複雑・ファジー小説

Re: はきだめのようなもの ( No.18 )
日時: 2019/01/05 00:42
名前: 凛太 (ID: aruie.9C)

 この世で一等、美しいものを妖精王に差し出すこと。そうすれば、この身にかけられた呪いは、露と散る。きれいなもの、かわいいもの、うつくしいもの。かつては、それら全てをまなこにおさめては、心ときめかせていたものだ。されども彼女の醜い呪いは、それらに対する執着を封じ込めてしまった。

 いまいちど、甘く胸を高鳴らせたい。

 そう願ってから、いくつめの春が訪れたのだろうか。



美しいひと



「結局、ただの噂話だったってわけね!」

 澄み渡る空の下、わたしは盛大に溜息をついた。つまるところ、遣る瀬無いのだ。友人の魔女から伝え聞いた話では、眸から大層うつくしい結晶を産み落とす一族がいるという。遠く、山をいくつも越えた先の田舎村。時間をかけ、慣れぬ山道を歩き、ここまで来たというのに。

「ペネロピ、私の師匠よ。落ち着いて下さい」

 隣を歩く手ずからの弟子は、つんと澄ました顔でわたしを宥めてみせる。彼の麗しいかんばせは、いかに凍てついた婦人の心をも、そうっと溶かしてしまうのだ。だって、わたしがそのように作ったのだから。マギ。わたしの、うつくしのホムンクルス。妖精王に献上するつもりだったのに、彼に心が芽生えてしまったものだから、今でもこうして傍にいることになってしまった。

「これが、落ち着いていられるものですか! だって、今度こそはと思ったのに」
「せっかく、秘境の村まで来たのです。今日は祭り事が行われてると聞きます、覗いてみませんか?」

 祭り事。その言葉を、胸の内で転がしてみる。ひとたびマギの横顔を盗み見れば、彼のアメジストの瞳は、僅かに熱に浮かされている気がした。意志というものに触れてから日が浅いマギは、こういったものに興味津々なのだ。額に手を当てて、わたしは重々しく頷いた。

「……まあ、いいでしょう」
「さあ、早速行きましょう」

 心なしか早足になるマギに、わたしは密かに苦笑する。これでは、ほんの幼子みたいだ。

「ペネロピ、少々お待ちください」
「ちょっと、マギ、ってもう行っちゃった……」

 村の広場まで着くと、マギはそう言うやいなや、わたしを置き去りにした。いくつかの出店や、行商人、ちょっとした旅の一座の姿もあってか、なかなか活気があるように見えた。
 うららかな春の風が頬を撫でた。村の子どもたちは鮮やかなはしゃぎ声をたてながら駆け回り、大人たちもまたエール酒で春の訪れを祝う。なんて、やわらかな時間だ。この空気に浸っていると、呪いなんて縁遠いものなのだと錯覚してしまえる。大体、マギがおとなしく妖精女王に差し出されていれば、今頃は呪いが解かれていたのだ。こんな辺鄙な場所の祭りにだって、行かずにすんだのに。

「お待たせして、申し訳ありません」

 そう、胸中で呟いていたとき。マギが慌ててわたしの元へ駆け寄る。

「いきなり、どうしたのよ」
「いえ、これを見かけたものですから」

 彼は硝子細工をわたしに差し出した。小鳥を象った、青色の髪飾りだ。

「……それで、どうしてわたしに?」
「代わりにならないものかと」
「……代わり?」
「まなこから結晶を生み出す一族はいませんでしたが、これも中々美しいと感じたのです」
「あのね、マギ。こんなものじゃ、代わりになんて」

 マギはわたしの言い分を聞かず、髪飾りを陽光に透かしてみせた。そうしてそのまま、わたしの髪にあてがう。彼は、唇のふちに、いたくやわかな笑みを浮かべた。

「やはり、とても美しいと思います」

 しばらく、言葉が出てこなかった。マギがこんな勝手な行動に出たから? それともあまりに自然な笑顔だったから?
 いいや、そのどれもが違うことを、本心ではわかっていた。要するに、予想外の台詞に、不本意ながら照れてしまったのだ。この、稀代の錬金術師たるわたしが、ホムンクルスに対して。

「……もう、帰るわ!」
「ペネロピ、どうかしたのですか」
「知らない、知らない、知らない!」

 言葉任せに叫びながら、急いで踵を返す。ああ、もう、これでは馬鹿みたいだ。この調子では、呪いが露と散るなんて、随分先のことだろう。頬に熱がはらんでゆくのを感じながら、そう思いを馳せた。

***
自サイト「無色透明」で掲載していた、オムファタールという中編の小話です。
リハビリで、メモ帳にあった話を最後まで書きました。
この二人を書くの、バタバタして楽しかったです。