複雑・ファジー小説

Re: 心を鬼にして ( No.34 )
日時: 2016/08/11 22:10
名前: 凜太郎 (ID: LN5K1jog)

第9話「正体がばれちゃう!?鬼の決断!」2

「終わっ……たぁ〜!」

 俺は言いながらその場に仰向けに倒れ込み、そのまま伸びをする。
 先輩たちも同じように倒れ込み、息をついていた。
 その時、緑川先輩がどこかに走っていくのを見つけた。

「先輩……?」

 俺は立ち上がると、先輩に付いていくように歩いていく。
 先輩は、旅館の出入り口まで行くと、突然膝をつき、足首を押さえた。

「せ、先輩!?」

 俺は慌てて先輩に駆け寄った。
 先輩は、俺を見ると目を見開き、俺の顔を見る。

「龍斗!?なんでここに……?」
「先輩が、どこかに行くのを見かけたから……それより、先輩、足が……」

 俺は先輩が足を押さえる手をどけさせ、足の様子を見た。
 それは、真っ赤に腫れあがっている。

「なん……ッ!?」
「ははっ……ちょっとだけ、ドジっちまってな」
「笑い事じゃないですよ!すぐに、手当しないと……ッ!」
「そのために、ここに来たんだよ。おっ、来た来た」

 そう言って先輩はどこかに手を振る。
 その手を振った先を見ると、マネージャーである、2年生の豆川先輩が救急箱を持って来ていた。

「先輩は、いつもそうやって我慢するんだから困ります」

 豆川先輩はそう言って包帯やらエアサロンパスやらを出すと、テキパキと緑川先輩の手当てをし始める。
 それを見た先輩は苦笑し、鼻の下を擦った。

「へへっ。豆川には、いつも迷惑かけちまうな」
「……マネージャーとして当たり前のことをしているだけです」

 豆川先輩はそう言って顔を逸らす。
 よく見れば、顔が赤い。照れてるのか?
 もしや、これが世に言うツンデレ?つまり、豆川先輩は緑川先輩のことが……。

「じゃあ、私は他の部員さんの元に飲み物とかを持って行っておくので。先輩の分と、あと、龍斗君の分は玄関に置いておくので、龍斗君。取りに行ってもらえる?」
「あっ、分かりました」

 豆川先輩はこれまたテキパキと要件をすませると、飲み物が入ったドリンクやら、救急箱、その他諸々を一人で器用に持ち、去って行った。
 訪れる静寂。俺はなんとなく落ち着かなかったので、俺は立ち上がり、ドリンクを取りに行った。
 青い水筒を二本持って戻ると、緑川先輩はぎこちない笑顔を浮かべながら受け取ってくれた。

「……先輩の、その足の怪我は、いつからしてたんですか?」
「今日の、最初のダッシュの時かな。俺、一回転んだだろ?」

 そうだっけ。と俺は考える。
 しかし、砂浜ダッシュはよく人が転ぶので、むしろ人が転ぶのは日常茶飯事だと思うのだが。

「別に……転ぶのは普通なんじゃ」
「俺さぁ、一回転んでくるぶし骨折したことがあって」

 突然の告白に、俺は顔を上げた。
 緑川先輩は俺を見てニカッと笑い、「驚いたか?」と言った。

「骨折自体は手術で治ったんだけど、捻挫が癖になっちまったみたいでな〜。たまに、少し転んだだけで足がすぐに痛くなるんだよ。今とかな」
「そんな……」
「大したことじゃねぇんだけどな!」

 緑川先輩はそう言って明るく笑った。
 俺はそれに、曖昧に返事することしかできなかった。

「あっ、これ、他の奴らには内緒な。変な心配とかさせそうだからさ」
「はぁ……」
「チームメイトとかには、あまり隠し事はしたくないんだけどな」

 その言葉に、一瞬俺の顔は引きつる。
 そして無意識に、右腕の紋様に目を向けた。
 俺と氷空も、隠し事をしている。しかし、これは仕方がないことだと思う。

「……人には皆、隠し事ってあると思いますよ」
「へぇ、龍斗にもあるのか?」
「まぁ、はい……」
「龍斗って嘘とか下手そうなのになぁ。まっ、そんなの俺に分かることじゃねぇか」

 緑川先輩はそう言って白い歯を見せて笑った。
 俺はそれに、目を逸らしてしまう。
 先輩の秘密は知っているのに、俺の秘密を先輩は知らない。
 なんだか不公平な気がして、罪悪感が胸中を埋めく。

「そろそろ、行きません?皆、きっと心配してますよ」
「そう、か……。よし。じゃあ、戻るか!」

 そう言って立ち上がると、足が痛んだのか、顔をしかめた。
 俺は慌てて駆け寄るが、「大丈夫だ」と一喝され、慌てて足を止めた。

「気に、すんな。これくらい、冷やせばすぐ治るから」

 先輩の痛みは、俺には分からない。助けることも、分かち合うこともできないんだ。
 俺はただ、足を引きずる先輩の後を追いかけることしかできなかった。