複雑・ファジー小説

Re:第一話 -漆黒の邂逅- ( No.1 )
日時: 2016/05/30 16:41
名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)

少年は、真っ暗な廊下を歩いていた。
黒いブーツは音も立てずに、一定のリズムで、白い床を踏む。
だらっと無造作に下ろされた手には、銀色のナイフ。窓からの月光を反射し、輝いている。そして、その光は少年の白い頬をうっすらと照らした。

廊下を歩く少年の前に、赤く大きな、重圧感を感じる扉が現れた。
少年は立ち止まる。
くすんだ金のドアノブに手を掛けてひねり、少しずつ、ゆっくりと押す。
案外、音は鳴らなかった。


部屋の奥にある、机の上のろうそくが暖かい光を放っている。
その机に向かう……人影。

壁一面の本棚と、そこにぎゅうぎゅうに詰め込まれた分厚い書物に若干気押されたようにして、少年はさらに進んだ。
ゆっくり、ゆっくり。気配を消して、人影に近づく。足音などは当然させない。

橙色のぼんやりとした光の中、後ろを向いた首の線が、少年にはっきりと見えてきた。
逆手に持ったナイフを振り上げ、一歩一歩踏みしめるようにして歩く。ここで気付かれたら、全てが台無しになってしまう。あくまで慎重に、そして確実に。

ようやく、二人の間の距離がギリギリまで狭まる。

そして、少年は振り上げたナイフを、一気に人物の首元に振り下ろした……












「____ッ!?」

少年の青い目が見開かれる。

相手の首を貫いているはずの刃は、薄黒い、膜のような「何か」に阻まれて、皮膚に到達できないでいた。いくら力で押そうと、貫通出来ない。破れない。
少年が咄嗟に後ろへ跳びずさると、その人物は立ち上がった。

「素晴らしいよ……『これ』が発動するまで、君に気がつかなかった。さすがは、世界に名を馳せる暗殺者と言ったところか」

低い、落ち着いた声が部屋に響く。
振り返った男は、白髪混じりの紳士だった。一見優しそうな風貌をしているが、少年を見るその目は鋭い。

「私も君の事は知っている。若くして何件もの依頼を達成したアサシン……オルカ。海の獰猛、シャチの学名である『Orcinus Orca』が由来だろう?」
「……どうして知っている」
「私は……というより、私の部下が詳しいんだ。噂なら何でも知っている。言葉通り……何でも」

少年は呆れたように鼻で笑い、紳士を睨んだ。「それより」と、低い声で問う。

「さっきの膜は何なんだ? とてもナイフでは突き通せない」
「ああ、あれの事か?」

紳士は、穏やかに答える。

そして次の瞬間、恐ろしく冷たく、不気味な笑みを浮かべた。

「……知りたいかい?」

Re:第一話 -漆黒の邂逅- (2) ( No.2 )
日時: 2016/05/23 23:25
名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)






「……時に、澪」

呼び掛けに応じ、机の上の紙と睨み合いをしていた少女が顔を上げる。
視線の先には、頬杖をつき本を眺めている幼い少年がいた。その水色の髪と瞳は、穏やかな光で、形容し難い微妙な色に染まっている。
その光が僅かに照らす、薄暗い書斎に、ページをめくる音が響いた。

「この白銀川学園は、何のために創られたのか、覚えているか?」
「……今さらどうしたよ、先公」

鼻を鳴らして答える少女に、幼い少年はため息をつく。椅子から立ち上がり、体に不釣り合いに大きな黒いローブの裾を引きずって、部屋の隅へ向かう。その先には、飼い主を金色の瞳で見つめる、銀の毛並みをした小さい猫がいた。

「アズディクト先生、もしくは先生だけでも良いから、そう呼べと言っているだろう」
「それこそ今さらだ。断る。柄でもない」
「……まぁそれは置いておく。で、覚えているのか、いないのか?」

幼い少年はしゃがんで猫を撫でる。首の鈴がチリチリと音を立て、猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。
それを見ながら、ぼんやりした目で少女は口を開く。今にも大きな欠伸が飛び出てきそうだが、意外と声はしっかりしていた。

