こんなにも耐え難いものだったか。次は、逃してはならない。もし貴方と話せるのならば、僕はまさしく孤独から救われるのだ。




F、何処へも行かないで。




***
ヤンデレや!
渇望終わりです。