複雑・ファジー小説

Re: 心を鬼にして ( No.2 )
日時: 2016/06/13 17:18
名前: 凜太郎 (ID: LN5K1jog)

第1話「燃えろ熱血!赤鬼誕生」2

「ありがとうございました!」

 グランドへの挨拶も終え、俺たちは道具の片づけとグランド整備を始める。
 トンボと呼ばれる、長い棒の先に長くて平たい板が付いた道具を使って、スパイクでボコボコになったグランドを平たくしていく。

『うおお!すっげぇ、めっちゃ平らになるじゃん!』
『なんでそこに驚くんだよ。ホラ、早くグランド整備終わらせてしまおう?』

「はぁ〜・・・・・・」

 ため息が漏れた。
 楽しかったあの頃には、もう戻れないのだろうか。

「どーしたんだよ。ため息なんか漏らしちゃって」

 その時、背中を叩かれた。見ると、それは健二だった。
 彼はニヤニヤと笑いトンボを引きずりながら、俺の隣まで来る。

「別になんでもねーよ!」
「嘘つけ。うっし、俺が当ててやろう。恋煩いだな?」
「はぁ?ちげーよ!」
「その目はダウト!さてはマネージャーの豆川先輩だな?確かにあの先輩は美人だからなー」
「だーから違うっての!人の話聞けよ」

 俺が言ってやると、健二は頭を掻きつつ、「悪い悪い」とヘラヘラしながら言った。
 本当に心から悪いと思ってんのか?思ってねーんだろうなー。
 とはいえ、彼のおかげで気が楽になったのも事実。
 明日こそは、ちゃんと話を聞いてみよう。なんでサッカーをしないのか。氷空に。

「可愛い鬼持ってる子、みぃつけたぁ」

 その時、上空から声がした。
 見ると、ちょうど俺の横にあるゴールのポストに立った男がニヤリと笑った。
 なんだ?こいつは。不審者か?
 今6月で結構暑いのに、トレンチコート着てるぞ。

「な・・・・・・ッ!貴方誰なんですか!」
「俺様の名前はキモン。『桃太郎』様のお供で、お前の鬼を退治しに来た」
「はぁ!?」

 桃太郎?キモン?鬼?
 ダメだ。よく分からない単語ばかりで理解できない。
 いや、桃太郎は知ってるんだ。すごく有名な昔話だもんね?鬼もそれに出てくるよね?
 でも、アイツは『お前の』鬼と言った。つまり、俺の鬼というわけだ。
 しかもキモン誰よ?それで?キモンが桃太郎のお供で?俺の鬼を退治?
 サッパリ分からない。

「じゃあさっさと、倒してしまいますか!」

 キモンとやらはそういうと懐から一つの団子を取り出すと、乗っていたゴールにくっ付けた。
 それはみるみる広がり、やがて大きな化け物に変わった。

「龍斗、逃げるぞ!」

 その時、腕を掴まれた。見ると、健二だった。
 俺は少し考えた後で、腕を振りほどく。

「・・・・・・いや、俺は行かない!」
「なんでだ!アイツの狙いはお前なんだぞ!」
「だからこそだよ!俺を連れて逃げ回ったら、お前や、下手したら先輩たちも危険になるだろ!試合を控えてるのに、俺のせいで怪我とか、させたくない」
「でも・・・・・・」
「いいから。先、逃げて。後で追いかける」

 俺は彼の手を握り、目を見て強い口調で言ってやる。
 健二はしばらく悩んでいたが、俺の手を握り返し、「分かった。絶対帰って来いよ」と言い残し、走り去ってく。
 俺は深呼吸をすると、手に持っていたトンボを軽く振りまわしつつ、構える。
 目の前に立つ化け物。それを見ると、トンボ一本で勝てる気がしない。