「本来、この地球が滅びるレベルの、そして地球の何処かに降りかかるハズの巨大な『災厄』。それをこの学園に引き付けて、在校生……特殊な能力者たちで潰すため。そうだろ?」
「正解だ。このシステムが無ければ、とっくに地球の文明は滅びている」

猫を一通り撫で回した後、少年は立ち上がり、また椅子に戻った。
そして、開かれた本を手に取る。とにかく分厚い、茶色の表紙の本だ。表紙からして、かなり使い込んでいる様子が分かる。その表紙を指でなぞりながら、少年はまたため息をついた。

「だがな……大きすぎる『災厄』によって、このシステムが根本から崩れようとしている……知っているか?」
「聞いたことはあるな。それに最近、『災厄』の動きが面倒臭い。地球滅ぼしちゃいましょう委員会、なんていう組織も現れた」
「なんだそのふざけたネーミングは。というか、報告に無かったぞ、そんなもの」
「あぁ……忘れてた。すんません」

少年は何度目かのため息をつく。そして本を置き、また頬杖をついた。
その目には、明らかに憂いが広がっている。

「『災厄』はどんな事があろうと、取り除かなければならない。しかし……厄介な奴等だ」



その時、書斎の外から、バタバタバタッと音がした。
あっという間にその音は近付き、現れた何かが、いかにも高級そうなドアを蹴破る。少年の眉がぴくっと少し反応した。少女は微動だにせず、腕組をして椅子にどっかり腰掛けている。
ドアの向こうから現れた客は、灰色の毛が逆立ち、銀色の目を爛々と光らせる狼だった。普通の狼ではない、筋肉が目に見えて発達し、巨大。鋭い牙から滴る唾液が、赤い絨毯を濡らす。
少年の眉が、さっきより大きく動いた。

「……噂をすれば何とやら。どーする、先公? 確か、こいつは魔狼……フェンリルだ」
「そんな事は関係無い! 一匹残らず潰す」

少年の目は、フェンリルに負けない位にぎらぎら光を帯びていた。物凄い勢いで相手を睨んでいる。それを見て、少女は肩をすくめた。

「あーあーあー、怒らせちまった。こいつは家具とかを大事にしてるからなぁ。怖いぞ、アズは」

少年は一歩前へ踏み出し、手の中の古い本を開く。

「……『古今印書』」

少年が文を唱えると、持っていた本が輝き出した。

「ま、協力してやるか……『桜火爛漫』」

少女も立ち上がり、刀を手慣れた仕草で抜いた。
桜の花弁が、刃先から舞い散る。



部屋の片隅で、金目の猫が欠伸をして、一声鳴いた。

Re:第一話 -漆黒の邂逅- (3) ( No.3 )
日時: 2016/05/30 07:17
名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)



「……知りたいかい?」

前を見据え、冷たく問う紳士。
オルカの両腕にぞわっと鳥肌が立った。慌ててナイフを持ち直す。手が滑りそうになったが、片手でナイフを掲げ、相手を睨んだ。
紳士は余裕の表情で、顎に手を当て、唇の端を吊り上げている。

「……それは、お前が出したその黒い『壁』にも関わることなのか」
「そうだ。この先を知りたければ……この白銀川学園に、入学することだ」
「……は?」

紳士は、口をぽかんと開けたオルカを面白がるような顔で、畳み掛けた。

「ここ、白銀川は、特殊な力を持つ者たちが所属する学園だ。そう、私のこれのようにね。生徒は、入学した時点で何らかの『力』に目覚める。『力』の存在には本来の目的があるのだが、それをどう使おうと、個人の勝手。どうだい? 君もまだ17。今なら入学金も学費もタダだし、転入生として、歓迎するよ」
「そんな突拍子もない話、誰が信じると思ったんだ?」
「君はその目で私の『力』の現れを見た。そうだろう?」

