複雑・ファジー小説

Re: 心を鬼にして ( No.43 )
日時: 2016/11/03 22:08
名前: 凜太郎 (ID: uzSa1/Mq)

第11話「夏の出会い!8月に咲く恋の花」3

「ん……?」

 ドアの近くの水道で花瓶の水を入れ替えていた時、やけに医者達がざわついていることに気付いた。
 まぁ、僕には関係ないことだろう。
 僕は首を振って考え直すと、花瓶を持って陽菜の元に近づく。

「陽菜……」

 機械に繋がれた陽菜の姿に、僕は息をつく。
 相変わらず、彼女の意識は戻らないまま。
 僕はベッドの横に置かれた椅子に腰かけ、彼女の小さな手を握った。

「今日は、部活で先輩と軽く試合をしたんだ。当たり前だけどボロボロにされちゃってさ〜。でも、僕が指示を出して、龍斗が決めたんだ。中学の頃みたいに……」

 いつものように、その日あったことを彼女に語る。
 もちろん、彼女からの返答はない。
 それでも、語って、語って、語りつくす。
 僕の自己満足でしかないかもしれないが、こうして語っていれば、いつか彼女が、笑ってくれるような気がするから。

−−−

 カリカリと、シャーペンが紙の上を走る音が響く。
 市立図書館のテーブルで、俺と康平は隣り合って座り、数学の問題集を解いていた。

「うっし。終わった」
「早ッ!俺まだ半分もいってねぇよ……」

 俺が文句を言うと、康平はため息をついてから笑い、「俺が教えてやるよ」と言って、分からない場所を教えてくれた。
 しばらくして俺は問題集を終わらせ、背もたれに体重を預けた。

「ふぅ……疲れた」
「夏休みは受験の天王山。部活も良いけど、勉強もしないとな」
「分かってるよ、そんなこと」

 康平の言葉に俺はため息まじりに言いつつ、伸びをした。
 それを見た康平は苦笑して、「少し休憩するか」と言った。
 俺はそれに頷いて背もたれから体を離すと、机に突っ伏した。
 その時、腕が俺の筆箱に当たり、それは床に落ちてしまった。

「おいおい、何やってんだよ」
「おっと……悪い」

 康平はすぐにしゃがむと、俺の筆記用具を拾い始める。
 俺はそれに謝りつつ、一緒に拾った。
 その時、康平は一つの消しゴムを手に取って、固まる。

「お前……これ……」
「ん?どうした?」

 康平の言葉に、俺は康平が持っているものを見た。
 それは、かなり古びた、緑と白のサッカーボールの消しゴムだった。

「……捨てられるわけないだろ。これが、俺たちの持つ唯一のアイツの形見なんだから」

 俺はすぐに康平の手から消しゴムを取ると、筆箱にしまった。

「……お前、まだアイツのこと気にして……」
「良いから。さっさと、勉強するぞ」

 俺は筆箱を机の上に置き、鞄から古文の問題集を取り出した。