複雑・ファジー小説

Re: 心を鬼にして ( No.31 )
日時: 2016/08/08 21:50
名前: 凜太郎 (ID: LN5K1jog)

第8話「夏だ!海だ!合宿だ!サッカー部地獄の合宿開始!」3

「ゼェ……ハァ……」

 10往復目の砂浜ダッシュを終えた俺は、その場に膝をついた。
 俺だけじゃなく、ほとんどの先輩が膝をついたり、仰向けに寝転がったり、座り込んだりしている。
 そこに、パンパンッと手を叩くような音が聴こえる。
 見ると、緑川先輩が立っていた。ていうか、この人汗すら掻いてなくね?

「おいおい。『まだ』20本しかやってないんだぞ?あと半分あるんだから、立てよ」
「キャプテンの体力、どうなってんのさ……」

 俺の隣で膝に手をついて息を整えていた氷空は、そう言って息を吐く。
 合宿練習。それは、想像を越える壮絶なものだった。
 まず、アップとして足場が柔らかい砂浜を40本ダッシュ。
 その後で、通常練習のメニューを3倍にしたものをさせられる。
 かなりきつい。まぁ、体力アップとかのことを考えるとちょうどいいのかもしれないけどさ。

「ホラ、21本目〜ッ!」
「おぉ〜……」

 こうして、俺たちの練習は続く。

−−−

「づがれだぁ〜」

 健二はそう言って畳に倒れ込む。
 旅館という名前でそうなのかとは思っていたが、案の定部屋は大部屋で、一年5人は全員まとめて一部屋だった。
 すでに晩御飯、風呂は終え、一年生はほとんどが倒れている状態だった。
 その時、部屋の扉が開く。氷空だった。
 彼は生乾きの髪をオールバックにして、ラフなTシャツに半ズボンだった。
 それを見た男子全員の目に、嫉妬の感情が宿った。

「喉乾いたからスポーツドリンク買ってたら、遅くなっちゃってさ〜」
「だーッ!なんで同じ一年なのにここまで次元がちげぇんだよ!」

 健二は悔しそうに叫んだ。
 氷空はそれに首を傾げつつ、俺の隣に腰掛け、スポーツドリンクを飲み始める。
 すると、一気に飲んだせいか、口の端から白く濁った液体が零れ、それを手の甲で拭った。
 それを見た健二は、またもや唸り声をあげる。

「健二。うるさいけど……どうしたの?何かの発作?」
「ちげぇよ!お前がイケメンすぎるせいで、俺たちその他男子には女子のお零れもこねぇんだよ!」

 そういえば、と俺は考える。
 俺は中学の時からそういう系の噂には疎い部分があるのだが、どうやら氷空はかなりモテるらしい。
 というか、期末テスト後から修了式当日に当たるまでで、かなりラブレターを貰っていたのだ。

「でも、告白されても氷空は誰とも付き合わないんだろ?」
「あぁ。僕には陽菜がいるし」

 ちなみに、氷空と陽菜ちゃんとの関係は、サッカー部一年生は全員知っている事実だ。
 というか、前に将来の夢の話をした時についでに後で話したらしい。
 その時、ドアがノックされ、数秒後緑川先輩が入ってくる。

「おお。まだ起きてたのか。明日も早く寝ろよー」
「あれ、そういう見回りとかって監督とかがするものなんじゃないんですか?」
「ん?いや、これは伝統で部長がするものなんだと」
「へぇー」
「ホラ、さっさと寝た寝た。明日も今日と同じくらいきついんだからなー」
「はぁーい……」

 俺たちは返事をしつつ、それぞれの布団に潜り込む。
 そして電気を消すと、俺たちは眠りについた。

−−−

「さてと。後は2年の部屋二つを回るだけか」

 俺は後輩が寝ている部屋番号を思い出しながら、廊下を歩いていた。
 その時、廊下の先に人が立っているのが見えた。

「ん?一般客、か……?」

 俺は呟きながら、なんとなくスマホの懐中電灯機能を使い、廊下の先を照らしてみた。
 そこには、まるで絵の具でもぶちまけたような黄色の髪の男だった。
 つい、俺の歩みは止まる。

「えっ……」
「おや、そこの君には……鬼がいるんだね?」

 黄髪の男は、そう言いながら一歩ずつ俺に近づいてくる。
 俺は咄嗟に後ずさり、壁に背中が付くのと同時に、廊下が続く左の方に駆けた。
 階段を駆け下り、外に出る。後ろを振り返ると、黄髪の男が近づいてきていた。

「逃げて何をするつもりだ?お前の鬼は、覚醒すらしていないというのに」
「いや、鬼とか訳わからないし……ただ、アンタからは嫌な気配を感じるんだよ」

 俺はそう言いつつ、適当に足元に落ちていた木の枝を拾い、構えた。
 よく見ると、木の枝の先が震えていた。

「……震えているぞ?」
「う、うるさいなぁ……」
「やれやれ」

 黄髪の男はそういうと、俺の目の前まで迫り、足を蹴りぬいた。
 地面を転がる木の枝。顔を上げると、突然口の中に何かが入れられた。
 なんだ?これ。なんか、モチモチしてて……美味い?うん。美味いなこれ。
 岡山県に遊びに行ったときに食べたキビ団子と同じ味がする。
 そう暢気に考えていた時、突然胸が痛くなった。
 何か心の芯のようなものが無くなる感覚と共に、俺の意識は途絶えた。