複雑・ファジー小説
- Re: はきだめのようなもの ( No.9 )
- 日時: 2017/09/24 23:24
- 名前: 凛太 (ID: aruie.9C)
つがいの星
3
その日はやけに蒸し暑い日だった。塾が終わった後の、気だるい雰囲気がまとわりつく夜。私は、駅のホームで電車を待っていた。次に来るのは快速で、私が乗るべき電車はまだ来そうになかった。手持ち無沙汰になって、鞄から携帯を取り出す。
あの日から、壮太くんの家を訪ねてから、私はおかしかった。地に足の付いていないような感覚に、目眩がしそうになる。私はため息をついた。ふと携帯から目を離せば、隣に彼の姿があった。一瞬、息が止まる。
「千夏、久しぶり」
「そう、たくん」
淡く微笑みを浮かべる壮太くんは、何も変わらないように見えた。かけるべき言葉は沢山あった。けれども、そのどれもが浮かんでは弾けていく。壮太くんは気恥ずかしそうに、髪の毛を掻いた。そんな何気無い動作一つとっても、私には見逃すことなんて到底できなかった。
「塾帰り?」
「う、うん」
「受験生って大変だな」
そう言って、他人事みたいに彼は苦笑した。
「母さんから聞いただろ」
心臓が跳ねた。彼の声色は、優しさと、少しの悲哀の念をはらんでいる気がした。私は黙ったまま、確かに頷く。それしか、できそうになかったのだ。
「ごめんな、千夏を巻き込むつもりはなかったんだ」
「いなくなること、本当なの」
意を決して尋ねれば、彼は困ったように目を伏せた。
「本当だよ」
「壮太くん、今だってこんなに元気だよ、なのに何で」
「今日で終わりだから」
うまく、彼の言葉が飲み込めなかった。彼は、私の言葉を静かに待っているようだった。不思議と悲しくはなかった。ただ、どうして壮太くんは居なくなるのだろう。そればかりが、私の頭を捕らえて離さない。星の子って何なんだろう。人と、私と、何が違うっていうの。
「壮太くん、今日で死ぬの」
とうとう出てきた言葉は、最低なものだったように思う。口をついて出てきたのは、純粋な疑問だった。壮太くんは、返事の代わりに、私の手を握った。この前ほどではない。しかし、確かな熱量を持っていた。
「起きたら、久しぶりに体が軽くてさ。調子が良かったんだ。でも、勘ってやつかな。ああ、俺今日で死ぬなあ、って。そしたら、千夏の顔が思い浮かんで、会いに行かなきゃって、それだけなんだ」
ひどく、寂しげな顔だった。きっと、壮太くんは孤独だったんだ。星の子だなんて、私にはよくわからない。いつだって、壮太くんは冷静だった。困ったことがあれば、しょうがないなって、笑って助けてくれた。けれど、今目の前にいる彼は。
咄嗟に、彼の手を強く握り返した。驚いた風に、彼は目を丸くする。事務的な駅員のアナウンスが流れ、ほどなくして電車が到着した。私は彼の手を引いて、勢いよく電車に乗り込む。
「これって快速だろ」
珍しく慌てた声だったが、けして私の手を解こうとはしなかった。発車の音が軽快に鳴り響いて、扉が閉まる。もうホームには戻れなかった。体が火照ったような感覚だった。微弱な興奮に襲われる。心臓の音がうるさい。
引き止めなきゃ、と思った。方法なんてわからない。衝動のまま、電車に乗った。
「どこかに、行こうよ」
「どこかってどこだよ」
「わかんないけど」
「なんだ、それ」
電車の中は人もまばらだった。私達は並んで腰掛けて、ただ流れていく風景を眺める。繋いだ手は、そのままだった。
「終点まで行くか」
優しい声色で、彼はそう言った。この夜がずっと途絶えなければ、壮太くんは死なないのだろうか。