オルカが言葉に詰まる。ナイフを握る手に力がこもった。
紳士はさらに相手を悩ませるような事を言う。

「私は、強い人材を求めている。それが孤児でも、二面性を持つ者でも、狂人でも、一向に構わない。もちろん、暗殺者でもだ。それに、私は、君がこの提案を断れないことを知っている」
「何だと?」
「君は凄腕の暗殺者だ。独り立ちしてから、受けた依頼は全て成功させているそうじゃないか? そんな名高い君が、私を殺せと命じた依頼主の元へ、『何だかよく分からない黒い壁のせいで殺せませんでした』と、端から見れば頭がおかしくなったんじゃないか、と思われるような言い訳を引っ提げてのこのこ帰れば、どうなるか? もちろん、信用はだだ下がりだろう。君の名誉、プライド、そして今後についても汚れる。どうだい?」
「……」

言われてみれば、まさにその通り。完璧な理論だ、とオルカは唇を噛んだ。悔しいが、この男に従っておいた方が得策なのではないか、という気さえする。最悪の場合、このまま戻っては、今まで築いてきたものが水の泡となる。
それに、さっき目にした『力』にも、強い興味が沸いていた。

あれがあれば、もしかしたら……




____突然、上から物凄い衝撃音がした。部屋全体が震える。

「っ! ……何だ……?」
「おや、来客のようだ。なんとタイミングが良い」

紳士は驚きもせず、にこりと笑って両手を打ち合わせた。

「さて、オルカ君! 君への入学試験は、『災厄・魔狼討伐』。もちろん協力者もいる。君なら合格できるはずさ。それでは。」

紳士の笑みが、なぜかぼやける。
次の瞬間、オルカはさっきの廊下に立っていた。
目の前には赤い扉。押しても開かない。上からは、ドンドンと鈍い音が聞こえ続けていた。

「何だってんだ……!」

扉を睨み、呟いたオルカは、異変を感じとった。
音が、だんだん近づいてくる。
オルカの体が硬直した。音は大きくなり続ける。
やがて、いきなりその音は止まった。しかし……


ドゴオォォォォォォォン!

オルカの目の前に、いきなり巨大な銀色の狼が現れた。
否、正しくは「降りてきた」と言うべきか。天井を突き破って、鋭い牙から唾液を振り撒きながら、しなやかな足で着地する。意外と大きな音はしない。

「……え?」

オルカは、狼と遭遇するのは初めてではない。
だが、その規格外の大きさと、放たれる強いオーラに気押され、動けないでいた。

目の前で魔狼の、その赤い口が開き、露となる。生臭い、鼻をつく臭いが近付く。
人生の終わりを、オルカはぼんやり悟った。
その生々しい口が、一層大きく開く____




「逃げんじゃねぇよ、犬ころ!!」

斬撃の音。
魔狼の動きが止まり、そのままドッと横に倒れ込む。その背中に大きく開いた傷から噴き出す血の色と、鉄の臭い。
そして……血のように赤い、炎。
なぜか、辺りには桜が舞っていた。

「……?」

狼の向こう側、月光を受けて銀に輝き、赤が滴り落ちる刀を持った、少女がいた。
最初にオルカの目についたのは、その少女の異様な装備だった。
白地に黒いスカーフ、スカートのセーラー服に、丈の長い学ランを羽織っている。まるで不良か、番長だ。さらに鼻緒の赤い下駄、頭には学生帽。そして一番目につくのは、少女のぶっとい一本の三つ編み。
赤い瞳は闇の中で爛々と輝き、目の前の物騒な景色を映している。



……これが、澪という少女と、オルカという少年の出会いだった。

Re: 彼方に霞む色は ( No.4 )
日時: 2016/06/13 01:35
名前: かたるしす (ID: f/YDIc1r)



「……大丈夫か? 怪我は無い?」

差し延べられた手。その手は、さっきまで刀を握っていたにしては華奢で、綺麗な指をしている。
いつの間にか尻餅をついていたオルカは、なんとか頷き、その手を取った。勢いよく引っ張られ、立ち上がる。オルカが少女を見つめると、相手も真っ赤な瞳で見つめ返してきた。