「やれ!」

 男はいつのまにか部室棟の屋根の上に乗っており、そう叫ぶ。
 すると、さっきまで夕日で赤くなっていた空が、突然紺色になる。
 日が暮れたわけでは、ないのだろう。恐らく、この化け物の能力か。
 そう考えていた時、突然ゴールの化け物が襲い掛かってくる。
 どういう原理なのかは分からないが、ゴールのネットが引き伸ばされ、魚を捕まえる網のように覆いかぶさろうとしてくる。

「うわぁあああ!」

 俺は叫びつつ、トンボを使ってどうにか対処する。
 対処と言っても、網を絡ませる程度だけど。
 しかし、化け物特有の強さか、すぐにトンボは俺の手から引きはがされ、遠くに投げ捨てられる。
 武器もない。力もない。でも、死にたくない。

「嫌だ・・・・・・」

 なんで?なんで俺が死なないといけないの?
 だって俺、まだ15歳だよ?高校入ってまだ2か月だよ?
 友達もできたばかりだし、部活も入ったばかりだし、彼女なんて、まだできたこともない。
 親にも恩返しできてないし、氷空だってサッカーに誘えてないんだ。
 まだ、俺にはやらないといけないことがあるんだ。だから!

「俺はまだ、死ぬわけにはいかない!」

 俺は叫び、なんとか立ち上がった。
 化け物の攻撃を避け、ひたすら走った。
 片づけ忘れられ、放置されたままのサッカーボールが入ったカゴ。
 俺は、「ごめんなさい!」と叫びながら、カゴを思い切り倒した。
 ガシャン!という音とともに、ボールが化け物に向かって転がり始める。
 化け物は一瞬気を取られ、その間にボールを思い切り踏みつけて転ぶ。
 俺はそれを確認するのと同時に、部室に向かって走った。

「早く追いかけろ!鬼を逃がすな!」

 鬼ごっことかだと逆の立場なんだけどな、となんとなく考えつつ、俺は部室のドアを開ける。
 ドアを閉めて、鍵を閉める。その後で部室にあったもので簡単なバリケードを張ると、すぐに部室の奥の窓を開けようとする。
 しかし、鍵がかかっていた。ここの窓、古くて錆がついてるから開けずらいんだよなぁ・・・・・・。

「って、んなこと言ってる場合じゃない!」

 俺は力技で窓を開け、外に出る。
 それと同時に、化け物がドアをぶち破り中に入ってくる。
 俺は外に出た後で、中に忘れた大切なものを思い出す。
 しまった。あれだけは・・・・・・ッ!

「やば・・・・・・ッ!」

 振り返るのと、同時だった。サッカー部室が、爆散したのは。
 コンクリートの粉塵と、爆風の中で、俺はそれを視認する。
 風に乗ってヒラヒラと漂うそれは、中学時代に氷空と試合の後で撮った写真だった。

『よっしゃぁ!優勝だぁ!なぁなぁ、写真撮ろうぜ!』
『えー。僕はいいよぉ・・・・・・』

 届くまで、あと・・・・・・————

『いいからいいから。はい、チーズ!』
『あ、ちょっと!』

 3セン・・・・・・———

「そこだぁ!」

 化け物の手が。
 写真に当たって。
 俺の体ごと。
 地面に当たって。
 当たり所が悪かったのかな。
 ・・・・・・バラバラだね。

「やっと捕まえたぞ!早くその少年ごと鬼を握りつぶせ!」

 足が浮く。どうやら、化け物に捕まって、持ち上げられているようだ。
 ここで俺が死んでも、思い出は戻らない。
 そうだ。俺、氷空とサッカーしたいんだった。明日は誘うって、決めたんだから。
 あの楽しかった頃の思い出に、戻りたかったから。
 また、一緒に笑いあいたかったから。

「・・・・・・えせよ」

 俺は!

「全部、返せよおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 叫んだその時だった。
 ドクンッと、自分の鼓動の音が聞こえた気がした。
 直後、真っ赤な炎に包み込まれるような感覚がした。
 不思議と熱くない。それどころか、力が溢れてくる。
 しばらくして目を開けると、俺は赤い服を着た、鬼になっていた。