複雑・ファジー小説
- Re: 心を鬼にして ( No.19 )
- 日時: 2016/07/20 21:31
- 名前: 凜太郎 (ID: LN5K1jog)
第5話「先輩の夢を叶えよう!県大会の始まりだ!」3
ついに県大会の日がやってきた。
試合前のアップを眺めながら、俺たちは水筒に粉のスポーツドリンクを入れ、水で溶かしていた。
「いいなぁ。俺もいつか、あんな風にサッカーを・・・・・・」
水筒を運んでいた坊主頭の佐藤 雄一は、そう言って握りこぶしを作った。
俺はそれを眺めながら水筒に粉を流し込む。
「まっ、1年は雑用ってのは中学でも高校でも変わらねぇよな。せめて3年が引退してくれれば、プレイくらいは一緒に・・・・・・」
「なんかその言い方、早く先輩に引退してほしいみたいだな」
水筒に水を入れて粉を混ぜるように振っていた富永 大輔の言葉に、俺はつい低い声で対応してしまった。
俺の声の変化に気付いたのか、大輔は、「あ、いや・・・・・・」と弁解する。
「違うんだ。ただ、やっぱサッカー部に入ったからには、試合に出てみてぇじゃん?別に先輩に引退してほしいわけじゃ・・・・・・」
「そうか・・・・・・。それなら、いいんだ」
「龍斗ってゲイだったんだー」
突然背後から聴こえた声に、俺はビクッと肩を震わせた。
振り返ると、水筒を持ったまま真顔で氷空が俺を見ていた。
「はぁ!?俺がゲイ!?」
「だって、先輩に関する話聞いただけであの反応。相手はあの緑川先輩かな?」
「んなわけねぇだろ!つか、お前そういう妄想するんだ?」
俺は言い返しでそう言ったのだが、氷空はあきれ顔で、「妄想じゃないよ」と言いつつスポーツドリンクの粉を手に持つ。
そしてその場に座り袋を破り始めた。
「まぁ、僕はそういうのもアリだと思うけどね?恋愛に性別なんて関係ないーって言ってる人もいるくらいだし」
「だからちげーって!」
「それを言ったら、お前らの会話は十分夫婦漫才だよ」
水筒に水を入れてきた健二は、振りながらそう言ってくる。
その言葉に俺と氷空は同時に、「はぁ!?」と声を出してしまった。
それを見た健二はゲラゲラと笑う。
「仲良いなぁホント!冗談だって。ははっ。まっ、でも先輩が引退っていうのは嫌だしな。俺だって大輔の言い方はちょっとだけイラッとした」
「わ、悪かったな!イラッとさせて」
大輔はそう言ってムッとした。
それを見て俺たちは笑ってやった。
−−−
県大会は順調に勝ち上がり、一日目は何事もなく終えた。
そして二日目も勝ち上がり、いよいよ決勝戦だった。
「これで勝てば、全国・・・・・・」
俺はグッと握りこぶしをつくり、呟いた。
その時、赤い髪の男がグラウンドに入ってくるのが分かった。
「龍斗、あれって・・・・・・」
「あぁ。キラキラネーム」
「間違ってないけど、クドツな」
そんな会話をしながら、俺はチラリと試合に目を向ける。
今、俺たちの学校が一点勝っている。
俺と氷空は顔を見合わせ頷くと、すぐにクドツの元に駆けた。
「おい!どこに行くんだ!」
「ちょっとトイレです!」
俺たちに声を張り上げた監督に言いつつ、俺たちはクドツの前に立つ。
クドツは俺たちを見下ろすと、ニヤリと笑った。
「鬼どもか・・・・・・」
「あの・・・・・・クドツ・・・・・・さん・・・・・・」
俺たちは・・・・・・———頭を下げた。
腰から直角に体を曲げ、深々と頭を下げる。
それを見たクドツが息を呑んだのが分かった。
「お願いします。せめて、この試合だけは、邪魔しないでください」
「僕達の先輩の邪魔を、しないでやってください。僕たちがいるだけで、試合を中断なんてさせたくないんです」
「は・・・・・・?」
俺たちは一度顔を上げ、まっすぐ彼の目を見て、「お願いします」と言った。
クドツは怒っているような、混乱しているような顔で口をパクパクさせていた。
当然だろう。でも、こうするしかないのだ。
「お前・・・・・・俺は、敵なんだぞ?」
「知っています」
「その提案を聞くとでも、思っているのか?」
「思いません。でも、僕たちにはこうするしかないんです。試合が終われば、存分に暴れてくれて構いません」
「・・・・・・」
クドツはしばらく黙った後で、何も言わず腕を組み、俯いた。
俺たちの願いを聞いてくれたって・・・・・・ことか?
「あの・・・・・・?」
「いいのか?こんなところにいて。先輩とやらの応援に行かなくていいのか?」
俺たちは顔を見合わせ、目を輝かせた。
そしてすぐにクドツに「ありがとうございます!」と頭を下げ、ベンチに戻った。