「見ない顔だな、新入りか……いきなりフェンリルと出会うなんて、とんだ災難だったな。あんた、名前は?」
「……あ、えっと。オルカ」
「ふーん。私は澪。夜久谷 澪。」

澪はふっと微笑むと、振り返りフェンリルに目を向けた。フェンリルの傷口からは、まだ赤い血と火柱が立っている。刀で切りつけただけで、何故炎が上がっているのだろうと、オルカは思った。

「……この炎は、何だ?」
「ん? あぁ。それは私の能力、『桜火爛漫』の付与効果さ。私が消そうと思うまで消えない」

そう言うと澪は、学ランを翻して歩き出した。倒れているフェンリルに近寄ると、左手の日本刀で死体を指す。すると、炎の勢いが見る間に弱くなり、消えていった。刀を腰の鞘に差し、こちらを向く。

「ご覧の通り」
「おーい、れぇぇぇぇぇい!」

突如叫び声がして、フェンリルが落ちてきた穴から、幼い少年が飛び降りてきた。教帽を押さえて、綺麗なフォームで軽やかに着地する。水色の髪がふわっと揺れた。
顔を上げた少年は、オルカを見て目を丸くした。

「おぉ、巻き添えをくらったか。お前の事は学園長から聞いている、オルカ。我の名はアズディクト・アクアランデ・アルファ。この学園の教師だ」
「え? ……教師!?」

かなりのショックを受けたオルカを、アズディクトは軽く睨んだ。見た目のせいか、全く威圧感は無い。腕組をして、胸を張る。

「教師だ! 何が悪い! ……っと、ところで澪、大変な事が分かったのだが……」

アズディクトが、手に持っていたとても分厚い本を開いた。パラパラ捲り、とあるページで止まる。そのページを、澪とオルカはどれどれ、といった感じで覗き込んだ。中もかなり古いようで、黄ばんだ紙に、細かい字で何かびっしり綴られてある。窓から差し込む月明かりだけではとても読めない。
それでも、かろうじて、ページの右上に狼の絵が描いてあるのが見てとれる。

「これは……」
「そう。我が魔狼に会うのは、初めてではなかったらしい。確か、30年位前に遭遇したときに、“挟んで”いたようだ」
「挟む?」

ああ、と手を叩いたアズディクトは、きょとんとしているオルカに向けて説明を始めた。

「我の能力、『古今印書』は、この本に挟んだものをページに封印できる。ただし、挟めるものは、この本の5倍までの大きさのもののみ。まぁ、挟む時にこの本は、我の背丈と同じ位の大きさになるがな」
「えっと、つまり……130×5は……」
「おい! 我の身長は160cmだ!」

どう考えても盛っているとしか思えない身長を、真っ赤な顔で宣言している。どこか可愛げすらあるが、オルカは華麗にスルーして答えを出した。

「650cm……つまり、6m50cmまでだな」
「無視をするな! ……こほん。で! このページのこの部分を読んでみろ!」

ずいと差し出された、<魔狼>と見出しがあるページ。文字が細かすぎて、やはり読めない。澪が半笑いしながらボケる。

「子供だから、読めませーん……ってか」
「テレビのジョンは来ない! いいか、ここだ。読むぞ。『魔狼の生態について。魔狼はとてつもない生命力を宿している』」

その時。
アズディクトと澪の後ろで、微弱な殺気が立つのを、オルカは感じとった。

「『唯一の弱点は、うなじだ。そこを刺せば、一発で倒せるだろう』」

弱かった殺気は少しずつ、少しずつだが大きくなっていく。2人はまだ気づいていない。

「『そう、傷口を燃やしでもしない限り、奴は再生し続けるのだ……』」

突如。
殺気は、一瞬にして膨れ上がった。

「!?」

やっと振り返った2人の後ろに、立ち上がった銀色の巨大な影。
その影は真っ直ぐに、咆哮を上げながら澪の首元へ向けて、爪を大きく振り上げた。

「……危ないッ!」

オルカの手から、銀のナイフが、月光をはね返しながら飛んでいった。