複雑・ファジー小説

Re: 心を鬼にして ( No.10 )
日時: 2016/07/02 22:00
名前: 凜太郎 (ID: LN5K1jog)

第3話「一緒に戦えない?青鬼の秘密」2

 今日も病室に入れば、そこでは少女が一人、眠っていた。
 相変わらず、彼女は目覚めない。医者の話では、目覚める可能性は、低いらしい。
 もしもあの時、赤い髪の男の言うことを聞いていれば、彼女は・・・・・・陽菜は目覚めたのだろうか。

「陽菜・・・・・・」
「お前、いつもこんなところに来てたのか」

 その時、ドアの所から声がした。見るとそこには、龍斗と、手乗りサイズの赤鬼がいた。

「龍斗・・・・・・なんでここに?部活は・・・・・・」
「今日は休みだ。それより、この子って、中学時代のマネージャーの・・・・・・たしか、事故にあったんだっけ・・・・・・」

 龍斗はそう言いつつ、陽菜の顔を見る。
 陽菜は、相変わらず安らかに眠っている。

「あぁ・・・・・・うん。恋人なのに、守れなかった・・・・・・」

 僕はそう言いつつ花瓶の水を変えるために立ち上がった。その時、ドサリ、と鞄が落ちる音がした。
 見ると、龍斗がポカンとした顔をしていた。

「龍斗?」
「恋人って、お前等・・・・・・恋人同士だったのかよ!?」
「あれ?話したことなかったっけ?」
「ねぇよ!」
「そっか。中学二年生の頃からだったんだけど」
「結構前だな!」

 龍斗はわざとらしく大きなため息をつくと、ベッドの横に置いてあった折り畳み式の椅子を展開した。
 そしてそこにドカッと座り、僕の顔を睨みつける。

「まっ、流石に馬鹿な俺でも分かるよ。サッカーできねぇ理由って、この子なんだろ?」
「・・・・・・当たり」
「なぁ、氷空。せめて理由を教えてくれよ。隠されたままだと、俺だって良い気分じゃねぇ」
「・・・・・・」

 僕は手に持っていた花瓶を棚に戻し、椅子に腰かける。
 そして小さく、口を開いた。

「ちょっと、長くなるけど・・・・・・———」

−−−

 それはまだ、僕が中学生の頃だった。
 中学に上がって僕と龍斗は、もちろんサッカー部に入り、競い合いつつ仲良くやっていた。
 僕は、中学はサッカーと勉強一筋でいくことになるかと思ったが、そこで、一人の少女と出会った。
 サッカー部のマネージャーをしていた、同い年の水無月 陽菜だ。
 彼女はいつも明るく、活発な性格で、少し天然なところもあり、サッカー部のムードメイカーのような役割を果たしていた。
 互いに一目惚れで、一年生の頃などはぎこちない距離感が続いていた。
 ちなみに、聞いた話では、僕と陽菜の関係はそういう系に疎い龍斗以外のサッカー部員や一部の男子生徒からはニヤニヤ顔で見られるようなものだったらしい。

 そして二年生になってから、周りで少しずつではあるがカップルが増え始めた。
 僕もよく女子に告白されたが、断った。陽菜も男子によく告白されるようになり、僕たちの関係をニヤニヤしてみていた人たちからは、「このままじゃ盗られるぞ」とまで言われた。
 だから、夏の地区予選で優勝した日に、告白した。答えはもちろん、ОK。
 何人かの部員がそれを見ていたらしく、次の日にはほとんどの生徒がそれを知っていた。正直、なぜ龍斗が知らなかったのかが理解できない。
 とはいえ、部活や勉強で忙しかった僕たちは、あまりデートなどには行かずに、たまに図書館や双方の家で勉強したりする程度だった。

 そして、三年生になり、全国大会で負け、部活を引退し、高校受験に集中した。
 元々勉強ができた僕と陽菜は公立の名門校に推薦で受かり、ハッキリ言えば、余裕があった。
 そしてその時期に、僕の好きなサッカーチームの試合があり、僕たちはそれを見に行こうと話していた。
 その時に、事件が起こる。その時のことは、今でも忘れられない。

「陽菜・・・・・・遅いな」

 僕は右手首に付けた腕時計を確認しながら呟く。
 今日は、自分の中では割とオシャレをした方だ。
 グレーのコートに青と白のシンプルなシャツ。茶色のズボンに、黒い靴だ。
 あとは、アクセサリー的なもので白い腕時計に、イヤーカフとかも、安物ではあるが付けている。
 それにしても、遅い。駅前で午前十時に集合だと言っていたのに、もうすぐ十時半だ。
 彼女は、遅刻などはしない、時間には真面目な子なのだ。それなのに遅れるだなんて、何か用事でもあったのだろうか。
 そう能天気に考えていた時、ズボンのポケットの中の携帯が振動した。着信だ。
 携帯の画面を見ると、そこには陽菜の名前が出ていた。陽菜からだ!と、僕の体には血が駆け巡った。
 慌てて電話に出る。

「もしもし?どうしたのさ。遅くなって。もしかして何か急用でも・・・・・・」
『あの、水無月 陽菜さんの、知り合い、ですか?』

 聞き覚えの無い、男の声がした。
 一瞬で、頭の中がスッと、冷めたような感覚がした。

「・・・・・・アンタ、誰だ?陽菜はどうした?」

 冷ややかな声が出た。僕の口からだ。
 僕の声に戸惑った様子の男は、「えっと・・・・・・」と声を漏らす。
 僕はすぐに続けた。

「陽菜はどうしたのかって聞いてんだよ!」
『すいません。先に、貴方と水無月さんとの関係を教えていただけませんか?』
「・・・・・・恋人です」

 僕の返答に、男が息を呑んだのが分かった。
 少しの間で、だんだんと陽菜に何があったのか理解し始める。

『水無月さんは、事故に遭われまして・・・・・・』

 その後のことはよく覚えていない。ただ、搬送された病院名を聞いて、タクシーに乗って、病院に向かってもらった。
 気付けば病院で、見知らぬ男に事情を聞いていた。
 陽菜は、トラックに轢かれそうになっていた少年を庇って、轢かれたらしい。
 正義感の強い彼女らしいと言える。
 病室では、意識の戻らない陽菜が、機械に繋がれ、眠っていた。
 一命は取り留めたが、意識が戻らないらしく、聞いた話では、意識を取り戻す確率は、大体5%程度なのだとか。
 後で来た陽菜の両親もその話を聞かされ、泣いていた。
 しばらくして、陽菜が庇った少年とその親が謝りに来たが、正直、僕は彼らのことはあまり恨んではいなかった。
 彼らは悪くない。庇ったのは、陽菜の意思だ。

 それに、僕がデートなんかに誘わなければ、陽菜は死ななかった。
 僕が好きなものがサッカーなんかじゃなくて、別のものだったら、また違う結果になっていたのかもしれない。
 陽菜が眠る病室で、僕は泣きながら謝り続けた。謝っても、彼女は戻ってこないのに。
 そして僕は、決めた。彼女が目を覚ますまで、サッカーをしないと。
 彼女をこんな風にしてしまった僕のサッカーへの情熱を押さえつけることが、贖罪だと、思うから。

−−−

 無言で話を聞き続けた龍斗は、腕を組んだまま俯いていた。
 寝ているのかと思ったが、やがて顔を上げた龍斗は、ニカッと笑った。

「氷空。ちょっとだけ、俺に付き合え」

 そう言って強引に僕の腕を引っ張り、彼は病室を出た。
 僕はただ、付いていくことしかできなかった。